第11話 根がある噂【装着編】

 もちろん、弥ではない。

 彼は別に、一人好きというわけではないが、積極的に人と関わる方ではない。

 一歩引いて、場を俯瞰して見ている。

 まるで保護者のように、盛り上がる場を眺めていることが多い。


 その姿は相変わらず、まったく似合わない。


「そいつも、お前みたいに人懐っこいぜ。で、知り合いが多い。だがよ、あいつも本当に苦しんでる時、相談できるような相手を持つわけじゃねえな」


 お前もそうだろ? とルルウォンを指差す。


「相談できる相手、いるよ?」


 たとえばプリムムだったり。わたるだったり。あとは……、


 だが、浮かんだのはその二人だった。

 なぜだろう、顔がすぐに思い浮かんだのだ。


 なぜならさっきまで一緒に行動をしていた二人であるためだ。


「な? そんなもんだろ?」


 まるで心を読んだかのような相槌だった。


「顔を見れば名前が出てくる。けど、なんの引っかかりもなく顔が浮かぶことはねえよ」


 無作為の話題から、連想することはできる。格好良い顔の人、頭が良い人、ちょっとドジな一面を持つ子……、この前、一緒に昼食を食べた子、など……、エピソードや情報を揃えた上であれば、きちんと覚えている。だがそうでなければ、ゼロから信頼できる相手を挙げるとなると、データベースはうんともすんとも言わなくなる。


 原因は明確だった。

 一は最初からそう言っていたはずである。


「信頼してねえからだ」


 二度目はなぜだか、心の奥底のデリケートな部分に、ぐさっと刺さった。


 笑顔の絶えないルルウォンの顔が、初めて、くしゃっと歪んだ。


「……知ったような口を、利くな」

「恐ぇな。やっと出たそれが、本性か?」


 一は、嬉しそうな表情に変わる。

 外から見れば、獰猛な猛獣が獲物を見つけた時のような、臨戦態勢が完了したようにも見えてしまうが。


「俺は媚びを売るやつが大嫌いな質でな、なにかを企んで人を利用しようとする狡いやつに腹が立つんだ。逆に、裏表なく、敵意だろうが好意だろうが、ストレートに向けてくるやつはどんなやつだろうとお気に入りだ。

 そう、今のお前みたいに、感情を出した瞬間は、良い眺めってわけだな」


「悪趣味な変態だね」

「否定はしねえな」


 そして一は、急に表情が素に戻った。

 興味が失せたようだが、そうではない。そもそもの話題を思い出したのだ。

 ルルウォンの本性がどうとか、正直なところ、どうでも良かった。


 話を逸らすな、と注意しながら、自分が逸らしてしまっていた。彼は素直に反省する。


「悪いな、話を戻す。ああ、お前も態度を戻していいぞ、本性を知っている今、お前がどんな演技をしていようが、腹は立たねえからな」


 ルルウォンが媚びを売っている絵に、腹が立つわけではない。彼女が媚びを売って、なにを企んでいるのか、そのタネが分からないことに腹が立つだけなのだ。


 解き明かしてしまえば、一の沸点には届かない。ルルウォンとしては良い結果であるだろうが、しかし本性を知られたことが、深く心に傷を残している。


「安心しろ、言いふらしはしねえよ。お前に興味もねえしな」


「……そう。なら、あたしもいつも通りに振る舞おうかな」


「忠告はした。その上でその態度を誰にでも取るつもりなら、俺は知らねえ」


 一には関係ないことである。

 ルルウォンも同じことを思うだろう。


「苦しむのはお前だからな」

「大きなお世話だよ」


 そのやり取りを最後にし、そして、やっと一は本題を切り出した。


「で。……弥は、どこにいやがんだ?」


 ―― ――


 アーマーズの少女たちには、こんな噂が流れている。


 オトコと接触することで、備わっている能力がさらに一段階上へ、進化する、と。


 そのためには、そのオトコ、というのが誰でもいいわけではなかった。


 実際、試した者もいる。

 少女たちが知る、オトコというのは、彼女たちを統率する先生しかいなかった。噂も曖昧で詳しいやり方が伝わったわけではない。そのため、結果は上手くいった、とは言い難い。


 とは言え、実行した少女はなんとなく、能力の出力が上がったような、そんな気がしたと言っている。実際、戦績は上がっているので、否定もできない結果なのだ。


 たぶん違うとは思うが、正解が分からなかった。

 もしかしたら、この結果が求めたそれなのかもしれないのだ。


 彼女は先生と長い時間、お話をしただけ、と自慢げに語っていた。


「やり方が合っていたとして、それでは足りないのだろうな。……信憑性の低い噂、ではないことは分かっている。独自に調べた結果、過去に実例があるそうだ」


 サーベルを地面に突き刺し、弥を逃げられないように動きを止め、ターミナルが語る。


「オトコとは、少年だ」


 十代の少年。


 アーマーズが、十代の時にしか能力を発揮できないように、少女たちの力を引き出すためのオトコも、十代でなければならない。


 そしてもちろん、相性がある。


 アーマーズのコアと身体も、相性が良くなければ上手く馴染まないように、少女と少年にも、相性がある。それも、一方的なものでは成功しない。

 どちらも相手に特別な感情を抱く必要がある。それは、たった一つとは限らない。


「わたしは、お前が良い」


 背中から腕を回し、ぎゅっと体を抱きしめた。

 ターミナルが、骨折している弥の右腕を撫でる。


「お前が望めばわたしはなんでもしよう、手になり、足になろう、この美貌をいつまでも見させてやろう、この体躯をどうしようとも、文句は言わん。

 お前に目的があるならそれも叶えてやろう……どうだ、なんでも手に入るんだ」


 ターミナルは成績最優秀生徒であり、大きな発言権を持つ裕福な家の一人娘である。


 権力がある、金がある。なんでもできる、というのは嘘ではない。


 彼女が言えば、本当になんでもできてしまうだろう。


 そして、小柄で子供っぽいとは言え、見た目はかなり整っている。


 悪い話ではなかった。聞けば聞くほど良い話でしかない。


 弥にとって都合の良過ぎる展開だと疑ってしまうくらいには、利があり過ぎる。



「だから、わたしと組め。わたしを、『装備』しろ――」



 アーマーズとは。



「――わたしが、お前の鎧になろう!」

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