第6話 砲、盾、剣【vs編】
「成績順ではない『なにか』で、選ばれたのかもしれない」
「なにか、って、なんだろうね」
耳元にいるルルウォンの質問には、弥も答えられない。彼は選抜した側ではないのだ。
そして全て推測であり、もちろん、間違っている可能性もある。
単純な成績順ではなさそうなのは、確信めいたものがあったが。
とにかく、弥はこう言いたかっただけだ。
「成績では測れないものがプリムムにはあったってだけだろ」
人を成績表でしか見られないターミナルへ。
優劣でしか人を見られない少女へ、弥の言葉が刺さっていく。
「こうして選ばれているんだ、プリムムの中で、お前よりも優秀な部分が、あるんだよ」
「わたしよりも、だと……?」
そんな、こと……。
と、ターミナルの声は消えそうなほどに小さかった。
「……ん?」
弥は次に続いた言葉に、驚いた。
聞き間違いかと疑った。
プリムムもルルウォンも、その言葉には気づいていない様子である。
弥がそれについて言及するよりも早く、ターミナルがあることに気づく。
弥の存在の異変に、である。
「そういえば、おまえ……その服装……、『アーマーズ』じゃ、ないよな……?」
さすがに彼女は気づいたようだ。成績優秀と自分で言うだけはある。
「そうだ、僕は……」
「そうだよー、なんと、わたるはオトコ――」
言った瞬間、ターミナルの取り巻きの三人は「ひっ!?」と悲鳴を上げた。
彼女たちにとって、オトコの扱いは畏怖する対象なのか。
「――ちょっと、ルルウォンッ!」
え? ときょとんとするルルウォンへ、プリムムが戸惑った表情を見せた。
別に隠す必要もなかった。プリムム自身、そう思ったのだろう。
だとしても、進んでばらす必要もなかったのだが。しかしターミナルを見て、徹底的に止めていれば、と後悔をした。その後悔は相手の表情を見れば遅過ぎた、と痛感する。
ターミナルは、不気味に口元を歪めていた。
「オトコ、か……」
唇の乾きを潤わせるような、軽い舌なめずり。
瞬間、弥はぞっとした。今までプリムムへ向いていた敵意が、姿を変えて興味となり、執着心と共に弥へ向いたのだ。
そしてターミナルが動いた。
対応して動いたのは、プリムムである。
弥を庇うように前へ出て、ターミナルを止めようと両手を広げた。
「……!」
「弥は関係ない……っ、この戦いにただ巻き込まれただけなのよっ!」
だが、ターミナルにとってはそんな事情など知ったことではなかった。
「傷つけはしない。ただ、興味が湧いたんだ。特に大きなもの、だが、な。
よく考えてみるんだな、貴重なオトコなんだぞ……、試すなら、今しかない」
「試す……?」
「プリムムは噂を知らないのか? とぼけているだけか……?
まあ、独り占めはよくないだろう。これは共有するべきだ」
その言い方に、プリムムはかちんときた。
「共有、ですって……? っ、弥を、まるで物みたいに!」
「わたしたちもそういう扱いを受けてきた。……やり返す権利はあると思うが? それにだ、そうやって庇いながら、おまえだって試そうと思って、手元に置いているんじゃないのか?」
「私は、違う、あんたと一緒にするな! オトコに興味なんかこれっぽっちもない!」
「なら庇う必要なんかないはずだ。わたしが彼と手を繋いでも、構わないだろう」
弥へ近づくため、プリムムとすれ違おうとするターミナル。
だが、横を通り過ぎる、その瞬間に、プリムムの手の平が光を発した。
行動に自覚はなかった。
だが、ターミナルには触らせたくない、そういう心理が働いたのだ。
それは自覚できている。
「弥がどうこうじゃ、ない。――ターミナルの隣なんかに、いかせないわ」
成績最下位が成績最優秀へ抱く、対抗心である。
彼女は口に出して、己をそう鼓舞させた。
プリムムの砲弾を体の横で受け止めたターミナルが、大木へ激突する。
が、地に足をつけて、彼女は決して倒れない。
いつの間にか、少女の手には、体とそう変わらない長さの剣が握られていた。
プリムムが【砲撃】、ルルウォンが【盾】であり、ターミナルは【剣】を生み出せる。
彼女たちにはそういう能力が備わっているのだ。
