第38話 解錠【part/マザー】

 過去にも、何度か覚醒したアーマーズが存在していた。

 しかしその存在は誕生と共に短命で消えている。

 だから文献に載ってはいても、実際に目にした者は少ないのだ。


 覚醒に至る最低条件は、恐らくパートナーに装備をさせること。

 そしてそのパートナーのことですら、存在を誰も認知していないのは、同じように耐えられなかったからだろう……、

 装備をした負荷に耐え切れずに死に、覚醒したアーマーズも、訳あって命を落とした。


「……私自身も、いずれは負荷に耐え切れずに死ぬってこと……?」


「いいや。……正直それは分からない。このままずっと生活していたら、もしかしたら耐え切れずに死ぬのかもしれない。でも、歴史を見る限り、そういう事例はないそうだ。ただ、その前に落命しているってだけだが」


「どういう、理由で……?」


「捕食されたんだ」


 アーマーズの遺伝子にある、本能的な恐怖を呼び起こす。


「覚醒したアーマーズを好むのが、この惑星なんだよ」


 ――惑星の命は長い。だから十年に一度の食事でも餓死することはない。定期的に生まれる特別なアーマーズは、『捕食者』である惑星のために生まれている、と言っても過言ではなかった。そういう役目を任されている。


 つまり、


「今年、プリムムが選ばれたわけだ」


 しかしだ。


「惑星は寿命を迎え、崩壊に向かっている。

 そのタイムリミットも、そろそろだろうって予想しているんだよ、マザーたちはな」


「死にかけの惑星に食事を与えても意味はねえ、ってことじゃねえか? 

 捕食してねえから寿命が早まった、ってわけでもねえだろ」


「だろうね。でも逆は言える。これは予想に過ぎないんだけど」


 ――寿命をたった数時間でも伸ばすために、可能性があるならプリムムを犠牲にする……、ネイブたちはそう考えているのだ。


「……マザーを生かすため、らしいよ」


 この惑星にいる全員を救うことはできない。

 では、一体誰を優先的に救い出すか、そう言われれば、誰もがマザーだと答えるだろう。


「……それは、マザーも、知って……?」


 プリムムが声を絞り出した。彼女は気づいていなかったが、無意識に弥の手を握っており、そして震えていた。

 ――犠牲にされる、捕食されるという恐怖か、それとも……。

 マザーが己の身を優先させて、その他を切り捨てる選択をしたことへの、失望なのか。


 信じている者からの、裏切り。


 たった一人の、家族。

 なのに、使い捨ての駒のような扱いが……、


「…………っ」


 しかし、マザーにとっては多くいる子供たちの一人が、プリムムなだけだ。


 プリムムにとってはたった一人の、母親代わりなのだとしても。


「――やっぱり、信じられないよっ!」


 すると、意外にもルルウォンが叫んだ。通に向けて全面肯定をするものだと思っていたが、どうやら違うことは違うと言うらしい。

 ただ、これに関してはそうであってほしくないという願望を優先させている。


 ルルウォンも同じく、マザーに救われた少女である。


 たとえ通の言葉でも、マザーがそんな判断をするとは信じたくなかった。


「おれも、聞かされただけだからな。全部が本当だとは思っちゃいない。記憶喪失とは言え、部外者だぜ? 真実の全てを言うとは思えねえな。……あのネイブだぜ?」


 確かに、とアーマーズの二人が頷いた。


 ネイブが通に全てを話すとは思いにくい。


 ただ、嘘を言って、いいように扱った、というのも怪しいだろう。

 嘘と真実が織り混ぜられている。今の段階では、真実は闇の中である。


「じゃあ、聞きにいくしかないね」


 そう言って立ち上がったのは、弥である。

 かつて、彼はこうして行き先を決めていた。


 かつて、みんなを引っ張り、進む方向を示していた。


 自分が一番に動き、目の前を歩いて背中を見せるように。


 今はその隣に、プリムムを連れている。


「そのマザーの元にいって、真実を聞き出そう」



 荒野から歩き出し、休みを挟んで二日後……、六人は行き止まりである壁に辿り着いた。


 全員、少なくはないダメージを抱えていたが、戦闘のない二日間は良い休憩になっていた……だが、あまりにも他の参加者に出会わな過ぎて、違和感を得たのもあった。


 アーマーズも、不時着した地球人も、もうほとんどいないのではないだろうか。


 彼女たち同士の討ち合いか、捕食者によって喰われたか――、

 恐らく、この惑星が崩壊の一途を辿っているというのを知っているのは、弥とプリムムをメインにした、彼らだけであるだろう。


 つまり、マザーを救い出そうと躍起になっている先生たちは、弥たちだけを見ている可能性が高い。この壁を越えれば、集中砲火を受けることが考えられる。


 それ以前にどうやって中へ入るか、という問題が浮上していたが。


 弥が上を見上げる。飛んで、壁を越える? いや、壁を登ったところで、天井のガラスに頭をぶつけるだけだ。地中を掘って進む? 時間はかかるが、可能性はある。立つ壁が地中深くまで食い込んでいれば、同じく現実的な策とは言えなくなるが……。


