第31話 アーマーズ【離脱編】

 救う者、とは。

 それではまるで、この惑星に異常が発生しているかのような言い方だ。


 だが、否定もできない前兆が起こっている、とプリムムは知っている。いるはずのない捕食者の存在。実際に、遭遇していないためそれさえも確かとは言えないが、存在を知るはずがない一からそう聞かされたのだ、事故であっても、いることに変わりはない。


 いつもとは違う我が惑星。

 そして、その惑星を救う者が、私……?


「プリムム、君が必要だ」


「……そう、必要なのね。で? あんたは一体、誰よ。

 ヘルメットを被って顔を隠してるやつの言うことを黙って聞くとでも思っているわけ?」


 しかし、内容は捨てておくこともできない。


 試験参加者は、敷地内の端までいけば壁に当たることができる。等間隔の位置に箱庭の外、つまり、先生側とコンタクトが取れる機器が用意されている。

 離脱や質問、緊急事態による救援など、ここからするよう指示されているのだ。


 目の前の誰かは信用できないが、話は放っておくこともできないため、そのまま持ち帰り、先生に話してみる、というのがいま取れる安全策だろう。


 この惑星を救うことが目的であるのならば、過程などなんでもいいだろう。目の前の誰かが言っていることと違う目的を持っているのであれば、ここで食い下がってくるはず。


 連絡を取られては困る、というのであれば、怪しさはさらに増していく。


「時間がないんだ」


「そう……私は今の話をそもそも信用していないわ。惑星が危機? 確かに異常は起こっているようだけど、あと数時間で崩壊するわけでもないでしょ?」


 そうであれば異常は顕著に現れる。惑星がなにかおかしい、と気づけないくらいであれば、フルフェイスが大げさに言っているだけで大したことはない。


「ネイブからの、頼み事なんだ」


「……っ!」


 プリムムの顔色が変わった。

 冷静さがすっと消え、浮かぶのは戸惑いであった。


 そして、じわじわと感じてくる、得体の知れない未知の恐怖である。


 ……怪談を聞いて、夜に眠れなくなるみたいな感じよね……。


 アーマーズも怪談や幽霊は怖い。

 出生が特殊なだけであり、少女なのだ。


 幽霊、という概念は、彼女たちの中にも存在している。


「先生が……」


 もしもこれがオリカであれば、嘘を疑った。

 悪趣味な冗談だろうと蹴散らしたはずだ。さすがに完全にスルーはしないが、とりあえず放っておくことも、最初と同様に確認作業を優先させたはずだ。


 だが、ネイブときたか。

 彼はこの惑星で二番目に偉い。役職ではないが、実際の発言権や立ち振る舞いからそう認識されているだけである。

 そんな彼が惑星の危機を前に、プリムムへ救援を要請したとなれば、無下にもできない。


 ネイブの名を語った嘘という可能性もあるが、彼は悪用を嫌う。というよりも、規則に厳しいのだ。監視の目が多い中、自分の名を語る者が現れれば、即この場に現れてもおかしくないし、そうあるのがネイブという男である。


 ……それに、明らかに不審者だし……。


 弥や一をスルーしている件もある。もしかしたら手が離せないのかもしれない……、しかし彼が手を離せなくなるほど取りかかる仕事など、もうフルフェイスが言う惑星の危機くらいしか思い浮かばなかった。


 ネイブの使い、ならば、信用しないわけにはいかない。


「…………私は、どうすればいいの?」

「ネイブの元へ、一緒にきてくれればいい」


 そう……、と返す。

 三度目でやっと、プリムムが彼の言葉に従う。


 そこで、制止する声があった。

 時間を置いたことでまともに立てるようになった弥であった。

 ネイブ、という名前も、惑星の危機に関する知識も、言葉を信用するための素材も、彼にはない。素人が下手に口を出す分野ではないのだ。


 だとしても、このままプリムムをいかせることは、納得できなかった。

 制止はしたが、彼はなにも、彼女の選択を否定したわけではない。

 単純に、


「俺もいく」

「弥……」


「パートナーだろ?」


「いや」


 次の言葉は、フルフェイスから発せられた。

 それから続けて、


「ネイブの元へ届けるのはプリムムだけと言われているからな、お前はいらない」

「なんだと――」


 と、指を伸ばした瞬間、強い静電気が流れたように指が弾かれた。


 近過ぎて気づかなかったが、目の前には薄い盾が展開されていた。


 指先で軽く触れただけだ、それが数十倍となって返ってきた。

 腕が押し返された程度の威力であったが、増幅される前の強さを考えると恐ろしい。


 プリムムの通常の砲弾であれば、それこそ惑星を破壊するくらいの威力へ増幅するのではないか、と予想してしまう。


「弥、大丈夫よ。ネイブ先生は……怖いけど、信用できる人だから」


 あくまでも先生であり、目の前のフルフェイスのことには言及しない。

 なぜなら今になってもまだ、信用をできてはいないからである。


「事情を聞いたらすぐ戻るから、待ってて」


 待ってて、と言われても……。なんだかんだとここまでずっと一緒に行動を共にしてきたパートナーである。装備を拒否されてはいても、二人の間にある問題はそこだけである。プリムムと離れ離れになることを考えたら、いてもたってもいられなくなるくらいには、嫌なのだ。


「待て、待てよ! やめろォッ!」


 弥の声が荒れた。

 プリムムはふと、気になった。

 待てよ、は分かる。だが、やめろ、とは?


 瞬間、首裏に衝撃が走り、意識がふっと、落ちそうになった。

 一瞬、気を失い、すぐに戻った。倒れかけた体を踏ん張るため、足を踏み出す。なんとか転ばずに済んだらしい。もし転んでもいいように、受け止める体勢を取っていたフルフェイスが、霞んでいる視界の中で、嫌にはっきりと見えた――。


 一方で、霞んでいなくとも、見えないものもあったのだ。彼の前を先行していたため、死角だったせいである。感じ取ることもできなかった――高速で繰り出される、手刀に。


 プリムムを連れていく――、ただしそれは、気絶させた上で、だった。


「なん、の、つもり……よ」


「一撃で気絶できないとなると、めんどうだな……」


 そして、フルフェイスがプリムムの首元へ腕を伸ばし、指先でぐっと押した。


 真っ赤なそのコアを。


 ネイブから教えてもらった、裏技の、その一である。



「相性関係なく、アーマーズを装備することができる」

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