彼女が能力を使った……、それはつまり、本気である。
「……なら、奪われないように守ってみせろ」
小柄な体では振り回せそうにない武器に見えたが、ターミナルには関係ない。
素早い動きでプリムムの懐へ潜り込み、体を捻った全力のスイングで横薙ぎに振るわれたサーベル刀が、彼女を斬りつける。
しかし予想に反して、ゴッ、という打撃音がプリムムを真横へ吹き飛ばした。
弥を隠すカーテンを横へ振り払ったような気軽さだった。
素早い動きはそのサーベル刀の軽さにあるだろう。でなければターミナルに振り回せるはずもなく、素早い動きもできやしない。手数の多さでダメージを積み重ねていく武器なのだ。
つまり、今の一撃は、見た目よりも軽いはずである。
プリムムッ、と駆け寄ろうとした弥の首元へ、切っ先が突きつけられた。
半歩、少しでも前に出ていれば、切っ先が首の皮膚に食い込んでいただろう。弥の汗が滴って、刃に乗っかる。顎から伝っていくほど、その距離は近い。
「動くな、オトコ」
「……プリムムの傍に向かうことさえも、だめ、ってことか」
「それがダメなんだ」
その言い方だと、まるでプリムムの横に弥がいることがダメだと言っているように聞こえる。
唯一のオトコである弥の取り合いであったはずだ。
だが、その言い方は、趣旨が変わってきてしまうが……。
「ターミ、ナル……、あんた――」
なんで峰打ちをしたのか、プリムムは先の言葉を続けなかった。
プリムムとターミナルの戦力差は歴然だ、普通に戦えば、プリムムに勝ち目はない。
そう、だから、手加減をされたのだ。
強者の余裕を見せつけられている。過程がどうあれ、最後には自分が勝つと分かっている者の戦い方。腹が立つが、間違ってもいない。ターミナルに勝てたことなど一度もないのだから。
「ルルウォン! 弥を守って!」
「分かってるって、あいあいさー!」
ルルウォンの盾の力により、弥を囲んでしまえば手出しはできない。
プリムムとルルウォンの作戦は、細かく言葉を交わさずとも一致していた。だが、それをさせるターミナルではない。それに、手札の枚数は、ターミナルの方がこれまた有利である。
ターミナルの取り巻きである三人が、ルルウォンへ攻撃を仕掛けた。
「わわっ、と!」
ルルウォンは盾を展開し、その攻撃を防ぐ。彼女が傷つくことはないが、これでは弥へ盾を展開できない。同時に二つの盾を展開できないのが、ルルウォンの能力の欠点である。
銀の紙片が桜吹雪のように舞い、その全てが爆発する。
恐らくルルウォンは無事だろうが、爆発による黒煙のせいで、周囲が覆われてしまう。ルルウォンの様子は分からず、向こうからもプリムムたちの戦いが見えない。
どちらからも干渉できない個別の空間ができあがってしまった。
こうなれば、一対一でターミナルと戦うプリムムに、勝ち目はない。
ルルウォンを含めて、あったはずの可能性が、これによりゼロになったのだ。
「にしても、これはやり過ぎだな……」
黒煙の量が多い。
これでは近くにいる弥の姿も、隠れてしまっている。
その時、ターミナルが違和感に気づいた。
自分を囲い、包み込むような黒煙の中、切っ先を少しだけ前へ、押し出してみたのだ。
肉を裂く感覚はなかった。
その場で脅していた、弥がこの場にいなかった。
まさか……。
「――まさか!?」
ターミナルは知っている。
プリムムは、決してバカではない。好き嫌いが激しく、怠け者であるため、成績的に落ちこぼれであり、きっと実際の学力もそう変わらない。
だが、本質的に頭は良い。
常識という当たり前を知らなくとも、回転の早さで機転を利かせ、苦難を乗り越えた場面を何度も見ている。運で片付けてもいいし、多くの者がそう評価するだろう。
……けれど、認めよう。
プリムムはきっと、ルルウォンに助けを求めた時点でこの光景を予想していた。
弥の言葉を思い出す。
『こうして選ばれているんだ、プリムムの中で、お前よりも優秀な部分が、あるんだよ』
ターミナルはそれに、こう返していた。
「……そんなこと、とうの昔から知っている」
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