第41話 最後の戦い【旧説編】

「なに言ってるのよ! こんなところに置いて逃げたら、あんたが――」


 盾があるとは言えだ。防御範囲にも限りがある。

 広げることもできるが、すれば盾は薄くなり、破られやすくなる。

 ネイブの拳なら、砕かれるのは時間の問題だろう。


 この六人で協力して、やっと逃げられる、もしくは倒せる相手だ。


 誰か一人が欠けた時点で、勝ち目はないと思った方がいい。


「逃げるなら全員でよ!」

「なめるな」


 まるで一が負けるような言い分が、彼はかちんときたのだ。


「援護射撃なんてするなよ、邪魔だ。

 この程度の相手、俺だけで充分だっつうの」


 この程度? そんなわけがない。

 ネイブは強い。武器を使わず、己の肉体だけで能力を持つアーマーズを行動不能にし、捕食者でさえ仕留める。地球人がアーマーズと協力したとして、倒せる相手ではない。


 そう思うが、もしかして一は、ネイブよりも強いのだろうか……?


「いこう、プリムム」


 弥が一の言葉に従い、彼女を連れて部屋を出ることを決意する。

 出口を塞いでいたネイブは、一によって出口から引き剥がされている。

 今なら、横を抜けることが可能だ。


「なんでよ、弥!? いいの!?」


「いいんだよ、一の得意分野なんだから……任せるべきだ。

 それに、たぶん見抜かれてる」


 一に。

 彼は、人の変化や心情に敏感に反応する。


「いくら犠牲を強要されたとは言っても先生だ、すぐに攻撃なんてできないだろ」


「……っ」


 成績が悪かったプリムムの補習に付き合ってくれたのは、ネイブである。


 細かく指導をしてくれた。規律に厳しく、融通の利かない先生だが、真剣な生徒には真剣に対応してくれる。本気には本気で応えてくれるのだ。

 全てが軽く、気楽なオリカとは違う。

 苦手意識を持つ生徒が多い仲で、プリムムは数少ないネイブのフォロワーでもある。


 攻撃ができないのに戦場にいても、無駄に傷つくだけだ。だから早々に退場させたかったのだろう……、もしくは本当にやりづらかったか、だが。

 プリムムの援護射撃が一に絶対に当たらない、とも言い切れないのだから。


「……分かったわよ」


 ちょっと拗ねたように、唇を尖らせながらも、指示に従うプリムム。


 彼女を連れて、弥が部屋から外の通路へ飛び出した。


 ……? と弥は違和感を得る。一が押さえているとは言え、別に、横を通り過ぎる弥たちを妨害できないネイブでもないはずだが……。


 答えは通路にあった。

 もう一人、ばったりと出会ったのは、金髪の優男である。


 ネイブの正反対とも言われ、弟でもある、オリカであった。


 彼は長剣を携えており、その隣には、感情を失った、黒く塗った瞳を持つ少女がいた。


 弥たちが現れたことにすら、少女は気づかず、興味を持たなかった。


「おっ、赤点常連者、発見ー」


 弥とプリムムの足が止まる。ネイブと比べて敵意がまったくない。挨拶を交わしてテキトーにすれ違うことで解決もできそうだが、携えた長剣が決心を鈍らせる。


 射程範囲に入れば斬られそうな感じがする。見た目も雰囲気もまったくそんな感じはしないのだが……、狙ったところに上手く剣を振れるのか、という心配をしてしまうくらいだった。

 だが、その油断が命取りになる、という予測が浮かんでしまった。


 思ってしまえば進めない。

 そして気になるのが、隣の少女である。


 プリムムたちとは真逆の、真っ黒なボディスーツを着ている。


 体のラインが目立つのは、同様に変わらない。


 すると、合図もなく、少女がゆっくりと、近づいてきた。

 身構えた二人だったが、彼女は速度を上げることなく、一定の速度を機械のように保ちながら、すれ違う。行き先は、出たばかりの部屋の中であった。


 さすがにそこまでは視線で追えず、弥は目の前のオリカに集中する。


 面倒くさそうに、小指を耳の穴に突っ込んでいた。


「さーて……悪いな、プリムム。兄貴の命令なんで、サボるのは無理なんだわ。おれはな、兄貴と違って徹底的に痛めつける気はねえから、降参する気になったらすぐ言えよ。

 じゃねえと、あんまり遅いと剣を止められなくて、斬っちまうかもしれないからな」


「オリカ、なら……いけるかも」


「先生をつけろって。しっかし、なめられてるなー、おれ。やっぱり定期的におれも実力を示すなにかをした方がいいのかね……まあ、後で考えよう、忘れてるかもしれないけどな」


