第21話 三組の歯車【開始編】

「……でも、プリムム? 先生たちが監視してるって……」


「監視外にいる。そのため、私たちでは発見不可能なのだ」


 本当である。プリムムはどこのカメラにも映っていない。そして、地図に示されているマーカーも、出現していないのだ。

 たとえ彼女たちが機能停止したところで、そのマーカーは消えたりせず、色が変わるだけなので、消える、というのはおかしい。

 まるで、地下奥深くまで潜った、とまでしなければ見れない現象である。


「……すまない、大事な試験中に。だが、彼が隣にいることはルルウォンにとっても悪いことではないと判断した。今の状態であれば、いた方がいい、ともな」


 確かに、一人では怖い、と言ったばかりである。

 オリカに縋ってはみたものの、さすがに許可は下りなかった。


 このままここにいるわけにもいかない。いずれはオリカも、壁の中へ入ってしまうだろう。

 その時になって、ルルウォンは一人になる。

 捕食者がいつどこで湧き出るか分からないこの大地で、だ。


 ちらっと彼を見る。通は、目が合って、軽く手を振った。

 それに反応して、ルルウォンも、にかっと笑って手を振る。


 初対面でフィーリングが合ったようでもあるが、社交辞令である。


「反応は悪くなさそうだな」


 それを見て勘違いをしたネイブが安心していた。心のどこかで、こいつとだけは嫌だ、と拒否されたらどうしよう、とでも思っていたのかもしれない。


 なので今更、社交辞令の挨拶でフィーリングが合ったわけではないとは言えなかった。


 ……悪い人、ではなさそうだし。


 通を見てそう思った。

 それに、記憶喪失である彼の方が、ルルウォンよりもずっと不安だろう。弥たちの知り合いであれば、異星人であり、ここは慣れ親しんだ大地ではない。

 捕食者という、彼女たちも畏怖する存在が例外的に棲息している地に、これから足を踏み入れるのだ、彼が頼れるのはこれからはルルウォンだけになる。


 彼女がしっかりしなければならない。


「――うん!」


 ルルウォンが、初めてオリカから離れた。

 そして彼に近づき、力強く手を取った。


「よろしく、とおるっ!」

「ああ、よろしく、ルルウォンさん」


 彼女はくすっと笑った。


 ――ルルウォン『さん』、だって。


 違和感の塊である。


「『さん』はいらないよ、ルルウォン、でいいからね!」


 記憶喪失……、プリムムを見つけることで手がかりになるかもしれない。

 弥、一、彼が乗っていたであろう宇宙船。どれもが壁に囲われたこの箱庭にあるものだ。


 ショック療法ではないが、捕食者や選抜メンバーと出会い、戦闘になれば、なにかを思い出す可能性もある。

 確かに、部屋にこもっているよりかは、刺激的で記憶を取り戻せる環境とも言える。


 なぜプリムムなのかは、疑問に思っても、そこを追及しようとは思わなかった。

 それすらも曖昧な手がかりである、とネイブが説明したためである。


 たとえ小さな手がかりでも進んでみる、というのは、間違ってはいないのだから。


 ネイブとオリカに見送られ、二人は濃い霧の中を進んでいく。

 ルルウォンにとっては、戻っていく、と言った方が正しいか。


 通の記憶は未だ、変化はない。だが、目的があると記憶の有る無し関係なく出てくる人間性がある。彼は彼女にそっくりであった。似た者同士というか、兄妹のように。


 仲睦まじい会話が交わされているが、二人にとっては探り合いの始まりである。


 ―― ――


 弥はプリムムと、


 一はターミナルと、


 通はルルウォンと出会い、行動を共にする。


 そして……、あれから三日が経っていた。


 ―― ――


 ……絶対に負けられない戦いに臨んでいる少女がいた。


 だが、彼女はお世辞にも強いとは言えなかった。

 実際に、遭遇した敵と戦い、倒れてしまっている。絶体絶命のピンチである。


 そこに颯爽と自分が駆けつけ、敵を倒し、少女を救い出す。彼女の手伝いをして、好意を得る――少年にとっては都合の良いストーリーだろう。

 都合が良過ぎて、不安が残るくらいに。


 だが、やっぱり憧れる。

 そうであればいいなと、夢を見るくらいには。


「プリムム、僕に任せろ。絶対に、君を勝たせてみせる」


 力を持たない少年が力を得て、少女の隣へ立つことができた。

 部外者だった彼が関係者となり、パートナーとして参戦できた瞬間である。


 守ってみせる――。

 そう、決意したのだ。


 しかしだ、

 握り締めた拳を見下ろせば、温度変化によって割れるガラスのように、拳が破砕していた。


 得た力は強大過ぎて、彼という器を、破壊した。


 ―――

 ――

 ―


「………………夢、か」


 どうやら眠っていたらしい。

 いつから? まったく記憶がない。思い出せる最も新しい記憶は……、プリムムの控えめな胸が背中に直接、当たっていた、という感覚だった……。

 そこからもう少し先まで覚えているが、そこの印象が強過ぎる。

 思考に耽ると、そのシーンと感触が、頭の中を支配してしまうのだ。


 真剣なのに変な気持ちになる。今は考えごとをするのはやめよう。


 弥は寝返りを打とうとして、僅かな動作でも体が真っ二つに裂けるような痛みを感じて、咄嗟にやめた。仰向けのまま、天井を見つめる。

 骨折していた時も腕がまったく上がらなかったが、それが全身になったかのようだ。


 逆に、骨折による痛みはまったくないのだが。


「……ここは?」


 汗が夜風に当たったような寒さを感じた。風はないのでただの寒気である。


 天井、と言ったが、真っ暗闇なので分からない。

 夜空でないのは確かだ。天井はあるだろうが、それが指先すぐなのか、吹き抜けのように遠くにあるのかまでは分からない。


 孤独を感じる。


 宇宙船から投げ出され、運良くプリムムとルルウォンに出会ったので忘れていた感覚だが、未知の惑星にひとりきり、という状況だ。

 しかも体が動かない。どうすればいい……、不安が募るばかりである。


「あ……」


 と、口に出したのは弥ではない。


 彼が見ている真っ暗闇の先。

 天井と思っていた場所から、これまではなかった息遣いが聞こえてきたのだ。


「弥……、気がついた?」

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