第22話 サバイバル【復活編】
募った不安が温かさによって溶けていく感覚だった。全身に安心が染み渡っていく。
そして、どうして気づかなかったのか不思議であったが、彼の頭が置かれている部分は温かく、良い匂いがして、柔らかかった。
すると、ガラクタをいじっているような音が聞こえてきた。この暗闇の中、一寸先さえ見えない中で、感覚頼りでなにかの準備をしている音である。
器用というか、想像力があるというか……やがて、暗闇にオレンジ色の明かりが灯る。
透明な壺のような器の中に灯っている火がある。
それが低めの天井に吊された。低いので、彼女は座りながらでも天井に手が届く。
そして、明かりによって、謎に包まれていた暗闇の中が見えた。
熊が冬眠するような、三人も入れば窮屈な洞穴である。
「プリムム……」
「うなされてたけど、嫌な夢でも見てたの?」
彼女の顔がすぐ近くにある。膝枕をされているのだから当たり前だ。
「暗闇の中でどうして見えるのか、って思ってる? 夜目が利くのよ。昼間みたいに見えるわけじゃないけど、誰がどこにいて、どんな表情をしているのかは分かるのよ」
「別に聞いてないけど……、疑問には思っていたけどね」
後々にすればいい話である。
それよりも、するべき会話はもっとあるはずだ。
「……あと、この場所って、洞窟のずっと奥にあるから先生の監視も届かないと思うわよ」
「あ、そう。……もしかして、わざと本筋から関係ない話をしてる?」
それとも弥の考え過ぎだろうか。
目覚めた弥を心配する声があってもいいはずだ。嫌な夢でも見たの? とは聞かれたが、もっと体のこととか色々あるだろう。体の状態からして、あちこちから血が出ているはずなのだ。
滲んだ包帯が物語っているのだから。
「今って――」
日付を聞こうと思って、しかし地球とは異なるだろう。なので言いかけてやめた。
気を失ったのは何日前か、を聞くべきだ。
だがその前に、弥は周囲の荷物に気づいた。サバイバルらしく採ったであろう植物や果物。火を灯したランタンなどは、どこかで入手したものだろう、汚れたリュックが封を開いたまま壁に立てかけられている。
果実の皮が端っこに集められており、その数から察するに、およそ三日間。
思えばプリムムも、水浴びをした時よりかは、土や泥がついていて、綺麗とは言えなかった。
……三日間、気を失っていたのだとすれば。
彼女は三日間、弥の看病をしてくれていたことになる。
あらためて、彼女らしさを復習しよう。
素直じゃなく、強がった物言いをする。
本音を誤魔化すような言動が目立つ。
意識的なのか無意識的なのかはさておくが。
そんな彼女が、弥が起きてから脇道へ逸れるように本題を避けている。
彼女の言葉は、本音を隠す仮面だと思えば、簡単だ。
「……なによ、その薄ら笑いは」
内心、気づかれていると把握していながらも、彼女は仮面をつけたままだった。
自分では外せないのかもしれない。
こうなるといっそのこと、無理矢理はずしてほしいだろうと思うはずなので、弥はあえて本音を引き出そうとはしなかった。
「いいや、なんでもないよ」
やり取りなどしなくとも、本音は分かる。
その本音が嬉しくて、にやにやと弥の表情が緩んだ。
それを見て、プリムムが弥の頬を強くつねった。怪我人だろうが、人のコンプレックスを面白半分でいじくり回した意地悪なオトコへの制裁である。
彼女も気づいた。
弥は見える態度よりも全然、子供っぽい。
そして、意外と責める方なのだ。
「三日間、か……」
丸三日、気を失っていた。
起きた弥からすれば、少し寝過ぎたくらいの感覚だったが。
全身の包帯が血によって真っ赤になってしまっているので、ちょうど、替えるタイミングらしい。彼女に支えられながら体を起こし、巻かれた包帯が解かれていくのを体で感じる。
包帯の下は酷い状態だった。
全身に地割れのようなひびが入っている。
傷は完全には塞がってはおらず、力を込めれば血が出てきてしまう。
真っ赤になった包帯が積まれていく。
過去に使った包帯と混ざり、膨大な量である。
それも、薄汚れたリュックの中に入っていたのだろうか。
「先生たちが落としてくれるのよ。生活をするために必要なものは現地調達なんだけど、手に入れられない子もいるわけだし……、
そういう子のためにも、敷地内にはこういうリュックが隠されているのよ」
この三日間の食料もそうである。
運良く、森の中で見つけられたのだ。
「どう? きつくない?」
包帯が巻かれた体を動かす。
傷口が痛いのか、体の内部が痛いのか分からない。
包帯などなくとも、安静にしていればいいような気もしていた。
僅かに肩を動かしただけで、片目を瞑ってしまう、稲妻のような痛みが走った。
それを声には出さず、
「ん、大丈夫かな」
「…………」
と、沈黙するプリムムに嫌な予感がして、振り向いた弥が見たのは、つんっ、と軽く指で弥の背中をつつく彼女の姿である。
咄嗟に呼吸を止めた弥だったが、声にならない悲鳴が上がる。
んう――ッ、という押し殺した声に留めてはいるものの、声に出した時点で彼の強がりは露呈してしまった。
そもそも、とっくのとうに見破られているのだが。
「というか、ばればれだし」
なぜなのか、弥は痛みを隠そうとする。
怪我の具合を逐一、教えてほしいのに、強がって正確な情報が分からない。
倒れていたからと言って、プリムムに文句などないのだが。
オトコって、そういうものなのかしら?
……彼女は首を傾げるばかりである。
「お、お前な……ッ」
「強がるのもオトコの流儀なのかしら?」
隠すのが格好良い、ではなく、痛がるのが情けないという認識である。
プリムムには理解できない感覚だ。
「プリムムが思っているより大したことないから、心配しなくても――」
「はいはい」
言いながら、プリムムが弥の肩を引き寄せた。それだけでも灼熱のような痛みが走るが、さっきと同じように膝枕をされたことで、痛みが和らいだ……、簡単なものだ。
単純な自分に思わず苦笑いをしてしまう。
「心配をかけまいとしているけど、無理だから。
たとえば怪我なんてしてなくても、前を見て進んでるだけで、私は心配なのよ?」
「お母さんかよ」
母親かはともかく、プリムムにとっては子供を見ているようなものなのかもしれない。
一五歳という年齢であれば、弥が大人ぶりたいのと同じく、彼女もお姉さんぶりたいのかもしれない。お姉さんぶるためのモデルが母親であれば、その態度も納得である。
「……プリムム?」
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