第39話 選択肢【バッドエンド編】
それは試験に参加できている、以前に、だ。
学生、という教育機関に預けられた時点で、ターミナル、プリムム、ルルウォンはこの場にいる少女たちとは資質が圧倒的に違う。
「自分の能力さえ分からない、コアが体に馴染まない、まともに言葉が喋れない……、生きる上で障害を持つアーマーズは、先生たちによってまったく別の教育を受けてる」
その内容まではさすがに分からない。
ターミナルも、他の二人も、この施設にお世話になったことはないのだ。
初めて見た。それが率直な感想である。
「アーマーズになれなかった子を、アーマーズにするための施設、のはずだけど……」
水槽から伸びている太い色違いのチューブ、配線、壁に埋め込まれた大型の機械。
少女たちの体に張られている、電極コード。ただ眠っているだけかもしれないが、誰一人として目を開けない様子は異常に思えた。
都合の良いようにアーマーズを作っている、という風に見えても仕方のない光景である。
「当たらずとも、遠からず、って感じか……?」
「失礼なことを言う。それではまるでマッドサイエンティストではないか」
後ろ、部屋の出口を塞ぐように立っていたのは、スーツに坊主頭の男性だ。
顔の半分が刺青で埋められている。水中ゴーグルのようなメガネをかけていた。
ネイブ、である。
ルルウォンが咄嗟に、いつも通りに通の背中へ隠れる。
プリムムは生活態度が良く、ターミナルは成績が良いために、ルルウォンのように厳しく怒られることが少ない。そのため苦手意識がなく、対面するのは慣れていた。
弥と一は初対面である。
通は気まずそうに笑い、ネイブから視線を逸らしていた。
「通、記憶が戻ったようでなによりだ」
「……なんだ、裏切ったことを責めないのか」
「確かに裏切った……が――だ。頼んだ方法とは違い、しかも想定よりもかなり食い違ってしまったが、実際に今、こうしてプリムムを私の目の前に届けてくれている」
頼み事は達成されたも同然であった。
それで帳消しになるわけでもないが、ただ裏切るよりは、ネイブも目を瞑っている。
正直、帳消しに近い処理でもいいと思っていた。このままなにもなければ。
そう目で語っているのが分かったのは、残念ながら通だけである。
……ま、無理だな。
通が弥と一にネイブの心境を伝えたところで引き下がるはずもない。
そもそも、伝える通が、引き下がるなど毛頭ないからである。
「ネイブ先生」
その声はプリムムだ。
ぴんっ、と真っ直ぐ、丁寧に挙手をしている。
真面目である、というよりは、ネイブの教えが癖になってしまっているのだろう。
「許可する」
ネイブの対応も、先生と生徒のやり取りとは思えなかった。
自覚はなさそうだし意図もしていないようだが、軍隊のようである。
「……通から、全てを聞きました」
「ああ、全て見ていたから知っている」
「通が語ったことは、本当ですか?」
「本当だ」
即答、である。悩む素振りを一瞬も見せなかった。
プリムムを犠牲にし、マザーを救い出す……、それについて言い訳の一つもないのだろう。
それもそうだ、あるはずもない。
ネイブはプリムムを犠牲にすることに、罪悪感を抱いてはいないのだから。それは別に、プリムムのことをなんとも思っていないわけではない。マザーの存在が大き過ぎるからである。
母親であるから、も、もちろんあるだろう。
それ以上にこの惑星において、最大の貢献者であり、さらに発展させるためには必要な人材だからである。
自分よりもマザーが生きていた方が世界のためである、とネイブは結論を出したのだ。
今更、悩むことはない。
切り捨てるべき者は容赦なく切り捨てる。
彼は自分自身のことさえも切り捨てる覚悟をしている。
自分でさえこうなのだ、他人を犠牲にすることに、躊躇う彼ではなかった。
「プリムムにとって、マザーはどんな存在だ?」
「……命の恩人で、母親、です……」
「この試験に絶対に合格すると宣言した理由は、なんだ?」
「マザーの力に、なりたかったからです。恩返しが、したかったからです」
「惑星の崩壊はつまり、マザーの命の危機でもある。
誰を最優先に脱出させるのか、分かるはずだ。言ってみろ」
「マザー、です……」
「だが、脱出のための時間が足りない。マザーの体調もそうだが、脱出するための宇宙船がまだ安全に作動しないんだ。このままではマザーを脱出させる前に、惑星が崩壊してしまう……私たちは時間が欲しい。そして、惑星の崩壊を引き延ばす、手段がな」
そんな時に現れた、一〇年に一人の覚醒者。
惑星に与えることで、崩壊自体は避けられないにしても、少しの時間を受け取ることができる。……希望が目の前にある。それをネイブが手に入れようとするのは、当然だ。
「マザーのために」
彼は表情を一切、変えなかった。
命令ではなく、あくまでも自分で判断しろ、という形式的な質問。
ゴーグルの中の瞳は、脅しているようにしか見えなかったが。
「お前は、どうするべきだと思うのだ?」
っ……、と、プリムムは即答できなかった。
心の中では、もう答えは決まっていた。
しかし、言えなかったのだ。
恐怖? それもある。
惑星という大きな存在であるため想像しづらいが、捕食というワードに敏感に反応してしまう。恐怖が膨らみ、喉元を内側から圧迫したのだ。
マザーのためならば、なんでもできると思っていた。
事実、今だってそう思っている。なんでもできる……しかし、マザーと釣り合ってしまった天秤の片方には、信頼できる、彼がいた。
マザーとはまた違った種類の、大切な人だ。
ネイブからの問いかけ……、これはプリムムが自分で考え、答えを出す場面である。
自分がどうしたいかを言うだけであるのだが、彼女は無意識に、隣の弥を見ていた。
「弥……」
いつの間にか、手は握ったままである。
今だけ、まるで子供のように弥を頼っていた。
「やるべきことは決まってるだろ、プリムム」
彼は自信ありげに言っている。彼女が犠牲にならない、となると、マザーを見捨てることになるのだろうか。そもそも惑星崩壊までの時間が延長されないため、いつ崩壊するかも分からない。その前にこの惑星から脱出する必要がある――。
部外者である弥たちは、崩壊に巻き込まれる筋合いはないのだ。
だが、弥が言いたいことはそうではない。
惑星崩壊を止めればいい、という解決方法。
こちらも、まるで子供のような理想論である。
「話にならんな」
ネイブが切り捨てた。
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