第10話 警戒心【part/リザルト】

 少年は制服のポケットから、コアを取り出した。

 それらは、緑色に発光している。


 一つだけは、青色に発光していたが。


「助かったぜ、これを取っても殺したことにはならねえんだろ?」


 彼女たちは、この状態になっても生きている。

 元の身体さえ無事であれば、活動を再開させることができるのだ。

 もっと言えば、元の身体でなくとも問題はなかったりする。

 コアとは【ソフト】であり、身体とは【ハード】であると考えればいいのだ。


「俺にはちょいと流儀があってな。その中でピンチを乗り切るのは、だいぶ骨が折れると思ったが、死なねえなら躊躇いもねえ、ルールを破ることもねえわけだ――」


「……それは脅し、なのかしらね」


 鎖少女は強がって言葉を返す。

 だが、喉元にある恐怖を隠し切れていなかった。


 震える手が、鎖を伝って、彼にも届いている。


「脅しじゃねえよ。だが、どう取るかはお前ら次第だ」


 少年が一歩、足を踏み出した。


 自分もあんな風に、コアだけになってしまうのか……、と、少女は恐怖が限界を越えたが、決して逃げたりしなかった。なぜなら彼女の背中には、守るべき少女たちが――、


「……え?」


 どんっ、と鎖少女の体が押し出された。

 少年へ差し出すように、生け贄にするように――、

 後ろにいた取り巻きの二人が、生き残るために彼女を犠牲にしたのだ。


 振り向けば、二人の少女は背中を見せて逃げている……彼女を置いて。


 鎖少女を、見捨てて。


「どう、して……」


 鎖を握り締め、手の平の皮膚から血が出ていても関係ない。彼女は叫ぶ。


「――どうしてよッ!」


「わたしたちは利害の一致でつるんでいただけ! 危険を共にする気はないの!」


「そういうことよ! 重荷があるなら下ろせばいい、簡単な取捨選択の結果なの!」


 ターミナルの後ろ、それはどれだけ安全だったか、身を持って知っている。

 団結力があった、同じ志を持っていた、でもそれは、ターミナルがいたからだ。


 取り巻きという枠組みの中で、初めて発揮される、友情だった。


 それがなくなれば、あっけない。

 繋ぎ止めるものはなにもなく、絆は途切れる。


 こんな風に。

 裏切られる。


 裏切られる以前に、そこに信頼は、あったのか?


「ふざけんな」


 それは少女の言葉ではなかった。

 逃げる二人の少女に追いつき、耳元で囁かれた、少年の怒りの言葉である。


「「ッ!?」」


「あいつを犠牲にして、生き残る、か……、だがよぉ、俺が犠牲にさせられたあいつを狙うとは限らねえって、考えなかったのか?」


 少年の指が少女の首のコアに触れる。

 缶のプルタブを開ける感覚で、簡単に取り外すことができるコア。

 数秒もあれば二人を機能停止に追い込むことくらい難しくない。


 だが、


 庇った側に邪魔されてしまえば、単調な作業にも変化が現れる。


 腕に絡まったままだった鎖が、ぴんと張った……、引っ張った誰かがいる。


「――なんだ、お前はまだ、こいつらを守るのか?」


 少年は背を向けたまま、犠牲にされた少女へ。


 うん、と、強がらない彼女の本音が聞こえてきた。


「この輪を、崩したくないんだ……」

「そうかい。……なら、かかってこい」


 勝利なんて求めていない。

 彼女は裏切られてもなお、二人を守った――という友情の証明。


 二人の友人への、愛情表現をしたいだけなのだった。


 だから彼も容赦はしない。

 挑んでくるなら叩き潰す、それは彼なりの、礼儀だ。


「まだ壊れる前の輪だ……なら、手早くしろ。きっと修復できるだろうよ」


 そして――、


 彼の手には、三つのコアがある。


 それをポケットにはしまわずに、近くの大木の根元へ置いた。


 楕円形のコアは、互いに支え合って、そこに立っていた。



「で、いつまで隠れてやがんだ?」


 コアを手離した少年が、間髪入れずにそう問う。


 視線は茂みに隠れている、ルルウォンの位置へ向いていた。


「あっははっ、ばれた?」



 頭に葉っぱを数枚、乗せながら、ルルウォンが顔を見せる。

 手で葉を振り払いながら、少年に近づいた。

 お? と驚いた反応を少年が見せる。


「意外だな、大抵のやつは俺を見て警戒するもんだが……鈍感なだけか?」


「ここからずっと見てたからね。きみが見た目ほど恐くない人って、分かったもん」


 にしっ、とルルウォンが歯を見せて笑った。

 それにより少年は、毒気を抜かれたようだ。


「――あたし、ルルウォン。きみは?」


「……はじめだ。そうだな、お前でいい。宇宙船を探してるんだが、分かるか?」


「お前じゃなくてルルウォンだってば。

 いま、名乗ったばっかりなのに……。うーん、見てないかな」


 というかルルウォンは、その宇宙船を探そうとしていた最中だったはずだ。


 少年・一が探す宇宙船と同じものであるかは分からないが。

 それに、弥と知り合いなのかどうかもまだ確認していなかった。


「ねえ、はじめ」

「なんだよ、あんまり本筋に関係ねえ話に付き合ってる暇はねえぞ」


「わたるってオトコのコ、知ってる?」


 瞬間、である――、彼の表情がはっきりと変わった。


 切れた緊張が、ぴりっと元に戻ってしまう。


 恐らく、彼は咄嗟にルルウォンの胸倉、でなくとも服の一部を掴もうとしたのだろう……だがまるで、殴りかかるような勢いであった。

 だから、ではなかったが、元々、ルルウォンは体の前に薄い盾を展開させていた。


 そのため、伸びた一の手の指が、彼女の盾とぶつかった。


「っ!?」


 驚いたルルウォンが数歩、後ろへ離れる。

 そして、盾に弾かれ、一は理解した。


 これはルルウォンの本音である。


「なるほどな。人懐っこいやつかと思ったが、実際は真逆なのか」

「ん? どういうことなのかな?」


「ようは誰も信用してねえんだろ? お前の盾は、どれだけ近づいても体に触れさせないっつう、最後の防衛線ってわけだ」


 盾を言い換えるのであれば、壁。


 繋がりだけは持つが、深くへは踏み込ませない。


 そんな彼女の潔癖症を、一は今の一瞬で見抜いていた。


「人間関係をストックでもしてんのか? なきゃ不安か? 誰に捨てられてもすぐ別の場所へいけるようにしてんのか? 

 ……なんでもいいが、関係が多いと色々と厄介なもんを背負うことになっちまうぞ」


 たとえば、内心でどうでもいいと思っている相手でも、向こうがそう思っていなければ、悩みを相談される。聞いてしまえば巻き込まれ、同じ舞台に上がったのと同じことだ。

 相手との温度差の違いが、八方美人であるルルウォンの首を段々と絞めていくことになる。


「うーん? 違うんだけどね。

 あたしは単純に仲良くしたいだけだから。でも一応聞こうかな。やけに詳しいね?」


「まあな。お前みたいなやつ、知り合いにいるからよ」


 一の脳裏には、一人の少年の姿が浮かんでいる。

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