第20話 兄と弟【依頼編】

 ルルウォンにとって、マザーは命の恩人である。

 ルルウォンに限らず、アーマーズの少女たちはマザーを恩人だと思っているだろう。

 そこに直接的な関係が築かれているかどうかの違いがあるだけで。


 たとえばターミナルは、マザーとの接点はない。

 両親を通して顔合わせをしたことがあるが、それきりである。アーマーズの立場を改善させた立役者、という意味での恩人であるが、それは過去の偉人を見ているのと変わらない。


 比べてルルウォンは、直接的に救われている。

 両親が捕食者に襲われ、帰らぬ人となった後、彼女はその盾で生き続けていた。

 その最中で、マザーに助けられた。


 幼少の頃に預けられた施設の生活を経て、学園に入学し、今に至る。


 いくら盾があっても、体内の不調は防げない。

 栄養失調。その脅威からルルウォンは救われた。本当に、命の恩人なのだ。


 そんなマザーが開催したこの選抜試験。

 生き残った者には、マザーが編成した部隊に配属され、彼女の力になることができる。

 雲の上の存在過ぎて、恩を返したくても返せなかったのが、遂に、立場を変えることでこれから力になることができるのだ。


 次はいつになるか分からない……、千載一遇のチャンスである。


 そう簡単に諦められるわけがなかった。


「……オリカが捕食者を倒してよ」


「そのつもりだけどな。誰も死なせねえ……、けど兄貴に言われたな――んなもんは理想論だって。確かに、おれだけで湧き出る全ての捕食者を退治するのは難しい。

 同時に出現されたら手が追いつかねえし」


 いくら強さがあろうと、攻撃は届かなければ意味がない。


「……お前らが克服して、自分たちで身を守ってくれれば、おれも楽になるんだけどな」

「……ひとりは、怖い」


 ルルウォンは限界を感じていたのだ。

 自分の能力である盾のことも。

 八方美人に振る舞うことによって届けられない想いが自分の心を絞めていることに。


 首が絞まって、息苦しいのだ。


 彼女は体育座りをして、膝に顔を埋める。

 そして、片頬をつけたまま、横を向いた。


「ねえ、オリカ――、一緒に……」


「ダメだ。試験中だってことを忘れるなよ、ルル」


 教師が手伝うわけにはいかない。

 ルルウォンの反則退場になるだろう。――それに、


「教師と生徒の距離感に、間違いがあってはならねえからな」

「……ケチ」


 頬を膨らませて言ったその時である。

 壁にある自動扉が、機械音と共に開いた。


 出てきたのはスーツを着た教師であり、ルルウォンが、げっ、と声を出す。


 その後ろには、見覚えのない少年がいた。


「兄貴? なんで出てきたんだ?」

「少し、な。お前と、ちょうど彼女が見えたのでな」


 ネイブの視線はルルウォンへ向いている。

 それに気づいたルルウォンが、オリカの体に身を隠す。

 掴んだ腕が、みしみしと音を立てていた。


「っ、だだだだだっっ!? おい、おまっ――!」


 ルルウォンは体を震わせている。

 まるで、捕食者を目の前にしたかのようだ。


「兄貴、ルルになんかしたのかよ!? 怯え過ぎだろこれ!?」


「いや……、なにかした覚えはないが……」


 ネイブは普通に接している。その接し方に、問題があるとしたら彼に自覚はない。


「分からんが、すまない、ルルウォン。実は、君に頼みがあるんだ……」


 ネイブが頭を下げた。

 それによって、厳しい視線と威圧的な見た目がいくらか緩和されている。

 オリカの陰から窺ったルルウォンの震えが止まっていた。

 彼女も、ネイブが危害を加える捕食者と同じとは思っていない。だけども苦手なのだ。


 彼女の性格的に、クラスメイトの中でも怒られている率は高いのである。


「だが、怒られるようなことをしているのはルルウォンだぞ」

「兄貴、堅いよ、だから苦手って言われるんだ」


 心を開きかけたルルウォンがまたオリカに隠れてしまう。

 教師としての教育方法が、ネイブの場合は少し厳しいのだ。


「そういうお前は緩いんだ、教師はなめられないようにするべきだ」

「いや、だからって威圧すんなよ」


 ネイブは威圧ではなく、規則を徹底的に守らせているだけである。

 悪い子にだけ恐い顔をするだけの話なのだが、よく誤解をされている。


 規則を破れば厳しめに指導するが、普段から威圧的なわけではない。

 罰則を決して緩めないところがお堅いと評される部分なのだろう。


 オリカが罰則にも緩いため、ネイブが逆に厳しくしている一面もある。


「まあ、いい。それは後々に話し合えば。それよりも用件があるんだ」

「ルルウォンに頼みだって? 後ろのそいつが関係あんのか?」


 少年が顔を出す。

 ルルウォンが思わず、あ、と声を出したのは、見たことがある制服を着ていたからだ。


 彼女が知っている制服の着こなし方とはまた違う。

 一人はきっちりと着ており、一人は真逆と言える、乱雑に羽織るだけのような格好だった。彼はその中間と言ったところだろう。

 制服の下に普通の服を着込んでいる。明るい色の服が、ボタンの隙間から見えた。


 彼も弥と一の……、関係者だろうか?


「通、という名の少年だ。記憶を失っている少年でな。ルルウォンに、同行をしてほしいのだ」


「同行……? でも、今は試験中……」


「分かっている。が、至急、プリムムに会わせてやってくれ。この少年の記憶に関することなのだ。だから試験中、この少年を【使う】ことを、許可しよう」


 使う、という表現に首を傾げるルルウォン。

 思い浮かべるのは雑用などであるが、それに許可もなにもいらない気がする。


 その通り、許可など必要ない。

 ルルウォンが知らない『装備』についても、許可を貰う必要性はないのだ。

 授業では教えてくれないアーマーズの本来の能力の引き出し方だ、それをルルウォンは特例により知らされた、わけである。


 装備のやり方を一方的に、通が知っているのだ。

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