第26話 再会【崩壊編】

「じょ、じょうけん……」


 軽く小突いただけだが、彼女にとっては重い一撃だったのだろう、意外と痛みが長引いているらしい。やかましいその声も叩いて直ればいいが、とも彼は思ったが……、まるでブラウン管テレビのように。


「俺の目的にお前がついてきているだけだ。メインは俺で、お前は手伝いだ。出しゃばるなとは言わねえが、タイミングは選べ。今は、俺が喋ろうとしてたんだよ、そこをお前が割り込んできてやかましく喋るから、こうなる」


 今度は額にぱちん、と弾いた指が当たる。

 あいたっ、と思わず声が出たターミナルだった。

 冷静になればあまり痛くはないが、反射的に声を出してしまったのだ。


 それに、分かっていても目を瞑ってしまう。彼女はこれが意外と苦手である。


「……彼、何者なの? ターミナルがまるで犬みたいに遊ばれてる……」


 弥は猫みたい、だと感じていたが、その例えもありだった。


 吠えてうるさいところは、そのまま犬のようである。


 ターミナルはリードを持つ側だと思っていたが、持たれる側だとは。

 プリムムはまったく予想していなかった。


 逆に弥は、一だからこそ、だと思っている。


 どんな弱みを握っているのか知らないが、ターミナルは一に逆らえないなにかを抱えている気がする。一は、脅すタイプには見えないが……、そうでないパターン。

 ターミナルの方が、一方的に気にしている場合もある。


 なんにせよ、この二人の力関係は、一の方が上なのだ。


 ちなみにだが、弥とプリムムの力関係は、言うまでもなかった。


「ねえ、無視?」


「一は……、僕と一緒だよ。かなり体を鍛えてるってところが違いかな」


 違う部分など探せばたくさんあるが、とりあえず見た目から分かることを。

 体格の違いが顕著だ。喧嘩をして、弥が勝てるわけもない差がある。


 それはそうだろう、積み重ねた努力の数が違う。


「よお、弥」


 あらためて、一からのそんな呼びかけ。


 どう返すべきか……、悩むところではない。

 普通に返せばいいのだ。クラスメイトに接するように。ごく自然な挨拶を。


「ああ、久しぶり」


 それは三日ぶり、くらいの意味で言ったつもりだったが、彼らにとっては別の意味もあった。

 確かに久しぶりだ。まともに口を利いたのは、今ので一体、何年ぶりくらいだろうか?


 会話が難しい。

 挨拶をした後、どんな言葉を投げればラリーが続くのだろうか。


 一旦、考え出してしまうと、底なし沼にはまったように、這い上がれなくなる。


 だが幸いにも、現在の課題が明確になっているので、それを話せば困らない。


 脱出するため、宇宙船の修理、もしくは別の方法への手がかりについて――。


「じゃあ、情報交換でもしようか。

 この船の修理もそうだけど、残りのみんなも探さなくちゃならないし――」


 生きているか死んでいるか分からないが、確認もなしに見捨てるわけにもいかない。

 幸いと言っていいのか、弥は未だ、クラスメイトとは会っていないのだ。


 それは死者にも遭遇していないということになる。


「探す必要もねえだろ、生きているやつや生き残る意思があるやつは、こうして俺たちみたいにここまでくるはずだ。もし動けなくて隠れていたんだとすれば、そいつはもう長くねえよ。いずれ、でっけえ化け物に喰われるだけだ」


 捕食者である。

 この箱庭に、本来いるはずのない捕食者がいることを、不意に今、彼女たちは知ることになる。プリムムとターミナルが、ぞっと背筋を凍らせた。


 その名前だけで、反射的に体が震えるくらいの本能的な恐怖である。


 一に問い詰めなかったのは、見間違いの線を期待したためだ。


 弥も、一の言い分には一理ある。居場所さえ分かっていれば助けにはいくが……、姿が見えないとなると、助けるにも多大な労力がかかってしまう。

 自分の身の安全が保障できていない以上は、誰でも救いにいけるわけではない。


 だとしても、軽くは探しておきたいと思うが。


 そこで、まず聞くべきことがあった。

 化け物、と出くわしたというのは、彼の発言から分かる。

 では、クラスの誰かと出会ったのだろうか?


