第5話 襲撃者【不遇編】

 彼女たちも、プリムムとルルウォンと同じ白い服装だ。

 ただ一人だけ、服に描かれたデザインの色が違う。

 彼女以外は青色のラインが入っているのだが、彼女だけは赤色だった。


 そして勘違いではないだろう、その赤いデザインの少女を取り巻くように、他の三人が位置を取っているようにも見える。


 最も小柄な彼女が中心であるチームだった。


「弥、いま一人で動かない方がいい理由、分かったでしょ?」


「……なんとなく。でも理由は分からないよ、喧嘩、には見えないね」


 知りたいとは思わなかったが、この言い方では答えろと言っているようなものだった。

 弥も好奇心には勝てなかった。


「喧嘩じゃないよ、でも遊びでもない。これ、真剣勝負なのっ!」

「つまりここら辺は無法地帯で――戦場なのよ!」


 言いながら、プリムムが先手を取った。

 先ほど弥を吹き飛ばした青色の球体が、手の平から出る寸前、である。木の枝から飛び降りた小柄な少女の足が、プリムムの手を上から踏むようにし、その軌道を変えた。


 撃ち出された球体が近くの地面を抉る。

 凹んだ半球の痕から、それは砲弾と言える。


 目に見える威力は絶大だが、当たらなければ意味がなかった。


「くっ――」

「遅いぞ、落ちこぼれ」


 プリムムは右腕を封じられ、少女は左足を使っている。

 では、残っている右足には、動かせる余裕があった。プリムムの腕を足場にしているとは言え、ほぼ空中にいるようなものではあったが、少女の動きにぎこちなさはない。


 プリムムの横顔へ、少女の蹴りが迫る――。


「危ッ――」


 弥がつい声を漏らした。

 彼が助けに入るよりも、少女の蹴りの方が当然、早い。


 だが、プリムムの横顔にぶつかる寸前で、少女の蹴りが止まっていた。……弾かれたのだ。まるで防弾ガラスを蹴りつけたような音と共に、少女の方が、チッ、と舌打ちをした。


 少女の視線はプリムムではなく、ルルウォンへ向いている。


 彼女は両腕を前へ伸ばし、全ての指を開いていた。


「させないよ、ターミナル!」


「うっとうしい……、めんどうな【盾の力】だ!」


 蹴りの反動で、少女の黒いツインテールが揺れる。

 邪魔をされた、という怒りが、元々鋭い目つきをさらに鋭くさせる。


 そして、弾かれた少女には大きな隙ができている。それをプリムムは見逃さない。


 彼女が出せる砲弾は、なにも片手だけではなかったのだ。

 だが、


「――なんだ、あれ」


 弥が見たのは、プリムムの腕に付着している、銀色の紙片だった。

 光の反射で輝くそれは、レーダー探知を妨害する、チャフのようだった。


 それが、本来の用途で使用されるものとはとても思えない。


 現状、その紙片に求められるべきことは、プリムムへの攻撃である。


 瞬間、プリムムに付着していた紙片が、順々に爆発した。彼女の左腕から黒煙が上がり、少女はその隙に距離を取った。少女の取り巻きの一人が、あの紙片をばら撒いたのだ。


 相手は四人。

 比べてこちらは三人だが、弥はこの戦いの役には立てない。

 実質、四人に対して半分の二人で挑んでいるのだ。


 不利だ。相手の隙を突いたところで、今みたいに妨害される。

 前衛と後衛に分かれてしまえば、当たる攻撃も当たらない。


「プリムムッ!」


 左腕が爆発したのだ。その傷口を見るのを躊躇っていたが、弥は駆けつけた。

 彼女の傍に立って、一目見て、彼女の腕には傷一つないことに気づいた。


「……は?」

「怪我なんてしないわよ。私たちは、だから」


 平気そうな顔で言うが、プリムムはふらふらと足下がおぼつかない。

 バランスを崩した彼女の体を、弥は片手で支えた。


 怪我なんてしない……だが、


「でも、痛みはあるみたいだ」


 プリムムが弥の手をはたく。

 なにも言わなかったが、触られるほど心を許してはいないと、言いたいのだろう。


「フンッ、まだ生き残っているとは驚いたぞ、落ちこぼれ。

 まあ、そうやって守ってもらっているから、だろうがな」


 取り巻きの三人を手で制し、ツインテールの少女がプリムムの前へ近づく。


 弥も咄嗟にプリムムを庇うが、その行為が目の前の少女に油を注ぐことになった。


 少女が怒りを見せる、が、弥の目には嫉妬にも見えた。


「ねえターミナル、なんでプリムムばっかり狙うの?」


 後ろから、弥の肩に顎を乗せるような形で、ルルウォンが顔を覗かせた。

 ターミナル……、それが小柄な少女の名前なのだろう。


「……不釣り合い、だからだ」


「っ」と、プリムムが息を飲んだ。

 彼女にも自覚があったから、だろうか。


「選抜された三〇名の中に、ルルウォンがいるのは納得できる。

 振る舞いはバカだが、戦闘や知識について、申し分ない実力があるからな」


 えへへっ、と照れるルルウォンだが、振る舞いはバカだ、と言われているのだが。

 どうやら褒められたことにばかり目がいき、そこには気づいていないらしい。


 ターミナルの目は、そういうところがバカなんだ、と言っているように思えた。

 そして、次に視線が、プリムムへ注がれた。


「だが、そこの落ちこぼれは違う。成績は最下位を争う実力だ。知識も、戦闘も、及第点に届かない赤点常連者が、どうして選ばれる……ッ。優秀な学生はたくさんいる、あの落ちこぼれが選ばれたことで、他の優秀な誰かが落とされているんだぞ!」


「あ、確かにターミナルが選ばれてるのに、二位の人は名前を呼ばれてなかったね」


 ということは、成績優秀者の一位は、ターミナルなのだろう。見た目が周りに比べて、三歳下に見えてもおかしくないが、頭脳や運動神経は頭一つ抜けているらしい。


 弥もなんとなく事情が掴めてきた。選抜メンバーの中に相応しくない者がいるから排除してしまおう、とターミナルは思ったのだろう。だが、弥は当然の疑問に引っかかる。


「それ、成績順で選抜されてるの?」


「……なんだと?」


 疑問はその選抜方法である。前提として、選ばれたからどうなんだ、さえ分からない彼には、口を挟む権利などない。こうして巻き込まれているとは言え、余計なことを言うべきではない、とは、彼の中の常識が警鐘を鳴らしていたからだ。


 だが少々、むっとした。さっき会ったばかりとは言え、あまりプリムムのことを落ちこぼれと連呼しないでほしい。子供っぽいと自覚しながらも、腹が立つ。


 だからついつい、口を挟んでしまった。


「おい、どういう意味だ、と聞いたが?」


「成績順で選抜されているなら、プリムムが入っているのはおかしいね、君の言う通りだと思うよ。でも、こうして訂正されることなく始まってしまっているんだろう? 

 なら、これが正解なんだと思うよ」


 選んだ側に、意図があると考えるべきだ。

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