第12話 好悪【勃発編】

 かつて、誰かが言った。彼女たちは、鎧少女である、と。


 そして、背中に温もりを感じながら、弥は思っていた。


 自分が必要とされている。居場所がある、それがどれだけ嬉しいか――。


 役立たず、と罵られて嬉しいほど、弥は歪んではいないのだから。


 けれども、彼にだって贅沢を言いたい時がある。


 そうじゃない。

 これじゃないんだ。


「……僕の知り合いには、男らしい流儀を持つやつがいるんだよ」


 ターミナルは急な話題転換に疑問を抱く。弥の言葉の意味を図っていた。


「知り合いだった……だけどね。まあ、それはどうでもいいか」


 昔の話である。いま語るべき話ではないし、誰に語ることもないだろう。


「決して、女には手を出さない――たとえ敵であろうとも、だよ。自分を殺そうしてくる相手に手を挙げない、なんて、そうそうできることじゃないよね。自分のカッとなった感情を自制して、反射的に出てしまう手を抑えるのだって、簡単じゃないはずなのに。

 ……凄いと思う、僕には到底できない、流儀と精神力だよ」


 弥がなにを言いたいのか、ターミナルには分からなかった。

 だが、不穏な空気であるというのは、肌で感じている。


「僕は冷たい人間だと思うよ。客観的に見てさ、そう思う」


 人助けをしているのも、贖罪しょくざいだ。

 自己満足だ。それをしていることで不安を消しているだけに過ぎない。


 最低野郎、という自覚がある。

 だからできる。流儀を持たない、彼だからこそだ。


「僕はお前とは、手を組まない」


 その言葉に、腕の力が緩んだ一瞬の隙をついて、弥が後ろを振り向く。

 そして、ターミナルの肩を力強く押した。


 尻餅をつき、拒絶されたことに酷くショックを受ける少女へ、手を差し伸べない。

 男だろうが女だろうが、少女だろうが幼女だろうが、容赦はしない。


 彼の背には、ガラスのように割れやすい、美しい少女がいるのだから。

 ――守りたいと思って選んだ、たった一人の少女である。


「ッ」


 傷心を無理矢理に抑え込み、ターミナルが立ち上がる。


 結果は簡単だ。選ばれなかった。

 弥は、ターミナルよりもプリムムを取ったのだ。


「……なんで、そいつ、ばっかり……ッ!」

「分からないなら、そこが差なんだろうね」


 金がある、権力がある、そうではない。

 そんなものはターミナルの魅力ではない。


 彼女は自分の見た目には自信があるようだが、確かに、抜きん出てはいるのだろう……そこは否定しない。順位をつければ、彼女は上位に入るだろう見た目をしている。


 けれど、一位はプリムムである。


 彼女以上に魅力的な女の子を、弥は知らない。


「悲観しなくていいよ、僕には通じなかっただけだから」


 慰めるつもりはなかったが、思わずそう言っていた。

 なぜならターミナルの表情が、羞恥によって泣きそうだったからだ。


 自信満々だったのに劣っていると言われて、女心が傷ついたのだろう……、その辺りの機敏を、弥は察知できていなかった。いくら容赦ないとは言え、可哀想だと思うことはある。


 慰めることがさらに追い詰めていることには、自覚がないようだが。


「君のことは、単純にタイプじゃないだけだ」

「ッ、殺す!」


 慰められた、それがターミナルのプライドをへし折った。

 彼女から余裕が消え、丸腰である弥へ、サーベルを向ける。剣の出し入れは自由であり、地面に突き刺さっていた剣は消え、彼女の手の中に収まっている。


 便利であるし、それは汎用性の高い能力であるのだろう。


「タイプじゃ、ない……? ただそれだけでっ、わたしを敵に回すのかッ!」


「それだけってわけじゃないけどね……」


「顔か、見た目か!? 中身なんて攻撃的で、全ッ然っ、素直じゃないのに! 

 言葉で傷つけられたことが、何度もあっただろう!?」


「君もそういう経験があるのか。というか君もプリムムのこと、好きだろ?」

「誰がッ!」


 ターミナルの剣の精度が、がくんと落ちている。

 振られたサーベルを、弥でもあっさりと避けられた。


「欠点なんてたくさんあるよ。僕だって、ルルウォンだって、君だって。もちろん、プリムムにだって。彼女は素直じゃないさ、攻撃的な言葉をよく使うさ。でもさ、きっと強がって言っているんだなって、素直じゃないからそう言っているんだなって分かるところが、凄く良いだろ?」


 分からない。ターミナルが表情でそう語る。


「ルルウォンがバカなのは、愛嬌があると思うだろ?」


 それには少し、ターミナルは納得してしまう。


「だけど、お前にはそれがないんだ」

「なッ――」


「お前はただの、上から目線で自分の立場や評価を利用する、嫌味なやつだ」


 勘違いするなよ、と弥はフォローを入れる。

 少女の表情がころころと変わって、それについては親近感を抱いたものだったが。


「これは僕の嫌いなものの話なだけだ。ショックを受ける必要なんてこれっぽっちもない。それともなんだ、お前は僕のことが好きなのか?」


 そうではない、という確信を得ている。

 弥もまた、それを口に出せるほど、ターミナルをなんとも思っていないからこそ言えたことだ。その言葉によって、ターミナルも冷静になれた。


「……調子に乗るなよ」


 ターミナルの剣が、一気に精度を上げた。

 切っ先が弥の頬を掠る。

 裂かれた皮膚から、血が、つー、と垂れて、地面に落ちた。


 一歩、踏み込みが深ければ、両断されていた。彼女に、もはや躊躇いはない。


「装備をしてくれないなら、お前はいらない。そこの落ちこぼれも予定通りに脱落させてやろう。それが嫌なら、守ってみせろ、王子様」


 ターミナルが剣を突きつける。


「プリムムの傍にいたいなら、お前の強さを証明してみせろッッ!」


 ―― ――


 意識はあった。だから会話の全てが聞こえていた。


 弥を助けなければならない。なのに、出るタイミングを見失った!


 ――あのバカ! きゅ、急になんて展開にしてくれてるのよっ!!


 素直じゃない言動も、照れ隠しである、と言われてしまえば、これから先の自分の振る舞いがぎこちなくなることを、プリムムは真剣に悩んでいた。

 どう接すればいい……いきなり素直になっても驚かれるし……このまま貫き通せば心中で照れてる照れてる、と、にやにやされる。知りたくなかった事実である。


 ……でも、嬉しかった。

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