第27話 大喧嘩【解放編】

 ぱしんっ、と咄嗟にプリムムが彼の手をはたいた。

 これ以上の深追いはせず、一は手を引っ込め、降参するようなポーズを取る。


 ただし、そのまま負けを認めたわけではない。

 攻撃をする意思はない、という表明である。


「なあ、弥」


 呼びかけられた時には、弥は既に立ち上がっており、プリムムを庇うよう、前に出ていた。

 腕を使って、彼女を後ろへ下がらせる。いつもなら、そんな弥をフォローするために隣に立とうとするプリムムだが、今はおとなしく下がっていた。


 彼女は空気を読んだのだ。そして、弥の気持ちを汲んだ。

 冷静に努めようとしている弥が、感情豊かに怒っているのは珍しい。


 というか、初めて見たかも……。

 プリムムはその怒りに押された、というのもある。


「正直、脱出なんてどうでもいいんだわ。進んで死にたいとも思わねえがな……、優先順位があって、それが入れ替わっただけだ」


「……優先順位」


「こんな時でもねえと、なかなかできねえじゃねえか、腹を割って話すこと。

 長年、溜まっていた鬱憤を晴らすのに、こんな良いタイミングもねえしよ」


 それは地球でもできることだろう……いや、弥はすぐさま否定する。


 できないまま、長年が経っていた。であれば、一がそう思うのも当然だ。


「気に入らねえ。だから今のお前を、ぶっ飛ばそうと思ったんだ」


「気に入らない、か。なぜ、僕がお前のお気に召すような人間じゃなければならない?」


「素であれば、文句はねえよ」


 それはプリムムも感じていたことだ。

 彼女とは真逆と言える。本音を言うのが恥ずかしくて咄嗟に強がってしまうプリムムとは違って、弥は、本音を押し殺して冷静に努めているようである。


 演じている。

 大人を。大人っぽくなろうとしている。


「無理して演じられても、痛々しいだけだ」

「なんのことだか分からないな」

「ああ、だからこんな時でもねえとできねえ気がしたんだ」


 弥は認めない。認めてしまえば、彼の柱が瓦解してしまう。

 元々、そう強くはない支柱である。


「折ってやろうと思った。一旦、全部を破壊しちまえば、戻らざるを得ねえだろ?」


 いつの弥に?

 ……そんなこと、分かっているから一も、わざわざ口には出さない。


「喧嘩をする、理由がないな」


 勝てない勝負に挑む弥ではない。逃げるのではなく、戦力的撤退である。

 目的さえ達成できるのであれば、暴力でなくとも方法はある。

 大人だったら、たぶんそうする。


「理由ならあるぜ。今、できた」


 もしも、弥がこうして前に出て庇わなければ、期待はできないだろう、と、一は思っていた。

 一応、ダメ元でやってみるが、そのまま手に入ってしまい、どう手元に置いておくか、というのを考える必要があったが、いらない心配だったようだ。


 弥は庇った。

 もしもこれでもまだ損切りをするようであれば、事情関係なくぶっ飛ばそう、そしてこの惑星に置いていこうとまで、彼を見捨てる覚悟をしていた。


 それも無駄になった。

 そっちの方が断然、一にとっては好都合である。


「そいつを貰う」


 一は、プリムムを指差した。


 弥が、ぎりり、と音が出るほど、歯に力を込める。


「お前が抵抗しないなら、力尽くで貰っていくが、どうする?」


 どうする、ときたか……、なるほど、一はルール無用ではなく、勝敗をつけた勝負をしたいらしい。力尽くで奪っていく、というのも、弥が抵抗してもしなくとも、結局はそういうことになる……、だが、それをわざわざ口に出すことで、弥の意識を変えた。


