第32話 本当の姿【代用編】
色々と制約はつくが、手っ取り早く装備をするには一番、確かな方法である。
いま装備をしている少女も、同じ方法で装備しているのだから。
「衣服を持ち帰る時、邪魔な荷物になる場合、どうしたら両手を楽にできるか。……着てしまえばいい。着ることで本来の役割を発揮できれば一石二鳥でもあるしな」
恐らく止まらないだろう少年が一人いる。
そいつを排除するにも装備はしておきたい。カウンターでは、やはり攻撃の幅が広がらないのだ。だが覚醒したプリムムであれば、戦闘は負け無しと考えても言い過ぎではないだろう。
プリムムを装備するにあたって、元々装備していたアーマーズが、振り子の鉄球のように押し出される。そのまま吊るすための糸が千切れ、どこかへ飛んでいくように。
弾き出され、姿を見せたのはルルウォンであった。
そんな中で、それよりも、視線を奪われるものがあった。弥と一が同時に、フルフェイスヘルメットがはずれた彼の顔を見つける。そして、叫び声が重なった。
『通だと!?』
よく知る顔である。
それはクラスメイトだから、毎日、顔を見ているから、ではない。
かつて輪の中にいた一人の親友の姿であるため、
しかし、よく知る顔であっても、今の彼は通らしくない。
まるで中身が別人とすり替わっているかのようであった。
「……助けて」
装備が解かれたために、弥の前に張られていた壁はなくなっていた。そのため、プリムムを追うことができるのだが、そんな弥の制服を掴んで引き止めた者がいた。
通から弾かれた、ルルウォンである。
助けて、と彼女は言ったが、それどころではない。弥は掴むその手をはたこうとしたが、寸前で手が止まる。次に発せられたルルウォンの言葉は、自分の保身ではなかったのだ。
「たとえ惑星のためでも、プリムムを使うのは、間違ってるっ!」
だから助けて――助けてあげて。
そしてルルウォンは、弥の手をぎゅっと握った。
「わたるとなら、できると思う」
真っ直ぐに見つめられる。彼女の手の温かさを感じた。
……握り返す、それが弥の返事であると、彼女が喜色満面の表情を浮かべた。
「よろしくね、わたる」
「勘違いするなよ、プリムムを取り戻すためなんだからな」
そして、ルルウォンの体がガラスの破片のように割れ、欠片が弥の体へ集結していく。
プリムムの時と変わらない。
破片が鎧となり、彼の体を覆った。全身が黄色に染まる――。
そして、弥の背中に押しつけられたのは、プリムムとは違う、少しはある、胸である。
ルルウォンの場合は常備されているのか、フルフェイスのヘルメットが弥の顔を覆った。表情が外に漏れないのは助かった。やはりそう慣れるわけもなく、背中にぴたりと少女に張り付かれているというのは落ち着かない。
『わたるの背中は温かいねー』
通だってそうだろう、たぶん、誰であろうとルルウォンならばそう言うはずだ。
ヘルメット越しに自分の手の平を見つめる。
ルルウォンの盾の力……、自分はそれを上手く使いこなせるのだろうか?
『大丈夫だってば。あたしも手伝うし。そのためのガイドでしょー?』
ルルウォンが弥の肩から身を乗り出すように、体を前傾させる。
……狙ってやっているのか? と思うほど、胸の押しつけが顕著なのだが、彼女が自分のそれを自慢するとは思えない。なのでまったくの素である。
指摘をすればこちらが悪者になりそうな雰囲気である。
そして、こういう思考も全てルルウォンに流れ込んでいるはずなのだが、彼女は表情一つ変えない。……もしかして伝わっていない?
プリムムの時が例外であり、ルルウォンの場合は思考が送られることはないのか、と期待したが、そんなはずもなかった。
なぜなら彼女は言い当てたからだ。
弥が今、最も不安に思っていることを。
その上で、ルルウォンはこう言った。
『安心してよ、そうなってもあたしがいるんだからさ!』
「…………は?」
あたしがいる。
そうなっても?
