第40話 共同戦線【猛攻編】

「私たちは現実を見ている、夢物語に興味はない」

「でも、原点だろ」


 通が言った。複雑にこんがらがってしまった思考を解き、元あった場所へ戻してくれるのが、夢であり、理想である。

 誰だってそれが一番良い。

 可能性は絶望的に低いが、元々そこから妥協し始めて、ここまで落ちたのではないだろうか。


 現実を見過ぎて視野が狭くなって、見えていたものまで見えなくなるのは勿体ない。


 弥の意見は、切り捨てるには早計である。


「だが、崩壊自体を止めるのは不可能だ、諦めろ」


「結局、時間が欲しいために、プリムムを捕食させようとしているんだろ? なら、時間を解決させてしまえばいい……、宇宙船のメンテナンス、か? おれらも手伝う。人が増えれば単純に時間も短縮されるだろ。現実的に見ても可能性はあると思うがな」


「そうかもしれんな。だが、チャンスが二度あるわけではない。失敗すれば全てが無になる。そんな大博打をする勇気は、私にはないな」


 現実的で尚且つ確実な方法を取りにいく。ネイブらしい、大人らしい方法論だ。


「おい、聞きてえことがあるんだが……」


 一が発言し、ネイブが視線を移す。

 強面同士、通じるものがあるのかと思ったが、そういう同族的なシンパシーはなかったようだ。ネイブからすれば、どれも変わらない子供にしか見えていないのだろう。


「マザーを優先的に助ける、と言うが、その次の優先順位は、誰なんだ?」


 自分、とでも答えると思っていたが、ネイブは一瞬、硬直した後、


「……それは特に考えていなかったな。

 マザーを詰め込んで飛ばして終わりのつもりだったからな……」


「詰め込む、かよ。意外と荒っぽいんだな」

「時間がないからな」


 カウントダウンがされているわけではない。焦り過ぎ、とも言えないのだ。

 のんびりしていていいことなど一つもない。


「ってことはよ、俺らが脱出するための宇宙船は、ねえわけだ」


 あっ、と気づいて声を上げた弥。通は別の宇宙船があるものと思っていたが、当然ながらマザーを詰め込んで終わりであれば、惑星と共に散るしかなくなる。


 弥と違って声は出なかったが、盲点に気づけなかったことに軽いショックを受ける。


 一応、


「宇宙船は、何機あるんだ?」


「一機だ。マザーを乗せる、それだけの宇宙船しか用意されていない」


 別の宇宙船もないわけではないが、メンテナンスがされていない。

 宇宙空間でなにか事故があってもいいのであれば、用意できる船はあるにはあるらしい。


 惑星と共に死ぬよりかは、賭ける意味がある。

 その宇宙船が、そもそも飛び立てればの話であるが。


「ならよお」


 一がネイブに近づいた。

 目と鼻の先に、顔がある。


「俺らが素直に従うと思うか? 

 宇宙船を奪い、地球に帰る。そうするのが普通だと俺は思うがな」


 ネイブは敵意に満ちた一の視線から、逸らさずに、


「プリムム」と再び声をかけた。


 そして――、


「結論は出たか?」


 びくっ、とプリムムが肩を大きく揺らす。

 彼女が言うべき言葉は一つであると、ネイブは主張している。


 なにをするべきか、彼女の口から言わせようとしているのだ。


 それが一番、穏便であるから。


「マザーを救うために、お前は、なにをする?」

「私は……」


 言葉に詰まったプリムムの手が、強く握られた。

 隣にいる、その安心感が、彼女の乱れた心を、安定させた。


「俺はいつでも、プリムムのパートナーだ」


 たとえ装備ができなくとも。選ばれなかった男だとしても。

 彼女を支える手や足には、なれるのだから。



「――いやです」


 プリムムがきっぱりと言い放った。


「犠牲になんか、なりたくないッ!」


 なるほど、とネイブが頷いた。

 穏便に話を進めることはこれで不可能になった。


 であれば、繰り出す手は自然と、過激なものへ変更することになる。


「なら仕方ない。当初の予定通り、力尽くて奪うだけだ」


 瞬間、彼が纏う雰囲気ががらりと変わった。


 目の前にいる一に向けられたのは敵意ではなく、殺意である。


 どうせ惑星崩壊と共に死ぬのだから、今ここで殺したところで問題はない。


 世界がなくなるのだからいくら犯罪を犯しても構わないという心境なのかもしれない。

 普段のネイブであれば絶対にしない選択。


 彼を狂わせているのは、惑星崩壊ではなく、母親の死である。


はじめッ、来るぞッ!」


 予備動作の少ない動きにタイミングをずらされた。


 ネイブの拳が一の額を捉えた――、が、手応えはまるで、壁を殴ったかのようだ。


 密着していなかったのが幸いした。

 薄い壁――盾が、一を拳から守ったのだ。


 通からの指示はなかったが、咄嗟に盾を展開してしまい、ルルウォンが「あっ」と声を出した。しまった、みたいな反応だが、ファインプレーである。


「ナイス、ルルウォン!」

「ほ、ほんと!? へへっ、役得だあ」


 頭を撫でられ、顔を綻ばせるルルウォン。通がいなければ見殺しにしていた、という事実に気づき、一は素直には喜べなかったが……、感謝をしなければならない。


 ネイブの今の拳は、一撃で気絶していた威力である。


 ただ惜しい事実もあった。今の盾がカウンターであれば、今頃、ネイブの片腕は破壊されていただろう。仕方ないとは言え、装備をしていなかったことが悔やまれる。


「そう言えば盾があったか。盾に、砲撃に、剣か……厄介だが――許容範囲だ」


 厄介、という自覚はあるらしい。

 そう思ってくれているのであれば、使い方次第でネイブと拮抗できるだろう。


「一はそのままネイブを押さえろ、おれとルルウォンで盾を展開する――プリムムと弥で遠くの安全地帯から砲撃だ!」


 通の作戦が言い渡された。ネイブには筒抜けだったが、知られたところで優位性が崩れるわけではない。それに、相手は丸腰である。拳を武器として使っているので実際は丸腰ではないのだが……、こちらは六人、全員が装備状態だとしても三人だ。圧倒的に有利だ。


「私の砲撃が……」


 唯一の攻撃手段になるだろう。砲撃の反動で彼女の体が後ろへ飛ばされないように、彼女の背中に弥が身を寄せる。装備した時とは逆の立ち位置だ。


「バカかッ!」


 そんな二人を怒鳴ったのは、一であった。

 なんのためにネイブを押さえているのか、弥とプリムムはまったく理解していなかった。


「狙いはそいつなんだ、さっさと逃げろッ!」

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