第7話 五人目の四天王


 魔界の深度が浅い場所にある魔王軍指令所にて、三人の魔人が円卓についていた。


「鋼の魔人ヴァラクザードが勇者にやられたようだな」


 鍛え抜かれた肉体を晒け出すため上半身に何も纏っていない白髪の鬼人族オーガが口を開いた。琥珀色の瞳は怒りにより、燃えるような紅蓮色へと変化している。


「偉大なる魔王様の任命によって四天王となったにもかかわらず、人族の勇者ごとにき負けるとは……。魔王軍の面汚しめ」


 吸血鬼の始祖であるブラド卿は、四天王のひとりが倒されたことに深く落胆し、憤慨していた。彼は魔王に忠誠を誓い、数千年も生き続ける最古参の四天王だ。


「でも彼は四天王最弱だった。代わりなんていくらでもいるじゃない」


 ヴァラクザードより後に四天王となった九尾狐の女。肉弾戦では鋼の魔人に劣るものの、攻撃魔法と幻影魔法を用いればその実力は彼の遥か上を行く。


「そう、代えだ。早急に次の四天王を選出せねばならぬ」


「ブラド卿。どうしてそんなにく?」


「我らが四天王だからだ、馬鹿者! 三人で四天王を名乗るなど、八大魔将様方に笑われてしまうではないか!!」


 吸血鬼最強の始祖と言っても、上位存在である八大魔将には頭が上がらない。ブラド卿は四天王の一角が消えている現状を少しでも早く解消したかった。


「でもそんなこと言ったら、時代もあったはず。あれはどうなの?」


「……あれは、ノーカンだ。魔王様が四天王に五人目を入れろと直接仰ってきたから、当時の我らは拒否することなどできなかった」


 かつて魔界には、魔王軍四天王が五人いた。それは魔王の采配であったため、八大魔将や十六天魔神が異議を唱えることはなかった。


 しかしそれから数百年後、今度は魔王が『四天王なのに五人いるのはおかしくね? とりあえずお前ら殴り合え。そんで一番弱かった奴は追放な』と言い出した。ブラド卿を含む当時の魔王軍四天王は互いに死力を尽くして戦い、最弱の五人目を決定した。


 追放が決定したのは、魔王の一存で四天王に加入した五人目の魔人。


「じゃあよ、その追放された五人目を呼び戻すってのはどうだ?」


「あっ。それ、いい考えじゃない! 少なくとも一時期は四天王を務めたのよね? だったら私たちの配下から昇格させるより、ずっとマシになるはず」


 オーガの考えに九尾の女が賛同する。

 しかし、ブラド卿の表情は優れない。


「残念だがそれはできん。お前たちが言うように、追放された魔人は我らの配下より強いだろう。奴の固有魔法は戦闘に生かせるものではなかったが、当時の我らとタイマンできるだけの戦闘能力があったからな。……しかし奴は、もういないのだ」


「追放じゃなくて、殺されたってことか?」

「もしくは戦闘で死んじゃった?」


「どちらでもない。最弱が決まった時、これまた魔王様のお戯れにより、奴は転生させられることになった。我らの敵である、人族として」


「じ、人族に?」


「でもそれって、何百年も前のことでしょう? さすがに人族じゃ生きてはいないわね」


「さて、どうだろうな。奴を転生させたのは魔王様で、いつの時代に転生させたのかは分からん。もしかしたらヴァラクザードを倒したのが、転生した五人目の四天王である可能性も」


「それはねーだろ──って言いたいが、今のクソ雑魚な人族が俺たち魔人を倒せるとは思えねぇ」


「勇者パーティーの誰かが、五人目の四天王かもしれない。面白い仮説だと思うわ」


 九尾の女は本気にはしていなかったが、ブラド卿はその可能性を捨てきれずにいた。


「ちなみに転生したら、固有魔法ってどうなるんだ?」


「ちょっとあんた、転生の話をマジだと思ってんの?」


「るっせーな。ブラド卿の話しに乗ってんだよ。その方がおもしれーじゃねーか。それにヴァラクザードがやられたのは事実なんだ」


 昔は気性が荒かった吸血鬼の始祖も、数千年のうちに感情をコントロールできるように変化していた。自身の仮説を年下の同僚が信じていないとしても、今の彼が気を悪くすることはない。


「ふははは。よいよい。ジジイの戯言だ」


 今日の集まりはこれで終了することにしたブラド卿。オーガと九尾の女に配下から有望な四天王候補を選定しておくように告げると、席を立ち指令室の扉に向かう。


「あぁ、そうだ。五人目の四天王が持っていた固有魔法について答えていなかったな」


 言い残したことを思い出し、足を止めた。




「奴の魔法は、異空間にモノをしまうことのできる『収納魔法』だ」


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