 かもではなく、絶対と言い切れるほどの常習犯だ。


 いま考えないことは、いつになっても考えない。


「ごめんなプリムム。――世界の英雄になってくれ」


 ―― ――


「調整は終わったのか」


 ネイブが隣に立った少女を見て言った。

 少女の返答はなかったが、そもそも質問したわけではない。ただの独り言である。


「オリカめ、相変わらず仕事が遅い奴だ」


「で、なんだよ、そいつ。まさかお前のパートナーかよ?」


「アーマーズのパートナーになれるのは十代の少年だけだ。残念ながら、私は二十代後半に足を踏み入れたばかりでな、パートナーになれるわけではない」


 本当の意味で、パートナーにはなれないだろう。


 だが、感情を失ったような少女を見て、一は嫌な予感がした。


 アーマーズになれなかった少女をアーマーズにするための施設、と言っていた。


 それを、どう解釈する?


 本来のアーマーズの、あるべき姿へできるだけ近づけさせる、治療なのか――。

 それとも、本来とは違う形でアーマーズとしての役目を果たさせる、改造なのか。


 嫌な予感がした時点で、一の目には後者にしか映らない。


「話が早い。しかし勘違いしてほしくはないが、治療を駆使しても、不可能な者たちを改造している。ここにいる者たちの全てが、人格を失うわけではないのだ」


 ネイブが水槽の中に浮かんでいる少女たちを指差す。


「だから?」


 正当化はさせない。人格を潰して無理矢理、力を引き出させる。

 それはベッドに寝かせたまま、栄養だけを与えて生き永らえさせるのと同じではないか。


 じゃあ殺すのが正義かと言われたら、それも違うだろうが。


「アーマーズの役割を、知らないようだ」


 かつて、彼女たちも人間と呼ばれていた。しかし、持つ能力の凶悪性から、人間兵器と呼ばれるようになった。

 忌避され、疎まれ、差別され、気づけば人間とは呼ばれなくなっていった。

 人ではなく、生物、と。


 捕食者、と同じ。


 アーマーズ、というこの惑星に棲息する、生物というカテゴリーになった。


「装備されて初めて彼女たちは一人前となる。

 それは使われることが役目であるということを差しているのではないか?」


「だから使うってのか? 人権を無視してまで」

「人権などない」


 それは昔の話だが、一にばれることもないだろう。


「ただ死んでいく運命の少女を、最後に一人前にしてやろうとする親心おやごころのなにが悪い」


「もういい」


 一が深く息を吐いた。

 心を落ち着かせるためであったが、意味はなかった。


 いくら吐き出したところで、心の内から無限に湧き出てくるのだから。


「――ふざけんじゃねえぞ」


 ネイブに向けられた、怒り、である。

 ネイブもその怒りには納得している。


 だがまだまだ子供だ。こういった手法を取らなければならない状況は、たくさんあるのだ。

 ネイブだって、したくてしているわけではない。


 したくはないが、目的のためならば、背に腹は代えられない。


「もう言葉はいらないだろう。既に宣言したはずだ――力尽くで奪い取る、と」


 それは、プリムムだけのことを差すわけではなかったのだ。


 邪魔をするならば、お前の命を――。


「所詮はガキだ、言葉で納得なんざ、させることなど難しいだろう。

 暴力を許可する、好きなだけかかってこい」


 ネイブに寄り添う少女の姿が消えた。


 全身が青い粒子となって、ネイブの両手へ集約されていく。


 装備した、とは言っても弥や通とは違い、全身を包む鎧になるわけではない。

 ネイブの場合は両手だけが銀色のグローブによって覆われていた。


 まるで鋼のような光沢と、硬質感である。あれで殴られれば、ひとたまりもない。

 しかし一が注目したのは、手の平である。……見えにくいが、小さな穴が開いていた。


 銃口のような。

 見覚えがある……あれは、プリムムの両手にもあるものではないか?


「同じ系統の能力が存在しない、と勘違いでもしたか?」


 銃口が一に向けられ、手の平の穴から光が漏れ出す。

 球体が形成されていた。

 のんびりしていれば放たれた砲弾を正面から受け止めることになってしまう。


「ッ」


 身を引いた一だったが、ネイブは向けていた手の平を真後ろへ移動させた。


 砲弾は、一とは離れた方向へ放たれた。

 だが、放たれたのは砲弾というより、水飛沫のような、形にならなかったものである。


 見て分かる失敗作である。

 だが、目的が違えば、失敗に見えても成功である。


 後ろへ衝撃を放ったことにより、ネイブの体が逆方向へ、吹き飛んだ。


 瞬間の出来事であった――あっという間に、一の目の前へ、ネイブが到達する。


 一の頭の中に空白が生まれた。


 その空白を埋めるように、真っ赤なインクが乱暴に叩きつけられた。


「が、ぁ……!?」


 鋼鉄のグローブが、一の顎を真下から打ち上げたのだ。


 視界が明滅する。

 意識が飛ばなかったのは、奇跡である。

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