第9話 二人目【異物編】
意図に気づいた鎖少女が、爆弾少女へ合図を送る。
しかし爆弾少女はなぜか、起爆させるのに一瞬の躊躇いがあった。
その一瞬があれば、ルルウォンは爆発に巻き込むための距離を詰められる。
「あっ」
起爆をした時にはもう、ルルウォンと鎖少女は密着していた。
――そして、銀色の紙片が爆発する。
爆音が森全体を揺らした。
爆風が、近くの大木をまるで魚に引かれた竿のようにしならせる。
その爆風を体で浴びた後、時間を経て、ゆっくりと黒煙の中から這い出てきたのは、片足を引きずっている、鎖少女である。
白いボディスーツも焦げ、破れ、中の肌が見えている。
傷口が見え、血が流れ出しているのだが、それでも命に別状はなかった。
足を引きずっているだけで、表情に苦痛の色は見えない。
見えているのは爆弾少女へ向ける、怒りの赤色である。
「――あんた、なんで起爆のタイミングを……ッ!」
「ち、ちがう、の。後ろで、悲鳴が聞こえて――」
その時、ルルウォンが、まだ晴れない黒煙の中で、あ、と気づいた。
そう言えば、取り巻きは三人いたはずだ。
だが、途中から、目立っているのが二人だけになっていた。
爆発の中心にあった、鎖が絡まる腕の調子を確かめながら、ルルウォンが取り巻きの二人とは違う角度から、そのもう一人の少女を見つける。
綺麗な黒色の長髪である。
彼女は大木に背中を預け、誰かと対面していた。
対面しているが、対話ではないだろう。
逃げている内にそこまで追い詰められた、と言った方が適切かもしれない。
少女の怯えがそれを証明していると言える。
少女が逃げられないように、筋肉質の腕が横の退路を絶っていた。
僅かな動きも許さない、とでも言いたげな威圧感が、その人物から出ていた。
……わたる……?
ルルウォンはそう連想したが、もちろん本人ではない。似ているが、真逆と言える雰囲気を持つ。弥が草食動物だとすれば、その人物は獰猛な肉食獣である。
弥という前例がなければ勘違いしていただろう――彼は、オトコである。
黒髪をオールバックにした、強面の少年の口が開く。
「取って食ったりしねえよ、聞きたいことがあるだけだ」
「……っ!」
長髪の少女はぶんぶんと首を左右に振る。
そのせいで髪が乱れて、顔を隠してしまっていた。
少年は舌打ちをし、それがさらに少女を怯えさせてしまう。
「ああ、悪い……、敵意はねえよ。俺からなにかするってことはねえ」
少年はそう言い、聞こえた足音の方へ視線を向けた。
残りの取り巻きの少女二人が、そこにいる。
「……上から威圧しておいて、よく言うわね」
「身長差じゃねえのか? こうでもしねえとお前らは逃げるじゃねえか」
少年が大木から手を離した。その瞬間、脅されていた(?)と思っている長髪の少女が、二人の元へ駆けて戻っていく。鎖少女の背中へ、ささっと隠れた。
「そんな反応されたら傷つくじゃねえか」
「そうには見えないわね。なんとも思ってなさそうな顔をしているくせに」
「どうだかな。そう見えてるんなら、努力の甲斐があったもんだが」
鎖少女が首を傾げる。
少年はどうでもよさそうに次の話題へ変えた。
「逃げられねえように押さえつけてただけだ、
お前みたいに話を聞いてくれるなら、威圧はしねえよ」
「ちょっと待って。まずはこっちから質問していいかしら?」
ご自由に、と少年が答えた。
鎖少女が、彼の言葉の中で、引っかかっていた部分を抜粋する。
「押さえつけたのは、『お前らが逃げるから――』と言ったわよね? なら、私たち以外にも既に誰かと会っているってことになるけど……その子たちを、どうしたわけ?」
少年は一瞬、逡巡した。
が、諦めたのか、肩の力を抜いた。
「……俺は不時着した宇宙船を探してる。それがねえと帰れねえんだよ」
「話を逸らすなッ、その子たちをどうしたよッ!?」
荒くなる言葉と共に、少女が鎖を放ち、少年の腕に絡ませる。ルルウォンにしたよう、引っ張り、土を噛ませようとするが、彼の体はびくともしない。
まるで大きな建物の柱を相手にしているかのようだった。
「まあ待て。説明には順序があるんだ」
彼が少し力を入れただけで、少女の方が引っ張られる。今は、なんとか踏ん張っていられるが、さらに力を込められたら、彼女の方が地面に伏すことになるだろう。
「なん、て、力なの……!?」
少女は分からない。
女よりも男の方が力が強いことを、体験したことがないのだから。
そして彼は少女が鎖を生み出し、それを自由自在に操ったことを、驚きもしなかった。
爆弾や砲撃、盾と違って、ポテンシャルでどうにかできる――曲芸のような技ではあるが、それでも生物のように動く鎖に、戸惑いがあってもおかしくはない……、
彼にそれがないのは、
「一度、見ている、からかな?」
近くの茂みに隠れて事態を覗いていたルルウォンがそう思った。
少年は一度、『アーマーズ』との戦闘を経験している。
「ああ、一度だが戦ったぜ。まあ、ぶっ殺したがな」
その言葉にカッとなった鎖少女が、勝てない勝負に無謀にも挑もうとした。
だが、
「違う違う、殺したのはお前ら側じゃねえよ。つーか、死なねえんだろ、お前ら」
鎖少女の肩の力が抜けた。思えばそうである。アーマーズは、死なない。
それは単純に、破損する身体が作り物であるから、であるが。
少年が自分の首元を、とんとん、と指でつついた。
それは少女たちの首元のことを指している。
「本体は、それだろ」
事実を隠蔽するか、どうか、鎖少女は咄嗟に考えたが、恐らくもう遅い。一瞬の表情の変化を見抜かれているだろう。
それに、その指摘は、推測を確かな答えに変えるためのカマかけではなく、答え合わせなのだろうと思った。
少女の質問の答えを、彼は既に答えている。
「俺はその――『コア』って言うんだっけか? それは、破壊してねえよ。壊さねえように大事に持ってるつもりだ。俺がぶっ殺したっつったのは、俺たち側のやつだよ」
彼の仲間、ではなく、友達、でもないか。ただのクラスメイトだ。
なにも無抵抗な相手を快楽のために殺したわけではない。
見た目は強面だが、彼にも常識はある。
人を殺してはいけない、くらい、理由がなくとも守る……当たり前のことだ。
正当防衛。
アーマーズと手を組んだクラスメイトが、日頃の恨みを兼ねて、この機会を良いことに襲ってきたので、手早く始末しただけのことだ……。
「っと、違ぇな。まただ……、俺は下手くそ過ぎる。……誤解させたな。ぶっ殺した、って言ったのは、言葉の綾だ。本当に殺したわけじゃねえんだが、どうだろうな……。
化け物に追われていたから、その後のことは知らねえ」
「え、待って――化け物って……っ、それって【捕食者】のことじゃ……!」
「知らねえよ」
冷たい反応だが、知らないから、答えようもない。
そこを掘り下げたところで得るものはなにもないのだから、時間の無駄である。
「で、お前らの前に会ったやつらは、これだ」
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