第一章 覚醒編

第2話 修学旅行【不穏編】

 弥が少女、二人がいる場所へ落下したのにはもちろん理由がある。

 先に言っておくと、彼自身の考えなしの行動による自業自得の結果であるが。


 弥が在籍するクラスは、総勢三〇名——、

 誰一人、欠けることなく修学旅行に参加している。


 地球を飛び立った宇宙船内の座席は、数席を空席にしてほとんどが埋まっていた。

 宇宙船とは言うが、バスや電車内とそう変わらない形である。


「弥、トランプでもしようぜ、どうせ暇だろ?」


 後ろの席にいる友人の江夏えなつとおるが、椅子の背もたれから身を乗り出してそう声をかけてきた。彼の周囲には男子が集まっており、班で分けて座っているので、そこに本来ならばいるはずの女子が、しかしそこにはいなかった。


 他の席を見れば、女子は女子で固まっている。運転席の近くに座る教師は注意をしないようだ、ならば席の移動は自由、ということになる。


 眉毛と耳を出した短い髪……、きっちりと着こなす制服から、優等生、というイメージを連想されることが多い弥だが、実は規則について、多く破っていたりする。


 なにも狙って、優等生を演じているわけではないのだ。


「いいよ、じゃあやろうか」


 そのため、弥も席を移動する。

 しばらくすると、弥の席には別の女子が座ることになる。


 それぞれが自由に過ごし、企画されたレクリエーションも終えた頃、

 全員が元の座席に戻って落ち着いた、その時である。


 宇宙船に衝撃が走った。


 がくんッ!! と船体が大きく揺れ、シートベルトをしていない生徒の数人が、座席から飛び出した。石ころのように体が船内を転がっていく。


 弥はシートベルトをしていたが、衝撃が強く、首がむち打ちのようになったと感じた。


「いって……ッ」


 生徒の数人が、叩きつけられた床の上で呟いた。

 教師がシートベルトをはずし、彼らの様子を見て、全員に注意喚起をする。


「――今後も激しい揺れがあるかもしれない。

 こうならないためにも、シートベルトはしっかりするんだぞ」


 今の揺れについて、思い当たる原因は言わなかったが、大きな問題ではないからなのか。


「……じゃあ、外のこれって……」


 窓の外を見れば、宇宙船とそう変わらない大きさの岩がいくつも漂っている。まるでクラゲの群れの中を、間を縫って進んでいくようだ。

 しかし器用にカーブができるとは思えない宇宙船が、この岩の群れを避けて通れるなど、どうしても思えなかった。


 専門の運転手がこの船に乗っている。

 だが、彼の腕でも完全に避けることは難しい。


 ガリガリ、と船体が削られる。ぶつかった衝撃により、船体がゆっくりと回転している。

 目的地へ向かうルートからはずれ、明後日の方向へ飛んでいっているようにも見える。


 真っ黒で、なんの目安もない景色だが、なんとなくそう思ったのだ。


「ちょっと、怖いこと言わないでよ」


 前の席、同じ班の女子が隣り合う座席の隙間から顔を覗かせて言った。


 どうやら口に出していたらしい。

 弥は冗談、と手を振って誤魔化す。

 たぶん、本当だろうとは、半ば確信しているのだが。


 そして決定的な衝撃があった。

 大きな岩に、宇宙船が真っ正面から激突したのだ。


「――ッ!」


 運転席が酷く歪み、反り返っている。

 前方を見渡せるフロントガラスが、斜め上を向いてしまっている――、

 近くにいた教師も座席から投げ出され、額から血を流していた。


 すると景色が変わった。

 船体が後転しながら落下している、ように感じたのだ。


 実際はただ宇宙空間を漂っているだけなのだろうが。


 そこから先はまるでピンボールの玉のように、岩と岩にぶつかりながら、あるはずのないゴールの穴へ向かっていく。


 船内は警告音と共に赤く染まってしまっている。シートベルトをしていない教師は回転する船体の中で、壁、天井にぶつかり、バウンドしている。彼の意識はもう既に刈り取られており、男子、女子の入り交じる悲鳴が船内を充満していた。


「――おいっ、誰か緊急ボタンを!」


 通の声が響くが、大勢の悲鳴によりかき消されている。


 救難信号を出すべきだが、誰も動かない。動けない、が正しいが、誰かが動かなければならない。その役目は恐らく、言い出しっぺの通が果たすはずだ。


 今、シートベルトから離れるのは危険だ。しかし救難信号を出さなければならない……、たとえ現状が変わらなくとも、発信に気づいた学校側が、助けにきてくれるはずなのだから。


 それに期待をするしかない状況である。


「通、いくなら僕も一緒に――」


 みしり、という音を、弥が耳元で聞いた。


「…………」


 それはシートベルトの根元の部分から発せられた音、に聞こえたのだが……。


「弥? 今っ、なんか言ったか!?」


 周囲がうるさいため、弥の声が届いていなかった。


 いや……、と言葉を引っ込める。

 音も気になり、しかし通の手助けも必要であるだろうと考えている内に、船体の回転はさらに激しくなる。やがて黒に染まっていた景色の中で、緑色を一つ、捉えた。


 惑星だ。


 だが、その外見は弥の記憶の中にあるガイドブックには載っていなかった。


 回転している中でちらっと見えただけであり、惑星の外見、一部分を見ただけでどの惑星なのか当てるのは至難の技である。

 街並みや風景を一瞬だけ見て、どこの国か当てるものと大差ないのだから。


 ……引き、寄せ……っ?


 ――られているかどうかは定かではない。


 だが、宇宙船は間違いなく緑色の惑星へ向かっている。


 宇宙空間を漂うくらいなら、惑星に不時着してしまった方が良い――。


 そう、不時着だ……、

 墜落とも言えるが。まず生存をするための第一関門が迫っている。


「パラシュート……っ、いや、回転しながら狭い扉から一人ずつ飛び降りてる時間なんて」


 あっという間に、地面はすぐそこである。

 考えている余裕よりもだいぶ早いだろう、と思うべきだ。


 すると、ガコンッ、という音がした。

 今度はなんだと弥が見たものは、


 はずれて外へ飛んでいった、宇宙船の扉である。


「……シートベルト」


 体を締め付けるそれがなければ、体は外へと、吐き出される!


 みしり、という音が、再び聞こえ――、そこで今度こそ、分かったことがあった。

 その音は、自分ではなく、前の座席に座る、女子から発せられていた音だった。


 正確には女子の体を安全に支えている、シートベルトの、根元の部分。

 その金具が、衝撃に耐え切れずに、破損した音だったのだ。

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