第23話 コンビ【暗雲編】
お母さんかよ、という指摘への反応がなかった。
彼女を見れば、膝枕をさせたまま、彼女は目を瞑り、小さな寝息を立てていた。
……今まで眠っていた弥とは違って、プリムムは看病をずっとしてくれていた。
もしかしたら満足に眠れていないのかもしれない。
それが今、弥が目を覚まし、ある程度の処置を終えた。そして、ホッとしたのだろう……少しだけ……、のつもりで目を瞑ったら、そのまま眠ってしまった――のだろう。
今まで見守られていた。ならば今度は、弥が見守る番である。
この手で、彼女を守る番である。
痛む腕を無理矢理に上げて、彼女の頬へ指を滑らせる。
指先まで巻かれた包帯が、彼女の頬の感触を伝わらせてはくれなかった。
ただ、押した感触はとても柔らかい。
……化け物、ね。
彼女はそう、自分を表現していた。
だが――どこがだ? である。
たとえば、だ。もしも彼女がそうなのだとして、それが彼女を見捨てる理由には、ならない。
人間でなかったところで、手を貸すことが悪だとは思えなかったのだから。
それに、正義の側に立っている気もない。
誰かが彼のおこないを悪だと断罪するのであれば、どうぞ勝手にすればいい。
お前の意見などどうでもいい。
自分がすると決めたのだから。投げ出すことこそが、悪である。
自覚はないが、彼にも流儀らしきものがあり――それは『染まらない』、『流されない』である。どこかの誰かが欲しがりそうなものだ。彼との違いを言えば、みんなの輪の中にただ混ざっているか、中心にいるかの違いだろう。弥は輪の中にいるだけである。
一歩引いて、見ている。冷静に。
そうしているのだと、それには自覚があるのだ。
彼は冷静になった。そして思い出した。
骨折が治ったのは、いつだったか。……彼女を、装備した時である。
であれば、もう一度、装備をすれば……?
「――よし!」
プリムムが目を覚ました時、もう一度、その手を掴む。
ただ、装備をしたことでこの怪我を負った、というのは考えなかったのではなく、今度こそは、こんな結末にはさせないという負けず嫌いな一面もあった。
自分ならできるはず、という慢心。
プリムムを装備できた、選ばれし者である、という期待。
それは失敗から得た、恐怖の裏返しとも言える。
――『選ばれなかった者は、早々に舞台から下りるべきである』
夢で聞こえたその言葉への反抗精神。
男でも女でも誰もがきっと一度は思う……、スポットライトを、浴びたい、と。
自分が主役でいたい、と。
「……手離すもんか……、これは、俺の役目だ」
―― ――
目が覚めた時、プリムムが見たのは包帯の上から制服を着ている弥の姿だった。
ボタンを閉めるのに苦労していたが、なんとか首元まで終えている。
重たそうなブレザーを羽織り、怪我のせいで不器用な手つきでネクタイを締めている。
目つきが悪いプリムムは、単純に寝起きだからだろう。
「……なにをしてるのよ」
「ここを出るよ、ずっと閉じこもっていたら頭がおかしくなる」
それに、弥の目的は不時着した宇宙船を見つけることである。
姿を隠していられるのも、数日が限界だろう。宇宙船を見つけた誰かが動かして、既にこの惑星から脱出してしまった、という可能性がないとは言い切れない。
……もしそうだったら――、それならまだ良い方だ。最悪なのは、宇宙船が修復不可能なほどに壊れ、弥を除く搭乗者の全員が死亡している状況である。
その場合は、プリムムを頼るしかない。
ターミナルへ声をかけることも検討しなければならなくなる。
「それは絶対に許さない」
と、声のトーンが変わったプリムムである。
「でもさ、あいつを上手いこと調子に乗せてあげれば、簡単に落とせそうなんだよね」
結構、酷いことを言っているのだが、プリムムはそんなことで拒否したわけではない。
単純に。
「……ターミナルに、会わせたくないのよ」
「それは、もしかしたら僕があいつと仲良くなっちゃうかもしれないから?」
言った途端、彼女が腕を組んだ。仁王立ちである。
「違うけど?」
じゃあそうなんだろう、と弥は思ったが、当然、それを口には出さなかった。
プリムムがそう言うのであれば、無理にターミナルに頼ることもないだろう。なにを引き替えに要求されるか分からない。個人的にも、手を借りたくはなかったのだから。
