第13話 試験脱落【闘争編】

 一位と最下位、いつも比べられていた。

 なぜかライバル視してくるターミナルのせいで自然と注目を集めてしまい、その評価の違いでいつもからかわれていた。

 反面教師のように扱われ、逆にターミナルはお手本として尊敬の眼差しを一点に集めている。


 今更どうこう思うわけじゃない、と思っていたが、プリムムだって入れ替われるならターミナルの立場になってみたい。褒められたい、尊敬されたい、人気者になりたい。


 こんな自分を好きになってくれる人が、いてくれたら――そう思っていた。

 嫌われ者だから諦めていた。だが、


 いたのだ。

 別の惑星の、オトコのコだが――ちゃんと見てくれる人が。


 成績表だけで判断せず、アーマーズという化け物と聞いてもそれを度外視した、一五歳の少女であるプリムムを、良い、と言ってくれた。


 ターミナルよりも。

 そこがなによりも重要である。


 彼はプリムムを必要としている。だから彼女はいつものように言うのだ。


「……しょうがないわね。あんたがそう言うなら、一緒にいてあげてもいいけど?」


 ――お望み通りに、素直じゃない言い方で言ってあげるわ。

 


 プリムムが目を開けた時、血が舞っていた。

 アーマーズにももちろん血は通っているが、噴水のように噴き出すことはない。

 すぐに固まるようになっているし、手触りが違う。


 彼女の頬に付着した血は、生々しく、温かく、少年である以前に、生物の匂いがした。


 プリムムにはない、人間の血である。


「わ、弥ッ!」


 膝をつく弥の背中しか、プリムムは見れていない。

 だからその表情は分からなかった。


「守れていないぞ、オトコ」


 ターミナルの戦い方はなにも剣だけではない。身軽な体躯から繰り出される、足技だ。


 サーベルを地面に突き刺し、それを支えにして横方向からの蹴りが弥の顔面を捉えた。


「弱いやつは嫌いだ」


 首が折れたような衝撃である。

 弥は立ち上がろうとするが、すぐにバランスを崩して地に伏せてしまう。


 片腕が骨折している彼には難しい。


「まるで死体蹴りだな」


 ターミナルが彼の元へ歩み寄り、足を使ってもう片方の腕を躊躇いなく折った。


 ごぎんッ、という音に、思わずプリムムが目を瞑った。


「いぎ、がァ……ッ!?」


「お得意の冷静な上から目線はどうした? もうギブアップか? 悪いがこの程度で終わると思うなよ。このわたしをバカにしたことを、後悔させてやるッ!」


 アーマーズは基本、アーマーズとしか戦わない。

 この惑星に生息する【捕食者】と戦うこともたまにあるが、人間相手となると戦ったことがない者がほとんどだろう……。

 理由がないだろうし、アーマーズがそう簡単に会えるものでもないのだ。


 そのため、彼女たちには経験がない。

 不死身に近いアーマーズとの戦いに慣れている彼女たちにとって、人間を殺さない程度に痛めつけるやり方など分からないのだ。


 満身創痍になっている弥を見ても、限界が十割であれば、まだ四割だろうと感じている。

 ターミナルが冗談で言った死体蹴りは、まさにこの状況を示しているのだ。


 弥は既に十割を迎えている。それでも立ち上がるのは、原動力があるからだ。


「私の、ため……?」


 両腕を折られ、立つのもやっとである弥の目は、まだ死んでいない。


 ターミナルを見据えている。


「へえ……あんた、化け物みたいだな」


 折れた腕が奇妙さを倍増させているのだ。

 アーマーズが人間を化け物と言うのは、立場がまるっと入れ替わったようである。


「……そうまでなってもまだ、プリムムのため……そうなると疑うぞ。

 逆に、善意だけでやっているとは思えないな。なんだ、なにが目的なんだ。プリムムを助けてお前になんの利があるんだ!?」


「男、を、知らないから出る、言葉だ、よな……」


 弥の声は弱々しい。だが、鮮明に聞こえる。


「流儀の話を、したはずだ。……俺は持たねえ、けど、わざわざ言う、とか、持っている、とか……表明するもんじゃ、ねえ流儀なら、ある……。

 ……男ってのは、そういうもんだぜっていう、な……」


 プリムムの頬を、なにかが伝う。

 そして膝に置いた手の甲へ、それが落ちた。


 彼女に自覚はない。

 彼の姿が、なぜか水面を通しているように、歪んでいる。


「あれ……、なんで……よ」


 止まらないそれを、プリムムは拭い取ろうとはしなかった。


「流儀はたった一つ、だ――、『好きな女は命を懸けて守れ』」


 代表して、宣言してやる。


「覚えておけ、これが男だ」



「……だが、守れていないぞ。言葉だけ立派で、実力が伴っていない。

 無謀な挑戦は相手をただ不幸にするだけじゃないのか?」


 ターミナルの指摘はもっともだ。勝たなければならない。


 やる気と根性があっても意味がない。結果を出さなければ全てが水の泡だ。


 弥では、まだ役不足なのだ。


「弱いやつは、大嫌いだ」


 嘘つきは大嫌いだ、と言っているようにも聞こえたが、弥の勘違いだろうか。


 迷ったそんな一瞬の隙である。


 いくら、何度も立ち上がった弥と言えど、そろそろ限界だ。次で終わりにする――そう意気込んだターミナルの蹴りが、彼を襲う……が、割り込んだ影があった。


 ふっ、と、蹴りの勢いで起きた風が、彼女の前髪を少しだけ浮かせた。


「――もうっ、もういいでしょっ!」


 プリムムの額の直前で、ターミナルはそのつま先を止めた。


 いつも強気な彼女の涙を見た。


「…………」


 ターミナルは、ゆっくりと足を下ろす。


「弥を、これ以上……っ、巻き込まないで」


「なら、コアを渡せ」



 ターミナルが手を伸ばす。

 視線はプリムムの首元へ向けられていた。


「もう巻き込まないし、治療もする。先生に連絡して、そいつの望みも叶えてやるようにする。

 わたしの家にも連絡してな。それは保障する。だから試験を諦めろ、プリムム」


 彼女は躊躇った。

 この選抜試験に懸ける想いは、並大抵のものではないのだ。


 絶対に生き残ってみせると、決意をしたのだから。

 たった一人の家族であり、恩人のために。


 マザーの力になるためには、通らなければならない道である。


 ここを逃せば遠ざかる。ただでさえ道のりは長く険しいのだから。


 ……プリムムの震える手が、首元へ伸びた。

 絶対に脱落したくなかった。だけど、


 人の命には、変えられない。


 恩人の次に大切な人を、見捨てられない。


「渡す、よ――……、だからターミナル」


 あとはお願いね。

 そう言って、素直な笑みを見せたプリムムの手を覆ったもう一つの手が、後ろから伸びていた――。指を引っかけ、あとはコアを取り外すだけ。だが伸びた腕が、それを止めたのだ。


 彼は朦朧とする意識の中で、それを阻止するべきだと判断したのだ。


 なぜ?

 プリムムのつらそうな表情が一瞬、見えたから。

 動く理由には、充分過ぎる。


「弥――っ」


 バランスを崩した弥がプリムムに体重を預け、そして彼女の肩を掴んで、互いに身を寄せ合う。吐息がかかる距離感で、弥はまだ、勝利を諦めてはいなかった。


 彼は囁いた。


「プリムムがいい」

「え」


「俺が守る。だから、装備、しよう――」

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