「会ったぜ」


 すんなりと、彼は言った。


「別行動でもしてる、ってわけではなさそうだね」


 一が誰かと行動を共にできるとは思えない。今だって、ターミナルと対等に力を合わせてここまできた、という風ではない。

 一を先導とした、上限関係により成り立っている。


 見ため通りに、接し方も加減がないくらいに強いのだ。


 そのためクラスでも浮いている存在だ。仲の良い誰か……も、いなかったはずだ。しかし、一人だからと言って、それが彼にとって厳しい環境であるとは思っていない。

 どちらかと言えば好都合、とでも思っているのかもしれない。


 普段の生活から見ていると、自由そうだ。


「……死体を見た、とか?」

「それもある」


 思えば当たり前だ、弥が特別、運が良かっただけで、散り散りになった仲間の死体を見つけてしまう、というのはなにも珍しいことではない。

 なぜならここは未知の惑星であり、乗っていた宇宙船は不時着しているのだ。


 始まりは事故である。

 無傷でいられる方が奇跡なのだ。


「半数は死んでたかもな。

 もしかしたら不時着する寸前で、一か八かで飛び降りたのかもな――死体が積み重なってたぜ。まあ、いて半数だったからな、もう半分は、生き延びてどこかにいるだろ」


 化け物、に繋がる話ではなさそうだ。なら、まだ続きがあるのだろう。


「生きてたやつも、化け物に喰われてるだろうな。最期まで見たわけじゃねえが、俺を襲ってきたやつはでけえ化け物に追われて、どっかにいっちまった。逃げられないとは思ったが、まあ、こいつみたいなやつもいたし――」


 と、ターミナルの頭に手を置いた。


「手を借りて生き延びてるかもしれねえな」


 弥や一のように、アーマーズを味方につけている者もいる。そして、先頭の話に戻るわけだ。

 生きていれば、なんとかして宇宙船を探し、この場に現れるはず、と。……待って、五日だろうか。ロスタイムを足しても、二日……、見切るのに一週間というのは、決して短い期間でもないはずだ。あまりちんたらしていると、待っている側にも危険が及ぶ。


 主に捕食者の存在が厄介なのだ。


「待っても、この場に現れなければ死んだか、この惑星で生きることを選んだか。なんであろうが、脱出する意志を無くしたやつを拾ってやるほど、俺らに余裕もねえだろ」


「まあ、そうだね」


 弥は船内を見渡す。

 出発する時、座席の全てが埋まっていた。

 旅行のしおりにも、びっしりと予定が組み立てられており、今頃、観光をしている時間だろう。全員が揃ったまま、帰りもこの宇宙船と共に地球へ帰る予定だったのだ――。


 一つ一つの空席を見る。

 ……そこにはもう、朝に乗ったみんなは座らない。


 全員一緒……、それに、こだわっているままではいられない。一の、冷静で現実的な指針には納得するしかないのだ。子供のままではいられない。大人にならなければ。

 大人だったらこうするだろうと、ずっと考えてそうしてきたではないか。


 一歩、引くのは慣れている。


「その案でいこう。みんなのことは、待つとしてだ。

 この宇宙船をどうにか修理できればいいんだけど――」


 燃料が無い、とか、ターミナルが言っていなかったか? と弥が思い出した時である。


 聞こえた悲鳴は、プリムム……?


 瞬間、弥は空を見ていた。

 顔を上げたわけではない。首は真っ直ぐだ。……では、なぜ。


 彼は荒野の大地で、仰向けに倒れていた。


「っ」


 左頬が痛む。

 舌に乗る液体。感じ取った鉄の味と共に、鼻血が出たのだと自覚する。


 体を起こした弥が見たのは、拳を握り締めた、一である。


 ……なんだよ、なにが沸点だったんだ?


「――なんのつもりよ」


 乱暴な足音だ。一を見上げ、好戦的にプリムムが睨み付ける。

 一のその強面にもまったく恐れを抱かないのは、怒りの方が強いからだろう。


 彼女は自分を責めていた。もしも弥の知り合い、と聞かされていなければ、もっと警戒していたはずだ。弥が殴られる前に、止めることができていた。


「あんたを、少しでも信用した私が馬鹿だったわ」

「へえ……」


 一が、ずいっと顔を近づけた。

 まるでプリムムに頭突きをするような勢いである。


 だが、きっちりと寸止めし、ぶつかると思って目を瞑ったプリムムの顔を凝視する。


 足先から頭のてっぺんまで、全てが文句なしの芸術作品のような体躯である。


 これと比べられたら、ターミナルのプレゼンも蹴るだろう……、一でもそう思う。


 そして、彼の指がプリムムの顎に触れた。


「あっ」


 弥と、一の後ろから、ターミナルも同時に声を上げた。


 プリムムは初めて、一と向き合ってから肩を震わせた。


 体が動かない。

 取って喰われてしまうような、蛇に睨まれた蛙の状態である。


「――気に入った。弥には、勿体ねえよ」

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