 壁を破壊する。捕食者でも壊せないそれを、弥たちが破壊できるはずもない。

 かつて森の大部分を破壊したプリムムの砲弾であれば、可能性はあるかもしれないが、装備をすればパートナーが死んでしまうとなると、払うには大き過ぎるリスクである。


「……どうするのよこれ」


 プリムムがダメ元で砲撃を放とうと手の平を壁に向け、ターミナルも同じくサーベルを構えた。それを後ろから見守るルルウォンと、弥と一。

 そんな中で、すたすたと前に出ていく通の姿があった。


 等間隔に、壁に設置されてある電話がある――同様に、数はさらに少なくなるが、中に入るための扉も存在する。当然、出入口は必要になるのだ。

 プリムムたちも試験開始前に、こことは別の扉を使って箱庭の中に入ったのだから。


 扉は開かない。


 通は扉の横にある差し込み口に、取り出したカードキーを差し込んだ。


 ランプが変化し、扉が開く。

 通のその後ろを、弥と一が驚いた様子もなく追っていく。


「えっ!? ちょ、ちょっとなんであんたがそんなの持ってるの!?」


「あ、プリムム、早くしないと扉が閉まるぞ」


 足が動かない彼女に声をかけて急かす弥。

 お前も、と、一の声もターミナルに届いた。


 無事、全員が扉を抜け、壁の内側へ足を踏み入れる。


 後ろで、開いた扉が閉まり、再びロックがかかる重い音が響き渡った。


 森を進み、荒野で過ごして、次は白を基調とした施設だった……、

 自然を体感できるものはなく、無機質の塊でできた通路を進む。


 いま歩いているこの通路は狭く、横に四人も並べば、人とすれ違えなくなるだろう。

 四人も並べるのであれば充分に広いのかもしれないが、荒野を歩いていた彼らにとっては、閉塞感がある空間だ。


「相変わらず手癖が悪いようだな。記憶喪失でありながらも、ちゃっかり盗ってたか」


「体ってのは覚えてるもんだな。そんでおれも、よくもまあこれを取ったもんだ。

 万能で使えそうってのは、見た目からして分かったから、だからかもな」


「盗った、って……あのネイブ先生から……?」


「いや、たぶんオリカだな」


 あー、とプリムムが納得していた。

 ネイブからは無理だとしても、オリカでは充分、可能だ。


 ルルウォンでも、カードキーを取ることはできそうである。


「でも、あえて盗らせたのだとしたら、これから大変だな」


 壁の内側へ到達することを見越して、数日間が経っていることになる。まさに今、侵入したことで立てられた対策ではなく、数日前から練られた対策だとしたら、穴がほとんどないだろう。

 しかし、戦いにいくのではなく、話にいくだけである。

 ……争う気はない、のだが、そうなる可能性は、高いと考えておくべきか。


「オリカなら、盗まれたのは素だろうねー」


 彼をよく知るルルウォンが言う。ターミナルもそれには頷いた。


 演技だとしたら大したものだが、そうには思えない。

 普段から色々と抜けている先生なのだ。


「良い意味でも悪い意味でも、同レベルなのよね……」


 それが親しみやすさに繋がっているのだから、害悪な性格でもない。


「なあ、おい」


 と、一がいちばん後ろから声をかけた。誰が言ったわけではないが、先頭を通、最後尾を一にし、真ん中に弥がいる。前後、上横と、それぞれが警戒していたのだ。


 通はスルーしたのか、気づかなかったのか……、彼が気にしなければ、その後ろも気にしなくなる。だが、一は僅かな声に、耳を傾けさせられた。


 同じくカードキーで開く形の、扉の先からである。


「声だ。……もしかしたら、捕まった、俺らの知り合いかもしれねえぞ?」

「先を急いだ方がいい。後でも回収できるだろ」


 弥はそう言ったが、一の意識は既にその部屋へ繋ぎ止められている。


「あー、分かったよ、一。

 ……覗いてみよう。ただこのカードキーで開けばいいんだけどな」


 気になって仕方が無い様子の一のために、通が扉を開ける。


 ……意外と一の方が誰彼構わず、なんだよな。


 逆に弥は冷静というか、冷徹というか。合理的である。


 一が女を守り、男に容赦がないのだとすれば、弥は女だろうが邪魔をすれば容赦ないのだ。


 ……どちらかと言えばおれも弥に近い、かね。


 中間にいる、というわけでもない。

 通自身、二人とは根底から違う気もした。


 入った部屋にあったものは、カプセル型の水槽である。


 まるで商品棚のように、広い部屋に列を作って置かれている。


 濃い青色の液体に沈められた、少女がいた。

 年頃は、全員と同じくらいだろう。


 緑色の、患者服のようなものを着ており、首元にコアが見えた。

 少女たちは、アーマーズである。


「これはなんだ? 怪我人か? 違ぇよな……実験体、みたいだ」


 随分と扱いが違うようだが? 

 

 と、一がターミナルを見る。



「わたしたちは一応、アーマーズの中でもエリートなんだ」

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