第4話 和解【問題編】
男が苦手、というのは分かっているが、弥個人が生理的に無理と言われている気がして勝手にショックを受けてしまう。
無理に近づこうとしない方がいいかもしれない。
だからルルウォンに、気を遣わないでいい、と頼もうとしたのだが、
体を少し動かしただけなのに、右腕に激痛が走った。
「ッ!」
無意識に、いつものように右腕に体重を乗せてしまった。
そのため、折れた右腕が悲鳴を上げたのだ。
「あ、だいじょう――」
「大丈夫っ!?」
と、息を切らしながら、離れていたはずの少女が目の前にいた。
遠いとは言ったが、全速力で走れば十秒もかからない距離ではあった。
彼女が目の前にいてもおかしなことではない、のだが……、
「……男、苦手なんじゃ、ないの……?」
「そんなこと、今はどうでもいいでしょ。折れた腕を治療しないと――ルルウォン!」
「はいはい。もうっ、こーいうきっかけがないと素直になれないんだから」
「うるさいっ!」
プリムムの指示が飛ぶ。
ルルウォンがそれに従い、道具を集める。
用意したのは大木に巻き付いていたツタと、比較的、真っ直ぐな木の枝である。
輪になったツタが弥の首にかけられる。
その輪に折れた腕を通し、ツタで腕を吊すような形になった。
木の枝を添え木として使い、固定する。
プリムムの作業は迅速であり、馴れた手つきで迷いがなかった。
「誰かさんが怪我ばっかりするから、勝手に憶えちゃったのよ。
骨折は初めてだけど、知識だけならあるから」
あははー、とルルウォンが弥を見ながら笑っていた。
その誰かさんが彼女だということは言われなくとも分かった。
「仲が良いんだね」
「そうでもないわよ」
言ってから、プリムムはすぐに訂正した。
「悪いわけじゃないわよ? ただ、ルルウォンは誰にだってこんな感じだから。私が特別、仲が良いってわけじゃないし。クラスメイトではあるけど、ルームメイトじゃないもの」
「え? でもあたし、プリムムのこと、好きだよ?」
「みんなのことも好きなんでしょ?」
「それはもちろん!」
ルルウォンが胸を張る。
――視界に入るそれは、プリムムより、少しはあるらしい。
すると、落ち着いていた右腕に、再び痛みが走った。プリムムのおかげで和らいだと思ったのだが、最低限の応急手当をしてもまだ足りなかった。
そう思ったが、原因はプリムムである。
彼女が弥の腕を、ぎゅうっと、強くつまんだのだ。
ちょっとっ、という彼女の声はいつもに比べて少し低い。
「どの部分を比べた?」
「……男を知らないなら、そういう怒り方はしないはずなんだけど……」
「なんとなくムカッとしただけ」
やはり男がどうしても見てしまうのと同じように、オンナのコもそれをネタにされるのはムカつくらしい。
「というか、さ……」
なにが地雷か分からない。だから遠ざける、わけではないが、緊急事態のために棚上げにしていた問題を先に解消するべきだろう。
「こんなに近くにいて、いいの?」
今、弥とプリムムは隣り合って座っている状態である。
腕の手当てをしていたため、普通に隣で座るよりも少し密着している。
男嫌いの彼女にとっては、苦痛だろうと思えた。
その近距離に、彼女はいま気づいたように、はっとする。
咄嗟に一瞬だけ動いたが、ふう……と一息ついてから、
「もう、いいわよ」
「わっ。プリムムが素直になった!」
「私、別にいつも素直でしょ」
彼女の言葉にルルウォンがブーイングを投げかける。
プリムムが素直じゃないのは、弥でもなんとなく分かった。
「最初よりは、だいぶ、オトコにも慣れたし。……だからなんだけど、重要なことを聞きそびれていたこと気づいたのよ。そもそも私たちってまだ、自己紹介すらまだよね?」
そう言えばそうだ。
プリムムとルルウォンの名を弥が知っているのは、彼女たちの会話から聞こえてきたから、である。彼女たちが意図的に呼び名をシャッフルしていれば、弥は彼女たちの本名を間違えて憶えていることになる。
勝手に得た情報だ。
そして弥は、自分自身の情報を、なに一つ彼女たちに渡していない。
つまり、彼女たちにとっては、弥は未だ、未知のオトコである。
味方、ということさえも、彼女たちは判断できていない。
「あんたは、何者なの?」
……、信頼を得るための策を弄するよりも、素直に答えてしまった方がいいだろうと思った。
裏がある小細工がばれた時、その人の印象を最悪にするのだから。
弥は自分が置かれている状況を説明した。
要点だけを話せば、地球からやってきたこと、途中で宇宙船が事故によって故障してしまい、近くにあったこの惑星に不時着をしたこと。そして弥は船内から投げ出され、彼女たちの元へ落下したこと――知っておいてほしい部分はそんなところだ。
「弥――それが僕の名前だよ。なんでも、好きなように呼んでくれればいいよ」
「じゃあ……、わたるはこれからどうするの?」
聞いたのはルルウォンだ。
彼女は弥の説明を、熱心には聞いていなかったようだ。なので質問が早い。
「目的は当然、この惑星から脱出することだけど……、とりあえず、はぐれた仲間と合流、かな……。不時着した宇宙船を探すのが近道になりそうだ」
「その腕で大丈夫?」
その指摘にびくっとしたのはプリムムだ。弥はあえて、それを無視する。
責任を押しつける気はないし、巻き込むつもりだってない。
弥の方から、気にしていないと表明していれば、彼女にかかる負担も少ないだろう。
だとしても、負い目は残ってしまうのが気がかりではあったが。
「大丈夫じゃなくても、やるしかないからね」
「……やめた方がいいわよ」
と、プリムムである。
それは骨折の状態が悪いからだろうか。一人で行動をするのは無謀だから、とでも言うのか。
確かに、何日間、かかるか分からない。食料の一つもない弥に、未知の惑星を数週間、数ヶ月も生き延びられるとは思えない。
両腕が使えて万全ならばまだしも、利き腕が使えないハンデは大きい。
しかし、プリムムが言いたいことはそういう事情ではないらしい。
弥が思い描いた不安も当てはまってはいるが、プリムムが言ったのは生活をする上での前提に関わるものだ。ルルウォンも遅れて思い至り、プリムムに同意する表情である。
「確かにそうかも。少し長いけど、隠れてた方が安全だよ」
「隠れる……? なに、化け物でもいるの?」
「それについては、いないよ。いないようになってるから安心だけど……、でも、化け物みたいなものよね。人間とは違うんだから」
ここは森なのだから、彼女たち以外にも、もちろん生物がいるとは思うが……。
二人が直接、言わんとしている危険がなんなのか、弥では辿り着けない。
あと想像できるとすれば、生活するためのこの舞台について、しかないだろう。
……遠くに山があるのが見えるけど、近々、噴火する可能性がある、なんてね――。
可能性としては最も高い。
これなら隠れていれば、時間経過と共に、やり過ごせる。
ルルウォンの意見を聞けば回避できる危険である。
――だが、違う。
「っ――、追いつかれた!」
プリムムの視線が斜め上へ向いた。
そして、二人の言わんとしている答えは、数人の足音によって得ることができた。
体重が乗っかり、しなった後に、木の枝が揺れ、衝撃により葉が舞い落ちる。
……四人。
弥や、プリムムと年齢がそう変わらない、少女たちである。
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