 無法地帯での人攫いではない。

 勝負師同士の景品として、正式に貰い受ける。


「……人を景品にする気か。人道からはずれているにも程があるけどね」


「なら、黙って見ていればいいぜ。損切りは得意だろ?」


 大局的に見て、後々のために今は負けておこう、という判断をする場合がある。


 あとで勝っていれば、過程の負けは大目に見る。そういう立ち振る舞いをすることが弥は多い。まあ、勝ちにこだわってもいないので、最終的に負けたとしても、過程の負けが意味を無くしてしまった、と落ち込むこともない。なにも失わない負けには興味がない。


 結局は子供の遊びだった。


 だが、今回は違う。

 大局的に見ても、ここは落とせない勝負である。


 彼は逃げられない。


「……逃げる気もねえ」


「あん?」


「――ふざけんな、っつったんだよ」


 それを聞いて、一が笑った。

 強面が笑うと、さらに恐ろしさが倍増する。


「なら、やろうぜ。――本気の、喧嘩だ」


「ストッッッッッップぅぅぅぅッ!!」


 そんな叫び声が聞こえ、一が前につんのめる。

 大きく足を踏み出し、ブレーキをかける。

 彼の腰には腕が回されており、まるで砲弾のように突撃した、ターミナルがいた。


 一が、彼女の頭を鷲掴みにし、ぎりぎりとこめかみを圧迫する。


「て、めえ、なんのつもりだよ、コラ……ッ!」


 背中に突撃されたので、一瞬、体が反るようにくの字に折れた。

 負担が腰にかかり、いくら体を鍛えている一と言えど、ノーダメージとはいかなかった。


 引き剥がそうとするが、すればするほど、腰に回された腕が強く締まっていく。


「わたしがいる前でなんでプリムムを欲するんだ! いらないだろあんなのっ!」

「あ、あんなの……」


 別にいいけど……、しかしそんな評価をされたらむっとする。口は挟まないが。


「気に入ったんだ、手が届かなくなる前に持っておくのが、悪い選択とは思えねえがな」


「そうじゃない! わたしがいる! 今、手を組んでいるのはわたしなんだぞ!?」


 やけにこだわる。

 一人の少年が二人も少女を持っていようとも、問題はない。使い分けができる分、便利だろう――ただし、それは少年側からしか見ていない視点での話である。


 使い分けをされる側からすれば、情が半々になってしまう。役に立つだけの道具と割り切れるのならばいいが、そうではない性格の少女からすれば、不満を持つのは当たり前だ。


 特に、一番をこだわる者からすれば。自分が一番が良いと思うはずだ。


「わたし以外、いらないはずだ!」


「うるせえな。目的が似ていたから一緒にいただけだろ、お前と組んだ覚えはねえ」


「っ」


 ターミナルは言葉に詰まった。

 そして、気を緩めれば、一気に涙腺が崩壊しそうである。


 この前、一度だが、決壊してから締まりが悪くなった。

 ちょっとしたことで簡単に涙が出そうになる。


「お前な、俺がせっかく隠してやってんのに、自分でばらしたら意味ねえだろ」

「うるさいっ!」


 弥からは見えなかったが、どんっ、と鈍い音が聞こえた。

 ターミナルが、一の背中を殴ったのだ。

 一が顔色一つ変えないので、分かりづらかったが。


「別に、俺とお前が組む理由もねえだろ。例の件なら、ばらしたりしねえよ。隠してやる分の働きはもうしたからな……つーわけでお疲れさん。好きに生きろ、もう拘束なんてしねえからよ」


 恐らく、一の中では、ターミナルを解放する良いタイミングを伺っていたのだろう。信頼関係がない時では、すぐに解放しても彼女が隠したがっていることがばらされるのではないか、という疑念が彼女を襲う。

 だが、ここまで行動を共にすれば、分かったはずだ。

 一はそう簡単に言いふらすような性格ではない、と。


 だから今、ちょうど良いと思ったのだが、彼女はご不満らしい。


 信頼関係をある程度、築いた今、逆に離れづらくなっている。


 ただの吊り橋効果でしかないが……、だから無理にでも引き剥がすべきだと判断した。


「離せ」

「絶対に、イヤッッ!」


 どうやら手を離す気がまったくないらしい。そして、さすがアーマーズであるため、引き剥がすのも簡単ではない。というか無理だ。そろそろ締める力が強過ぎて、骨が軋んできている。


