第7話 森の中【逃亡編】

 大木に張り付いていた小さなトカゲが足音に気づいて、サササッ、と根元へ隠れた。


「プリムム、待って――待てっ!」


 弥の腕を掴み、黒煙を目隠しに使ってターミナルから逃げた後、二人は休むことなく森の中を走り続けていた。しばらく走った後だろうか、二人とも息が切れている。


 プリムムの体力はとっくのとうに底をついていた。なのに無理して走ろうとしている。歩いた方が早いだろう速度で、彼女はそれでも走る労力を使っていたのだ。

 体力は当たり前に減るし、精神的にもよくない傾向である。


 プリムムをひとまず休ませる。ただ、彼女に休む気はまったくなかった。


「休んでる暇なんてない。足を止めたらすぐにターミナルがやってくる!」

「分かってる、けどさ……プリムムの足取りがふらふらだ」


「私のことなんてどうでもいいでしょ。

 いいから逃げるわよ、あんたを逃がさなくちゃ、私たちも動けないんだから!」


「そこだよ」


 弥の中に引っ掛かりがあった。弥のことなど放っておいてもいい、そうするべき環境の中にいるプリムムたちが、なぜ弥に固執しているのか、それが気になっていた。


 この惑星において、弥は重荷でしかない。背負う必要のないものである。


 まず第一に、捨てるべきものではないのか?


「自分のことを、よくもまあそんな風に言えるわね」


「自分のことだからね。……その価値だって分かっているつもりだ」


 プリムムの不機嫌度がぐんっと上がった気がしたが、幸い、足を止めてくれている。この会話をしている間、休んでくれるのであれば、意味がある。

 できるだけ引き延ばす必要が出てきた。


「その骨折、誰のせいだと思ってるの?」


 それを言った本人のせいなのだが、彼女はいつも通りに強気である。

 折られた弥の方が責められているような気になってしまうのだから、不思議だ。


「あんた、この惑星を脱出したいんでしょ? でも、その骨折じゃ難しいじゃない」

「難しいけど、不可能じゃないよ」


「一人じゃ、ほぼ不可能よね。そうなのよ。そうでしょ?」

「そうだって言わせたいだけじゃ――そうだよ、そうだから、その手の平を下ろせ」


 まるで銃口のように扱っている。彼女の能力を考えれば、用途は同じか。


 腕を下ろしたプリムムを見て、弥は安堵する。もう一本の腕まで折れたら、本当に彼女たちの手を借りなければならなくなる。だから、一本ならばまだ自分だけでなんとかなるものなのだ。


「言ったでしょ、今、この辺りは戦場なのよ。隠れてろって言ったって、どうせあんたは脱出しようとするでしょ。その折れた腕で、使える腕、一本のままで」


 それは……、そうかもしれない。

 いくら危険と言われても、弥はきっと、じっとはしていないだろう。

 弥のクラスメイトが生きて、この惑星にいるのだ、彼女たちに出会い、事情を知らされていなければ、隠れるという発想を得ない。


 戦場をのんきに歩いて戦いに巻き込まれ、生きられたはずの命を奪われることを考えたらだ、それを知る弥が動き、伝えた方が、みんなの生存率が上がる。

 たとえ自分の生存率がぐっと下がろうとも、だ。


「動く、だろうね。隠れているのは性に合わない」


「じゃあ、もしも骨折していなければ? 不自由なく脱出できたでしょうね。あんたならたぶん、難しくもないでしょうよ。でも折れたその腕じゃ、できたはずの脱出も難しくなっているわよね、私のせいで。……だから私は、あんたを助ける義務があるの」


 義務、ではない。贖罪をしたいのであれば別の方法でも構わない。

 道案内をしてくれるだけでも充分である。なにも、敵から守れ、と言う弥ではないのだ。

 非常時くらい、自分の身を守ることを優先してもいい、そうするべきである。


 それが今であると、なぜ分かってくれないのだろう。


「手離したくない、からか……?」


「はぁっ!?」


 弥がオトコだから――この場合は貴重なサンプルである、という意味でだ。


 弥自身を評価されたわけではない。それくらいの自覚はある。


「いや、だから、この惑星にはオトコがいない……のなら、僕は貴重なんでしょ? 

 最初に出会ったのはプリムムだし、あるんじゃないの? したいこととか」


「な、なによ、したいことって! 試したいことも別にないし!」


 彼女たちの中では、オトコに関する噂が流れているらしい。

 ターミナルがそう言っていたはずだ。

 事実かどうか、検証する……試したいこととは、そういう類だろう。


 オトコとは、この惑星では実験動物みたいなものである。


 プリムムはほんのりと顔に赤みが増していた。……噂の内容が少し気になった。


「まあ、したいことが特になければ聞きたいこととか、さ――あ」


 それなら弥にもあった。彼女たちのことである。


 二度、会話の中に出てきた。彼女たちのことを指すであろう、『アーマーズ』とは、一体なんなのか……、だが、それをここで話すには、無警戒過ぎる。


 休める時間を稼ぎたいが、長話になるのは避けたかった。


 話を聞き入って、周囲の危険に気づけませんでした、では本末転倒である。

 あくまでも今の目的は、ターミナルから逃げ延びることなのだから。


「……弥、いくわよ。充分、休めたでしょ」

「え、あ――」


 意図を読まれていた。読んだ上で、話に付き合ってくれていたのだろう。

 弥の姑息な時間稼ぎに乗ってくれていたのだ。


 だったら弥の心中も察してほしいものだった。今だけは、別行動をするべきだ、と。


「確かに、義務じゃないわよ。悪いとは思ってるから、手伝いはするけど……。――それに、意地よ。あんたを意地でも脱出させるって、決めたんだから。

 自分で決めたことを、途中で投げ出したくないだけよ」


 言葉を曲げず、有言実行にこだわるところは、彼女の性格に合っている。


 そうすると思ったら直進するところも納得だ。だが、そう思うまでの過程が描けない。


 弥をそこまで気にかける必要などないと思うのだが。


「……どうしてそこまでするんだ? プリムムにとって僕は、ただの部外者だろ?」

「そうね、部外者ね」


 ただの知り合いであり、友人ですらない。

 弥自身は、ここまで一緒に行動を共にしているのだから、友達ではないのかと思っているが。


 ルルウォンであれば間違いなく友達だと言うだろう。


「部外者だったわよ、さっきまでは、ね」


 プリムムの言葉が続く。


「私自身を、あんたは見てくれた」


「……? そりゃ、プリムムのことを見るぞ?

 プリムム以外を見て、プリムムを分かった気になるなんて、不可能じゃないか」


「そうでもないんだけどね。部外者だから、よね。

 私たちの常識からはずれて、別の方法で寄り添ってきてくれた。それがさ――」


 プリムムは、急に口を閉じた。

 その先の言葉が、なかなか、出てこなかった。


「どうしたんだ、プリムム……?」


「――誰を味方にしたいかくらい、私自身が選ぶわ。

 あんたはそう評価されたんだから、素直に喜びなさいよ」


 この私によ! と自信満々で、勝ち誇った顔だった。

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