第38話 世界樹の異変


「俺はエリクサーを入手してルークスたちに渡したい」


「君がこの国に来た目的は確かそれだったな」


 そう。だいぶ時間がかかったけど、俺はこれからようやくこの国サンクトゥスに来た本来の目的を果たそうと思う。


「ちなみにケイトの命を救ったエリクサーをくれたのはこの国の王族だが、彼らを頼るのはあまりおススメ出来ない」


「えっ、なんで?」


 俺が死にかけていた時、この国の王族がフリーダに渡してくれていたエリクサーのおかげで、こうして俺は生きている。さすがにタダでくれと言うつもりはなかったが、製法を聞いたりはしようかと考えていた。


「この国では今、エリクサーを他種族に渡すことは禁じられているんだ。王族であってもそれは例外ではない。彼らはそれを承知の上で、君にエリクサーをくれた」


「そうなんだ。それってずっと昔から禁止されてる感じ?」


「いや。禁止されたのはわりと最近のこと」


「ていうと、昨年くらいから?」


「もう少し前だな。今から三十年ほど前だったと思う」


「さ、三十年!?」


 最近が三十年って……。やはりエルフの時間感覚が基準だと誤解が生まれそうだ。今後フリーダにいつ頃の話かを聞くときは、ちゃんと何年かってのを聞かなきゃいけない。


 そもそも三十年前って、俺も生まれてないんだけど。


「他種族にエリクサーを渡せなくなったのは、世界樹から葉が入手できなくなったからだ。それが今からおよそ三十年前だった」


「なら、それ以前は違ったんだ」


「あぁ。サンクトゥスの王都上空を覆う世界樹からは毎年数十枚の葉が落とされていた。その恵みでこの国は発展してきたんだ。世界樹の葉を交渉材料にして、勇者に魔物の大群から国を守ってもらったこともあった」


「その話は俺も聞いたことがあるな」


「僕も聞いたことあるよ! 勇者様って、すっごく強かったんだよね」


「「私たちも勇者様の物語を知ってます!」」


 俺たちの会話を静かに聞いてくれていたクルフィンたちが参加してきた。彼らエルフ族にとっても、勇者の活躍は心躍る物語のようだ。三十年ほど前のことだから、彼らが知っている物語の勇者はルークスではなく先代勇者のことだろう。


「シスタたちも知っているように、この国は勇者に守ってもらったことがある。世界樹の葉を交渉材料にしつつ、傷付いた彼らをエリクサーで癒すこともした。それができるほど、この国には世界樹の葉と万能薬が存分にあったんだ」


「でも今は世界樹の葉が手に入らないと。その理由、フリーダは知ってる?」


「すまないが、私にはわからない。サンクトゥスで入手できる様々な品を商品として取り扱ってきたが、君らに世界樹の葉やエリクサーの取引を持ち掛けたことはないだろう? つまり、そういうことなんだ」


 俺が勇者パーティーにいた頃、フリーダはかなりレアな魔具なども売ってくれた、でも万能薬エリクサーが商品になることはなかった。彼女クラスの商人でもその入手ができなかったということ。入手できない理由すら分からなかったようだ。


「どんな傷も一瞬で癒し、死者をも蘇生させる。健康体が飲めば寿命が延びる。そんな万能薬、売れば儲かるに決まっている。当然私は力を尽くして世界樹の葉が入手できなくなった理由を探ろうとした」


「それでも、ダメだったと」


「世界樹に棲む精霊に話を聞けば何か分かると思ったんだがな……。私程度がいくら話しかけようと、彼女は返事をしてくれなかった」


 世界樹に美しい女性の姿をした精霊が棲むという話は俺も知っている。世界樹の化身だという説もあるらしい。


「フリーダはその精霊に会って話しかけたの?」


「少し違うな。精霊は世界樹の頂上に棲むと言われているが、彼女が降りてこない限り会う手段はない。私は世界樹の下部に設けられたほこらで彼女に問いかけただけ」


 世界樹はとても巨大で、幹を登っていくのは不可能。それに上部では何故か飛行魔法が使えなくなるため、飛んでいくこともできないという。そもそもこの世界に飛行魔法を使いこなせる魔法使いなどほとんどいない。


「かつては祠で願えば世界樹の葉を精霊から貰うこともできた。それには強く純粋な願いが必要だったが、いくら語りかけようと何の反応もない今よりは希望があった」


「精霊がいなくなっちゃったのかな」


「それすらも分からない。調べる手段がないんだ。もちろんサンクトゥスも国を挙げて原因を探ろうとしている」


 国としても問題視しているらしい。


 俺は元仲間のためにエリクサーが欲しい。

 そのためには精霊に事情を聞くのが良さそうだ。


 祠ってところまで行って精霊に話しかけてみるの正当な手段らしいが、人族の俺がそこまで行かせてもらえるのか怪しいな。


 となると、精霊が棲んでいるという最上部に行ってみるのが良さそうだ。幹を登っていくのも、飛行魔法も無理だと言うが……。


 俺はダメもとで収納魔法の取り出し口を世界樹のてっぺん付近に設置しようとした。俺たちが今いる部屋から世界樹が見えるから、いつものようにやるだけ。



 良し! いけそうだ。


 普通に取り出し口を設置することができた。


「ちょっと俺、その精霊さんの様子を見てくるね」


「……は? ケイト、お前。まさか」


「危なそうだったら直ぐに帰ってくるよ。それじゃ!」


 俺は世界樹の葉を貰えるよう精霊と交渉するため、世界樹の頂上付近へ転移した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る