脱出の章 新説編へ……
最終・第42話 マザー・ホーガンの企みと願望
惑星の崩壊が始まっていた。
球体を崩すように、惑星の端から崩れていく様を、マザー・ホーガンはガラス張りの部屋の中から眺めていた。
……車椅子で、息子の手助けがなければ満足に動くこともできない。そうでなかったとしても、ここまで状況が悪化してしまえばどうにもならないだろう――、
マザー・ホーガンにはどうにもできない。
赤いコアを持つ、アーマーズ……プリムム。鍵となるのは彼女だ。
マザーにとって大事な大事な娘を惑星に捕食させることで、僅かだが、崩壊を延長できる……しかし、これではもう、残っている宇宙船に乗り込んで出発したところで、どちらにせよ崩壊に巻き込まれるだろう。
詰んでいるのだ、最初から。
マザーは溜息をついた……ああ、またか、と。
以前は弥が途中で死亡していた、ルルウォンが通に懐くこともなかった――、一だけが毎回のように同じ道を辿るものの、彼では足りないのだろう……、彼だけの力では絶対にこの『結末』からは逃れられない。だから……、やはり弥と通の生存が必須なのだ。
なのに。
今回もまた失敗した。
ネイブ、オリカ……息子たちの影響もあるのだろうか? 彼らが邪魔をしなければもしかしたら惑星は崩壊せず、問題なく全員が脱出することができたのだろうか……、もしもそうなのだとしても、マザーに決断などできない。
彼らを犠牲にしてこの惑星から脱出しても、その先の、移住した別の惑星で彼らがいない生活など、バッドエンドとなにが違うのだろうか。
全員が傍にいなければ、マザーの満足は得られない。理想論だろう、夢物語だ、良い大人が……、もうそれさえ越えて良い老婆が、どうして子供が喚くような理想論を言っているのだろうか――、
しかし長年を生きてきて、色々なことを知ってもやはり、原点の欲求は変わらない。
死ぬ間際まで妥協をしてどうする。
命の危機だからこそ、ここはわがままを貫くべきではないのか?
キィ、キィ、と、車椅子の車輪を回すマザー。
彼女はガラス張りの部屋から出て、向かう――赤いコアを持つ彼女の元へ。
マザー自身が死亡をしても、『特別』な彼女の能力は発揮されるだろう……、プリムムが弥を好きでいる限り、彼女に心残りがある限り、あの能力は発現する――発生、と言うべきか。
プリムムの特別な力も、災害と同じなのだ。
なぜマザーだけが、巻き込まれていながらも強い影響を受けていないのか――それは恐らくプリムムが内心で最も頼りにしているから、なのかもしれない。
だから、折れるわけにはいかない……、
――子供のために、ここで折れては、マザーの名折れだ。
オリカに刃を向けられ、頸動脈を斬られたらそれで終わりの絶体絶命の状況に、マザーは間に合った。弥が、突然、現れた老婆を見る――プリムムが叫んだ……、
「マザー!?」
「諦めなさい、オリカ」
「で、でも、マザーの命が……」
「ああ、それは大丈夫。どうせこの時間軸では詰みだから」
オリカも、プリムムも、弥も首を傾げる。当然、部屋が別であるネイブや一には聞こえていないだろう。彼らには事情を説明できないが、まあどうせ、『あっちの世界』ではなにも覚えていないのだから言っても仕方のないことではある。
マザーだけが。
覚えているのだから。
「プリムム……、あなたの『特別』が、私たちを救ってくれるのよ……救う、というよりは、救うためのチャンスをくれる――と言うべきかしらねえ」
プリムムが自身のコアに触れる……赤い輝きは、さらに光を増していた。
「あなたがそこのオトコのコを好きでいてくれる限り、本当の意味で終わりじゃないわ」
「好……ッ!?」
「今更、隠さなくてもだだ漏れよ」
娘の顔を真っ赤にさせた初心な反応にくすりと笑うマザー……、ああ、この反応を、まだまだ見ていたいと思ってしまう。だから、やっぱり諦められなかった。
もう一度、繰り返すとしても。
何度も何度も、やり直すとしても。
その先に娘の満面の笑みがあると思えば、立ち上がれる。
「マザー!?」
オリカが近づく。
車椅子から落ちたマザーを支えたのだ。
「プリムム……」
「は、はい――!」
「あなたの赤いコアの能力は……【時間を巻き戻す】、能力――ッ、だか、ら……!」
こんなバッドエンドはもうこりごりだ……、誰もが傷つき、誰もが救われない世界なんて巻き戻すべきだ――たとえ惑星崩壊を止められなくても、たとえ弥と一と通の仲違いを避けることができなくとも……、全員が脱出する方法が、あるはずだ。
マザーはプリムムを見て、弥へ視線を移す。
弥は逸らさなかった。
「覚えていないかもしれないけど……頼んだわよ、あなたも、重要な鍵になるのだから」
そして、マザーが懐から、薄い刃を投擲する。柄も鞘もない剥き出しの刃のみだった。飛び抜けて軽量化されたそれが弥の元へ飛んでいき、その薄さゆえに誰も反応が間に合わなかった。
すぱっと、
弥の首横を刃が抜け、それでもしっかりと頸動脈を斬っている――つまりだ、
弥の死亡が確認された。
呆気なく、たったそれだけで――、プリムムの柱がなくなった。
それが、
「い、ぁや……っ、やぁああああああああああああああああああああぁぁぁッッ!?!?」
「ありがとう、プリムム。また私の娘として、生まれてきて頂戴ね」
赤いコアが振動する。
まるで鼓動のように、赤い光が、水面に立つ波紋のように――。
景色が真っ赤に染まった。
時間が巻き戻る。
崩壊が、再生する。
だが回避したわけではない――連続する。
崩壊は避けられない運命なのだ。
もう一度だけ……、もう一度だけ…………チャンスを。
子供たちを助けるための、チャンスを下さいッッ!!
