第37話 赤・青・緑【逸材編】

 後ろ。

 そこに気配を感じれば、プリムムが立っていた。


 位置的に、上から見下されている。

 その目は、冷たさを感じさせた。


 ターミナル、と言ってはいるが、矛は弥へ向いている。


 彼もそれに気づいており、ターミナルごと、慌てて振り向いた。


「というか、なんで俺ばっかり責められるんだ!?」


 その言葉に、プリムムが、むっとした表情を見せた。

 僅かに頬を膨らませた、とターミナルだけが気づいた。


 ……そんな顔、わたしには見せてくれないのに。


 当たり前である。

 ターミナルの接し方も問題だ。長いこと、敵視し続けていたのだから。


 気になる子にちょっかいを出し続けて、なんで嫌うの? と聞くようなものだ。


 好意が空回りしている。


「ふーん……、私以外と『装備』しておいて、責められると思わないんだ?」


 プリムムはいつの間にか仁王立ちで腕を組んでいる。

 そう、弥は記憶喪失であった通からプリムムを奪還するため、一度、ルルウォンを装備している。自分を助けるため、というのは重々承知しているが、ルルウォンを装備した、という点が気になった……それを言われたら、弥にも言い分がある。


「プリムムだって、通と装備しただろ」


「あれは……ッ、だって無理矢理やらされただけだし!」


 首元のコアを押されてしまえば、強制的に装備をさせられてしまう――、そんなアーマーズ特有の仕方のない性質であった。

 それを知らない弥からすれば、プリムムが通を受け入れた、としか思えないだろう。


 真実が分かりにくい分、弥が責めた時、その立場は強いはずだ。


 しかし、先に口を出したのはプリムムだった。

 苛立ちを抑えられずに、思わず弥に喰ってかかってしまったのだ。


 で、売り言葉に買い言葉、なのだろう。

 これと同じ言い合いが、数十分前にも繰り返されている。


 弥も、今はコアの裏技を知っているため、仕方のなかった装備である、と分かっている……つまり心の中では許しているのだが、引くに引けないだけなのだった。


 プリムムが折れないから、意地になっているとも言えた。


 通の予想、その通りに事が進んでいる。

 二人の仲は悪化の一途、とも言えないのが難しいところだった。


「なんで責めなかったのよ……」


 プリムムの怒りは一つだけではない。

 今、ターミナルが弥に覆い被さっているが、デレデレはしていないので、怒りはそこではない。背中を許したその無警戒さに怒りが生まれたが、それは大したことではなかった。


 弥はコアの裏技を知らなかった。だからあの時、プリムムが喰ってかかる前に、弥がプリムムを責めるべきだったのだ。しかし彼は、決してプリムムに追及をしなかった。


 弥同様に、通も全身出血の怪我をしたドタバタがあったから、という理由もあるが、プリムムとしては、そんな程度でもやがかかってしまうのか、自分に興味がないのかと思ってしまった。


 知らないオトコと装備をしたことを、あっさりと流せてしまえるのか……それは、どうでもいいと思っているんじゃないか、と。被害妄想だが、それがなによりも強い怒りだった。


 まるでお姫様のように扱われる、それが嬉しくないわけではない。ただ、そのせいで弥が自由に振る舞えないのだとすれば、対等ではないのだ。息苦しい原因になるだけだ。


「言いたいことがあるなら、もっと積極的に言いなさいよ!」

「それは、いやだよ」


 ――プリムムは面喰らった。

 そうだ、今の弥は無理に大人ぶったりしない。

 つまり、本音を簡単に口にする。


「たとえ通だとしても、プリムムが誰かと装備をするのは、やだよ」

「そ、そう……」


 プリムムの矛が収められた……、というか、しなだれたようである。

 握り拳を口に当て、まるで咳払いでもするかのように、口元を隠した。


 ダメだ、にやけてしまう……肩が震えてしまうのは、がまんをするのに必死だからだった。


 そしてたっぷりと時間を使い……、

 とは言っても一分ほどだ。沈黙の後、大きく息を吐いたプリムムが、


「……うん、許してあげるわ」


「おまえ、自分が悪くてもなお、こんな上から目線のプリムムがいいのか……?」


 耳元でターミナルに囁かれた。弥は迷いなく頷いた。


 かつて、ターミナルには答えたはずだろう。その時は、攻撃的な言葉で本音を隠しているところ……、だったが、似たようなものだ。

 偉そうで、上から目線で、でもそこが良い。


「そんなのは、後付けなんだけどな」


 本当のことを言えば、言葉にできないフィーリングである。


「そうか」


 ターミナルが弥の背中から剥がれた。

 当初の予定通りに仲直りができたのならば、最高の結果である。

 同時に気づいてしまったが、彼女の力ではどうしようもないのだ。


 プリムムの嬉しそうなあの表情。

 ……それを引き出せるのは、弥だけだろう。


 認めてやろう――なんて、どんな立場なのだと自分でツッコミたくなったが、ライバル視していても友人である。その友人目線から、弥に言いたいことがある。


 結局、胸の内に留めることになったが……自分では言えない言葉だった。


 ……プリムムに悲しい表情をさせるな、なんて……。


 何度もさせてしまっているターミナルには、一生、言えない言葉である。


 ―― ――


 ターミナルの首元のコアは緑色であり、

 ルルウォンが青色。


 そして、プリムムが赤色を灯している。


 その色の違いの理由は、青色までは把握している。しかし赤色を知る者は、通だけだ。

 そして、やっとのこと、全員がまともな状態で揃った。


 いや、語り部を務める通が嫌な汗をかいているのは、まともとは言えなかったが。

 だが、彼は決して不調を訴えはしなかった。


「嘘をつくのも限界そうだな?」


「嘘はついてねえって。おれのことはいい……あと、余計な茶々を入れるなよ。

 ここは大事な話なんだからな」


 プリムムを装備した際、拒絶されてできた、全身の傷。


 包帯を巻き、応急処置はされているが、血が滲む。時間がそう経っていない通にとっては、まだ痛みが引いていないのだ。

 そんな中で平常心を保ちながら、ネイブから仕入れた話を説明しなければならない。

 普通であれば倒れていてもおかしくない……。


 それでも彼が立っていられるのは、寄り添うルルウォンのおかげでもある。


 過剰なスキンシップと、重い愛情だが、それが彼にとってはエネルギーとなる。


 他人から見ればクレイジーだが、当人からすればこれほど愛おしいものもない。


「私の、このコア……、そう言えば覚醒したアーマーズ、とか言っていたわよね? 

 なんなの? 私は、一体……?」



「特別な個体らしいぜ。

 確か……、一〇年に一人、現れる確率なんだとよ」

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