「一人が嫌なのかよ? なら、代わりに弥のところへいけ」


 すると、弥が露骨に嫌な顔をした。


「いらねえって」

「あいつッ! ほんとにぶっ飛ばすぞ!」


「待て待て、それは俺の仕事だっつの」


 弥の直接的な感想も、もっとマイルドにできないものかとツッコミたくもなるが、そのおかげで、腰にしがみついていたターミナルが離れてくれた。

 代わりに弥へ突撃しようとする彼女の首根っこを掴んで止める羽目になったのだが……、全てが一苦労である。


 こんなドタバタの中でも、静かに弥の隣に立っているプリムムが、やはり欲しい。

 一は、ターミナルのようなガキに興味はなかった。


「いいから下がってろよ」


 一が、ターミナルを後ろへぶん投げた。

 彼女の身体能力ならば簡単に着地できると思った行動だったが、予想に反して、彼女は背中から地面を転がる。


 体を丸めて動かない。アルマジロみたいになっている。


「なんで、あいつばっかり……っ」


 理由は彼女も自覚している。

 それでも、横から掻っ攫われることが、悔しかったのだ。


 あの時、弥とプリムムはコンビを組んでいなかったとは言え、弥を横取りしようとした罰なのだろうか、とターミナルは塞ぎ込む。


 それを遠目に見て、大怪我ではなさそうだと安心した一が、


「……おとなしくなったな。ったく、なんだったんだ、あいつ」

「それ、本当に分からないの?」


 ターミナルとはよく敵対しているプリムムだが、今だけは同情した。


 口には出していないが、彼女は素直に好意を示しているのだが、その全てが弾かれている。

 ターミナルよりも自分を選んでくれているのは光栄だが、奪い取る、なんて言っているやつについていくわけがない。好意が生まれるわけもなかった。


 暴力で力を誇示しようとする一は、嫌いである。


 弥には、もっと素直になってほしいと思った。本音を抑え込んで、がまんする必要はないと。

 だからと言って、一のように本能に忠実なのは違う。そんなのはただの動物だ。


 プリムムは似合いそうではあるが……、調教師など、まっぴらご免である。


「……喧嘩をするって言った時、てっきりターミナルを使うんだと思ってたけど……」


 弥とプリムムは装備しているから、一もターミナルを装備しているのだと思っていた。だが二人の関係性から、まだその段階まではいっていないのだろう。すぐに手離そうとしていることから、ただの同行者というだけである。


 彼らは最初からそう言っていたが、彼らなりの表現だと思っていたのだ。


「ターミナルを使う? おいおい、俺らの喧嘩に女を巻き込むのかよ」

「…………そりゃそうだな」


 男と男の戦いだ、そこにプリムムやターミナルが混ざったら、彼女たちの能力が大きく関係する。それではもう、弥と一の戦いではなくなる。アーマーズ同士の戦いだ。


 今、装備できない弥は助かったが、そうなると生身での喧嘩である。


 怪我を覚悟で装備していた方がまだ勝てる見込みがありそうだ……、こんな怪我で正面から一と喧嘩をする……装備した時と同じくらいの怪我を負う自信がある。


 ハンデ、など、口には出せない。ルールがあるとは言え、喧嘩だ。


 そのルールも、勝った者がプリムムを持つ、という喧嘩後の話。


 その喧嘩内容、勝利条件も、曖昧なままだが、予想はできる。


 最後まで立っていられた方が勝利だ。

 時間制限は、もちろんなかった。


 ……怪我をしている、だなんて、言えねえな……。


 なぜなら――男だから。


 弥の闘志は、まだ腐り切ってはいないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る