第36話 二人の歪み【動揺編】

 彼女が目を覚ました時、自分がとても無防備な体勢であると気づいた。


 とてもリラックスできていたのは、寝る時にいつも髪を下ろしているのだが、それとまったく同じ状態だったからだろう。全体的に力が入っていなかったのだ。


 起き上がろうとしたら視界を覆うように、頭をがしっと掴まれた。


 そのまま元の状態へ、押し戻される。


「な、なにが起こった!? 真っ暗だっ!」

「いいから寝てろ、体が痛むんじゃねえのかよ」


 背骨をなぞるように一直線に、痛む部分がある。動かせば言葉が詰まるくらいのものであるが、痛みは感じている……大したことはないのだが、


「なら、まだ休んでろよ」


 彼を真下から見る。枕にしている太ももは、女の子とは違って大きくて硬く、そして安心するような熱を持っている。


「……ハジメは、わたしを捨てたんじゃないのか?」


 プリムムを欲していたはずだ。そう簡単に欲しいものを諦めるようには見えなかったのだが……、自分が気絶している間に、なにがあったのだろうか。


「なんだ、捨てている方が良かったのか?」


 ターミナルは、咄嗟に首を左右にぶんぶんと強く振った。

 それが原因で背中に痛みが走り、うっ、と軽く痙攣した。


「バカか、自分の状態くらい把握して動け」


 言って、彼が視線をはずした。

 それがとても、不安になったのだ。


「…………捨てないで」


 彼女が言葉を絞り出す。

 誰かをここまで求めるターミナルは珍しい。この光景に、隣のプリムムが驚いた。


 弱さを見せ、自分が一番であり、優秀であることを主張しない彼女が、新鮮だった。


 ……でも、当然の欲求でもある。


 頼られてばかりの彼女は、誰かに頼るということができていなかった。

 できて当然、そういうプレッシャーがあるのだろう。家庭と学園で違う点を言えば、褒められるかどうか、である。家では褒められることが一度もなく、飢えていたが、学園ではそれが嘘のように何度も褒められる。