―――
――
―
――なのだが、彼は大空から真っ逆さまに落下し、大木の枝をクッションにして森の中、大きな泉へ激しく入水した。
衝撃によって水飛沫が舞う中、彼の瞳が近くにいた一人の少女を捉える――。
目をまんまるにしている彼女は、体を隠す余裕もなく、なにも身に纏っていなかった。
そう、裸である。
明るいベージュ色である長いリッチウェーブの髪が、両肩に乗っている。
発展途上とも言える控えめな胸、痩せ過ぎではない細く引き締まった体。
腰のくびれが、スタイルの良さを凡人にも理解できるよう、定規の役割をしていた。
そんな彼女は、なぜか恥ずかしがりもせず、弥へ手を伸ばした。
「……あなた、大丈夫――」
「は? いや、ちょ――お、お前っ、なんで裸なんだッ」
弥にしてはかなり乱暴な口調であった。
「……?」
しかし、彼女はそう言われても、首を傾げているだけだ。
見られることがおかしなことではない、とでも言いたげな表情には、警戒の色がない。
彼女にとって男に裸を見られることは、どうってことないのだろうか。
でなければ説明がつかない態度である。
「そんなに慌ててなによ、恥ずかしがることもないでしょうに。私とあなたは同じなんだから」
そこに違和感があった。だが弥は正直、それどころではなかった。
顔の前に手を広げて視線を逸らす。直視なんてできるはずもなかった。
「同じなわけ、あるかっ! 俺は
その時だった。
伸ばされていた彼女の手が素早く引っ込み、咄嗟に後ろへ引いた。
だが、足が絡まったのか、バランスを崩した彼女が背中から水の中へ飛び込んだ。
小規模な水飛沫の後、顔から肩まで出した彼女が上目遣いで弥を窺う。
「お、オトコ……?」
さっきよりも警戒されている。顔も少し赤い、気がする。男と知って、羞恥心が生まれたのだ。泉の中に体を隠しているのがその証拠であった。
弥を一目見れば分かるはずだが、というのは弥の価値観であり、常識だ。
彼女は違う。だからこそ今のようなすれ違いが起こったのだ。
……この
弥の考えは当たらずとも遠からず、と言ったところだ。
「あ、あんた、本当にオトコなのっ!?」
「そうだけど……いや、だから――まず服を着てくれ頼むからっ!」
長年、探し求めていたものの手がかりが見つかった、とばかりに興奮した彼女が弥の手を力強く握り、その体を近づけてくる。となると自然、水面上に彼女の体が出てくるのだ、取り戻した羞恥心をあっという間に忘れてしまっている。
そして思い出せば、次に出るのは弥にとっては理不尽である、女の子の悲鳴である。
鳥が数羽、羽ばたいていくような高い悲鳴が、もう一人の存在を弥に知らせた。
「プリムム、どうしたの? もしかして敵?」
そう思うなら駆けつけるのが遅い気もしたが、もう一人の少女が姿を見せた。
彼女が採ってきたのだろう、大量の果実を両手に抱えている。
落とさないように気を遣っているので歩くので精一杯、のような状態だ。
「あれ? 誰? ――わた……、こんな子いたっけ?」
首どころか、彼女は体全体が傾いている。タイプの違う、もう一人の女の子。
そしてやはり勘違いされている。彼女もまた、弥を女の子だと思っているのだ。
「違くて、……オトコよ、ルルウォン」
すると、背中に衝撃があった。水飛沫の後、弥の背中にもう一人の少女が張り付いたのだ。
男と聞いても無警戒、まるでおもちゃを見つけた子供のようだった。
「えっへっへーっ、オトコのコ、……初めて見たあー」
背中には異常に懐いてくる少女がおり、
目の前には手を握ったまま離さず、鋭い眼光で監視している少女――。
羽村弥――、
彼は現在、仲間とはぐれ、一人、『未知の惑星』に迷い込んでいる最中である。
―――
――
―
―― ガールフレンド・アーマーズ/惑星脱出・二周目編 to be continued ――
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