「あいつのことは嫌いだから、もう会っても口は利かないよ」
「え? う、うん……、でも、あの子もそんなに悪い子じゃ……」
弥はぽかんと口を開けてしまう。不穏な関係、であることは二人の会話や互いの敵対心から察してはいた。しかし、それが悪い方向だけではないことに意外だったのだ。
思えば、敵対視していても顔馴染みである。集団の中に紛れていれば目に止まる。自分と接している時とは違う一面をふと見てしまうこともあるのだ。
一から一〇の全てが悪いやつ、というのは珍しい。
それは単に一部分しか見ていない内に、その人を判断してしまっているだけである。
ターミナルへの評価も、弥は悪いの一本で決めてしまっていた。
それはこちらの悪い判断だ。
「そう、だね。悪い子じゃないんだろう……、あいつが、いつもの偉そうな態度を捨てて歩み寄ってきたなら、普通に接してあげるくらいはしようと思うよ」
「それなら、まあ……」
納得はしていなさそうだが、彼女は頷いた。
ターミナルと喋ることは許さない、しかし彼女のことを嫌うのはあまり快く思わない、と言ったところか。
リュックの中にあった食料も、二人で食べたら無くなった。どうせ外には出なくてはならないのでちょうど良い。中腰になって進む狭い通路を抜け、外に出た。
雨が降っていた。
薄暗く、幸先の悪い暗雲である。
「うわ……結構強いな」
「すぐにやむと思うわよ。放水は三時間くらいで終わるだろうし」
この惑星の都市と同じく、ガラスが天井を覆っている。そのため、雲からの雨は全て弾かれ、ガラス内にある人工的に作られた水が放水されているのだ。
高い栄養素を含む水であるため、植物が良く育つ。
大木や巨大な葉、多くの果実などもこの水のおかげである。
プリムムが、四枚の葉がくっついた一本の
洞穴の近くはまだ森の一部であるので植物が生えているのだ。
葉を使い、まるで傘だ。弥を引き寄せ、中に入れて雨を防ぐ。
森へ続く道は、これまで通ってきた道である。
その逆は、坂道になっており、緑色が極端に少なくなっている。
障害物の少ない開けた道だ。ここから先は、荒野へ続く岩道となる。
不安はある。開けた道は視界が良く、宇宙船を探すのに最適と言えるだろう。敵も見つけやすい。だが、それは逆のことも言える。敵に見つかりやすいのだ。
けれども、雨だ。運が向いている。快晴の時よりは、視界が悪いだろう。
今が通り抜けるチャンスである――と、プリムムが踏み出した瞬間だ。
弥が彼女の手を掴んだ。繋いだ、と言った方が正確か。
指を絡ませるほどの余裕は、弥にもなかったらしいが。本題はそれではない。
「な、なに、どうしたの?」
力強い。彼女の体が、ぐんっと引かれた。
額同士が触れ合うような、近距離である。
「――もう一度だけ、装備させてほしい」
すっ、と、彼女の目が細くなった。
それは怒りではない。呆れでもなかった。たぶん、弥の焦りを見抜かれている。
その気持ちは痛いほど分かる、けど……、そんなような、同情の念だ。
「今は、やめておいた方がいいわ。
怪我だって治ってないし……、万全な状態じゃないんだから」
弥もそう思うだろう……万全な状態であれば。
だが、もしも万全だとしても、敵がいつ出てもおかしくない状況で、試さないわけにもいかない……、結局、同じ行動をしていただろう。
ただ、今はやり方を間違えている。
雨を防いでいた葉が地面へ落下する。水の重みに耐えられずに、その葉は地面に這うように潰れていた。その隣では、仰向けになったプリムムに重なるように、弥が彼女を押し倒していた。
雨を背中で受け止め、プリムムの手首を握り締める。
「いた、い……ッ!」
プリムムが漏らした小さな声も、弥は聞こえていなかった。
「頼むよ、プリムム……っ。このままだと、俺は――」
隣にはいられなくなる。
その焦りが、彼女を傷つけてしまっている。
見落としてしまっている、本末転倒であった。
「……もう一度、だけ、よ――」
彼の袖口から見える包帯と、その痛々しい滲んだ血を見ながら。
「次にまた傷がついたら、すぐに解除する。それでいいわよね?」
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