 慣れてしまえば、手に入れたかったものもどうでもよくなってくるし、それが煩わしく感じることにもなってしまう。

 逆戻りだが、褒められることと逆を得たい、と思うのも納得の流れであった。


 見えた課題をこなして成長していく。

 ターミナルはそれが多い分、変化が激しい。


 短期間で最も変わっているのは、彼女なのかもしれない。


 そして今は、支配欲に飢えているところだった。


 自分がするのではなく、される側として。


 そんな時に、一と出会った。


 だから惹かれたのだろう――その感情の裏を、彼女は自覚していないが。


「…………」


 そして、一にとっても新鮮であった。

 元々が強面であり、態度を威圧的にすることでさらに強さを強調していた。

 同時に、誰も寄せ付けない雰囲気が出ているだろう。彼自身、狙って孤高を気取っている。

 一匹狼、格好良いじゃねえか、と。


 そのため、ルルウォンに近づかれた時は正直、面喰らったものだ。怯えも敵意もない、まあ、好意もあったが、自分の都合に合わせた媚びである。

 一も、それを素直に受け取ろうとは思わなかった。

 信用ができなかったのだ。差し出された料理には毒がある、みたいだ。


 ターミナルは彼女とは違う。


 もちろん単なる好意ではない。ターミナルにだって狙いはある。一と組めば、この戦いに生き残れる、という打算だ。ただ、それを本気で一に乞うているだけなのだ。


 見捨てないで。

 一人にしないで。

 つまり――、助けて。


 小さな少女の、決して口に出したりはしない本音だ。


「むぐ」


 一が、ターミナルの両頬を片手で掴んだ。

 彼女の口がまるでたこのようになっている。


「……ま、一度は助けられてるしなあ」


 彼女が一の腕を止めなければ、今頃、盾のカウンターにより、一の腕は吹き飛んでいたかもしれない。威力を数十倍に増幅するとなれば、それくらいにはなりそうだ。


「――助けられたから助けるのは当たり前……か? 嘘つけ、一。

 単純にお前、頼られて嬉しいだけだろ?」


「ぎゅむ!?」


 通に指摘され、一は思わず片手に力が入った。

 ターミナルの顔が酷いことになっている。


「……ブサイクな顔しやがって」


 させているのは一なのだが。やっと頬から手が離れ、整った顔に元通りになったターミナルは、意外にも笑っていた。


「ふ、ふへへ……」


 なぜか幸せそうな表情である。


「……お前も危ないやつなのかよ……」


「も? それ、あたしのこと?」


 と、口を挟んだルルウォン。

 聞いたということは自覚しているということである。


 片や、パートナーに近づく者であれば殺すと宣言する少女、片やパートナーに酷い扱いを受けてもへらへらと笑っている少女……、では、もう一人は?


「な、なに?」


 一の視線に戸惑い、プリムムが身を引いた。

 岩に腰かけたままなので、上半身だけである。


「いや、お前はどんなイカれ具合を持っているのか気になっただけだ」

「私は正常よ!」


 もちろん、そう言うはずだろう。誰だってそう答えるはずだ。


 自ら発したその言葉が判断材料になるはずもない。


「あー、一? その子が起きたけど、また説明し直すか?」


 ターミナルはもちろん、気を失っていた間の説明を聞いているわけもない。

 簡単に説明すればいいだけで、一分とかからないだろう。だが、一はそれを拒否した。


「しなくていい。……お前も、これからの会話から、断片的に読み解いとけ」


 できねえとは言わせねえ、と一が威圧したところで、ターミナルが頷いた。


「フフッ、面白そうだ」


 頬を両の手の平で擦りながら、形を整えるターミナル。


 色々と醜態を晒した彼女だが、リーダーシップを取っていた時のスタイルは変えないらしい。

 変えるもなにも、これが彼女の本来のスタイルなのかもしれないが。

 変える方がぎこちなくなるのかもしれない。


「ところで」


 起きたばかりのターミナルだからこそ気づけた違和感。

 思い切って聞いた、という葛藤は彼女にはなかった。気になったから聞いただけだ。


「プリムムとあいつは、なんで離れているんだ?」


 あいつ、とは、弥のことである。ターミナルの誘いを蹴ってまで、弥はプリムムを選んだのに、今の二人には微妙な歪みがあった。

 ひびではないところが、まだ救いだろうか。


「もしかして、喧嘩か?」

「……ターミナルには関係ないでしょ」


 それは喧嘩をしている、と言っているようなものだ。確かに言う通り、関係ないだろう。口を出して仲裁しようとは思わない。して、仲直りさせることができるとも自分で思っていない。


 だが、逆ならできる。


 この程度で仲が悪くなるなら、なればいい、という小さな復讐だ。


 あと、今なら弥も、振り向いてくれるのではないか――。


 ……そして思い切り蹴ってやろう、そんな魂胆を抱えていた。


「ハジメ、ちょっと体を起こして」

「あ? なにするつもりだよ」


 いいから、と痛む背中を一の手伝いで緩和させ、弥の元へ。

 以前とは逆の背中から、彼に覆い被さった。

 一には、あらかじめ、なにをするか伝えている。

 そのため、彼は冷静に状況を見守っていた。


 最も動揺したのは、プリムムであり――、弥は単純な戸惑いだ。


 一度、こてんぱんに女として否定されている。

 ターミナルがこんな体勢で近くにいても、好意的な動揺を見せないことにはもう慣れた。


 嫌な顔をされないだけ、まだマシである。


 なんというか、以前と比べて彼にも心があるのではないか、と思ったターミナルだ。


 ……言いくるめることができそうな感じがする。


 まるで、言われたことをなんでも信じてしまいそうな、少年のような――。



「……ターミナルー……?」

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