第8話 追跡者【双方編】

 なんであれ、不機嫌でなくなったのならば良かった、と弥は安心する。

 それに、彼女の気持ちも分かる。

 動機までは分からないが、味方になりたいと思ったのは弥も同じだったからだ。


 ――成績しか見ておらず、それを基準に落ちこぼれと評価される。人間性や、評価されない類いを無視して、劣等と烙印を無理矢理に押される。

 それが学生生活の人間関係に影響されるとなれば、彼女はきっと苦しんでいたはずだ。


 ルルウォンがいる、だから酷い扱いではない気がするが……、同情だ、と言われたら否定はできない。根っこの部分は同情であると思うからだ。

 助けてあげたい、味方になってあげたい、そんな上から目線の見方だってしていると思う。

 弥はそんな自分を嫌悪する。


 けれど共に行動して、人間性を見た。匂い、声、感触、雰囲気、温度……、一緒にいて感じるものが最終的な判断基準になった。たとえ強大な敵であるターミナルの懐から逃げ、危険と隣合わせになったとしても、プリムムの味方をしたいと思ったのだ。


 だから彼女に噛みついた。腕のもう一本を折られる覚悟で、だ。


 この惑星にいれば、何度も体験するであろう命の危機、それが今更、一つ増えたところで大差はないだろう。だから命も一緒に賭けて、喧嘩を売ったのだ。


「……後悔はないんだよ」

「弥? なによ、ぼーっとして――」


 ッ、と息を詰まらせたプリムムの目が見開かれた。


 腕を伸ばし、手の平を弥の頭上へ向ける。

 ――そこには、倒れてくる大木があった。


 このままでは弥が押し潰される。

 プリムムの砲弾が、唯一の回避法だ。

 今から避けるには、縦も横も距離が足りないのだ。


「くっ!」


 砲弾が発射され、大木が吹き飛ばされる。青色の粒子が雨のように周囲に降っていた。砲弾に固め切れずに散ってしまった部分である。

 準備せずに咄嗟に撃ち出すと、威力はがくんと落ちてしまう。


 威力が落ちたからと言って、彼女自身にかかる反動が減るわけではなかった。


 彼女たちの能力は、どれも未完成と言わざるを得ない性能である。


「プリムム! 手首、が――」


 骨折したわけではない。だが、青黒く、変色している。


 反動によって、変な方向へ捻ったらしい。


「だい、じょうぶよ、これくらい、ッ、――とにかく、今は逃げなくちゃ」


 すると、がくんっ、と彼女の膝が崩れ落ちた。

 立ち上がろうとしても力が入らないらしく、何度もバランスを崩している。

 弥が支えていなければ横に倒れてしまいそうだ。


「なん、で……?」


 彼女は自分のことを化け物だと言った。それが本当だとして、たとえ化け物だとしても休息は必要だし、活動するにもエネルギーがいる。

 それがなくなり、ガス欠を起こしているとすれば、納得である。


 燃費が悪そうな、砲撃という能力が一番の原因である気がする。

 無駄撃ちはしていない、プリムムの性格を考えれば計算をしているはずだ。しかし今のような撃ち出さざるを得ない場合は、計算を視野に入れている余裕などない。


 彼女は、体力のギリギリのところで逃げていたのだ。


「当たり前だ……ッ!」


 もっと強く言って、休ませておけば良かった。

 会話で時間を稼がず、数分でもいいから寝かせるべきだった。遅い後悔である。


「さ、わ、るな――」


 弥の腕の中で支えられているプリムムの口から出た言葉だ。

 弥は、こんな時でもガードが高いのか、と思ったが、弥へ向けた言葉ではなかった。


 後ろ。


 サーベル刀を持つ、ターミナルである。


「ッ!?」


「弥を、あんたなんかに、渡すもんか……っ」


 決して、強くはない蹴りである。だが、ふらふらなプリムムにはとても重く体へ入った。

 弥の腕の中から剥がされ、草が生えた地面を転がっていく。敵であるターミナルなど眼中になく、ただプリムムだけを追おうとする弥の一歩先の地面へ、刃が突き刺さった。


 動きを止められた。

 そんな弥の耳元で、ターミナルが囁いた。


「アーマーズを知りたいか?」


 それは噂を検証するための、前提情報。


 弥が知っておくべき、彼女たちの常識である。


 ―― ――


「どうしよう……。プリムム、わたる……、二人とはぐれちゃった……!」


 爆発による黒煙の中から抜け出した時、既に二人の姿は見えなくなっていた。

 二人を探そうにも、背中を狙ってくる敵がいる。

 そのため、ルルウォンはその対応をしなければならない。


 相手はターミナルにくっついている、取り巻きの三人組。彼女たちは、息が合った連携で包囲網を作り出し、ルルウォンを決して逃がしてくれなかった。


 気にしなければならないのは、爆弾である銀の紙片だけではない。三人もいるのだから、能力も三つある。しかも彼女たちも選抜メンバーであり、プリムムのように下位にいる成績でもなかった。ターミナルにくっついていられるのは、それなりの成績を保持しているためである。


 様々な攻撃が襲い掛かってくるが、ルルウォンの盾は、その全てを防いでいた。


 だが問題がある。

 ……ルルウォンは、攻撃手段を持たないのだ。


「あ!」


 腕に巻き付いてきたのは、鎖である。

 簡単には振り解けないくらいに強く、何重にも鎖が重なっている。

 伸びた鎖の先には、取り巻きの一人の手があった。そう、彼女の能力だ。


 髪を後ろでまとめた、日に焼けた色黒の肌をしている少女である。


 そして、ルルウォンの盾は、体に触れているものには機能しない。


 そのため鎖は弾かれず、盾の内側に残留してしまう。


「捕まえた」


 ぐんっ、とルルウォンの体が持ち上がった。

 彼女の視界が激しくブレ、地面が空の方向にあった。

 彼女の体は放物線を描くようにして引っ張られ、背中から地面に勢い良く叩きつけられる。


 幸い、背中に展開した盾のおかげで、衝撃は全て吸収されているが。


 問題は鎖に巻き付かれた腕である。

 その締め付けは、どうしても盾では防げない。


「……!」


 そこで、ルルウォンの顔が蒼白になる。


「あ……、気づい、たんだ……?」


 小さな声は取り巻きの一人の少女である。彼女は両目が前髪で覆われている、おとなしめの少女であった。印象に残らない、存在感が薄い、そう思われていることが多い。

 ゆえに密かに動かれると、気づくのに時間がかかる。


 彼女が持つ能力は、爆発する銀の紙片を生み出せること。

 その紙片が、ルルウォンの腕に巻き付かれた鎖の間に挟まっていたのだ。


 盾によって防げない。

 この爆発は、甘んじて受けるしかないのだった。


 だが、だったら――。


 腕に巻き付いている鎖を辿る。今度はルルウォンが引っ張る番である。

 咄嗟に、綱引きのように対抗した鎖の持ち主の少女だったが、ルルウォンの狙いは違う。

 一瞬、力を抜いて、対抗した少女のバランスを崩させた。


 力が入っていない鎖を強く引き、勢い余って、後ろへ尻餅をついてしまう。

 そんな少女の元へ、ルルウォンが全速力で向かっていた。



「あいつッッ――もしかしてっ!!」

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