続けて、はっ、と弥は笑った。到底、手を差し伸べてくれた、しかも女の子に向ける言葉ではないと自覚しながらも、彼は口に出した。
「お前じゃ、代わりになんかならない」
弥の心に埋まるためには、彼女の形は小さ過ぎる。
代わりになどなるはずもない。
彼女に、弥を想って、などという感情は一つもない。
弥のことなど二の次で、自分の都合の良い結末にさせたいだけなのだ。
望むものは、共依存である。
弥は彼女の本音だって、見抜いていたからだ。
ルルウォンは見た目に反して人間関係には臆病だ、だから万人に受けるように明るい性格で、誰にでも手を差し伸べ、関係を築き上げておく。
いつ捨てられてもいいようにストックをしている、と言うべきだろうか。
今、通に見捨てられ、だから弥に手を差し伸べた。
通の代わりにしようとしているし、このまま弥に見捨てられれば、別の誰かに手を差し伸べるだけである。
ここで助けを求めるのではなく、相手の傷心中を狙って手を差し伸べるのは、ルルウォンがその者にとって救いになると印象づけるためだ。
ルルウォンがいなければ生きていけない、そう思ってくれれば、もう捨てられることもないだろうという企みが裏に隠れている。
装備したアーマーズの思考が弥へ流れ込んでくるわけもなかった。
なのでただの推測である。
だが、まったくの間違い、というわけでもないだろう。
この推測も、心中で展開している。その全ても、ルルウォンに流れ込んでいるのだから。
耳元で聞こえた彼女の呼吸は、まともなものではなかった。……動揺、している。
「ああ、その通りだ、怖いよ。もしもプリムムを装備した通が、このまま無傷で、馴染んでしまったら、と考えたら。プリムムを取られてしまうんじゃないかって、見捨てられてしまうんじゃないかって――さ。だけど俺は、プリムムの穴を他の誰かで埋めようとは思わないし、きっと埋まらない。隣に立つ『誰か』じゃないんだ、プリムムがいいんだよ」
首元のコアを押され、強制的に装備状態となった通とプリムム。
弥が装備した場合、全身がひび割れ、血が噴き出る、という拒否反応が出ていた。正確には、負荷に耐えられずにプリムムから拒否された、である。
信頼関係のない装備に、もちろん通も耐えられないとは思うが……もしも、体が悲鳴を上げなければ。その考えばかりが頭の中を埋め尽くし、負の思考で染まってしまっていた。
それをルルウォンに読まれ、だからあたしがいるから、という言葉に繋がる。
「お前とは違う」
ダメならすぐに別の人、なんて軽い考えで気持ちを切り替えられるわけがない。
八方美人でない者であれば、一人へ注いだ愛情は多大なものと言えるからだ。
「だから、俺をあてにするなよ、尻軽」
しり……ッ、と思わず言葉に出てしまったルルウォンは、気づけば荒野の地面に尻餅をついていた。一瞬、なにが起きたのか分からなかったが、すぐに理解した。これで二度目である。
弥は装備をしていないそのままの姿で、ルルウォンに背中を見せている。
――見捨てられた。
また、一人になってしまう。
ストックがたくさんいる、だって? 確かにいた。だけどルルウォンは知ってしまっている。ネイブから、惑星の危機を伝えられた通の思考を読み、自然と彼女も真実を知らされたのだ。あれが嘘でないのだとしたら、ストックなんて意味がない。
みんな死んでしまう。
自分も一緒に死ぬだろうことは、今は棚に上げていた。
「……ねえ、わたる。うそ、だよね? そう言っても最後にはきっと、ね、あたしのことも一緒に、連れていってくれるよね……?」
「…………」
弥は答えない。というよりも、もはやルルウォンなど眼中にない。
視線は装備状態の通へ……、彼よりもプリムムへ注がれている。
ずずっ、と鼻を鳴らす。目元を指で拭い、ルルウォンは無理して笑みを作り、気分を落ち込ませないように努めていた。そして周囲を見回し、一を見つけた。
彼なら――。
だが、腕の中で抱きしめられている気絶したターミナルと、彼女の容態を逐一気にしている意外な一の表情を見てしまえば、彼の中に潜り込むのは難しいと思えた。
行動する前に同じく捨てられるだろうと分かってしまった。
今、彼女は一人である。見てくれる人が誰もいない、彼女がこういう性格になったきっかけとも言える状態に、逆戻りしたことになる。
それでも笑みを絶やさなかったのは、彼女の成長とも言えるだろう。
「一人は、いやだなあ……」
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