第11話 エルフの女商人
「フリーダ。ど、どうして貴女がここに?」
最後に彼女と会ったのは二年前。
その時と全く変わっていなかった。
今日の彼女も、とても美しい。
偶然移動してきたタイミングで、こうして再会できたのは運命なんじゃないだろうか?
「どうしてって……。ここは私の家の庭だからな」
「えっ」
「むしろ私の方が聞きたい。なんで私の家にいる? まさかとは思うが、勇者パーティーの一員である貴殿が空き巣でもしようとしていたのか?」
フリーダばかりに気を取られていたが、彼女の背後には小さな家屋があった。壁にはツタが幾重にも絡まり、出入り口だけギリギリ確保されているといった感じ。あまりここで生活している感じではなさそうだった。
しかしここがフリーダの家と言うのなら分かる気がする。商人である彼女は世界中を旅してエルフ族のみが製作可能な魔具などを販売していた。おそらくここに帰ってくることはあまりないのだろう。
「おい。私の問いに答えろ」
状況を把握しようと思考を巡らせていたら、結果としてフリーダを怒らせてしまったようだ。彼女は服の下に忍ばせていた短剣を抜き、それを俺に向けてくる。
「ま、待ってくれ! ここに来たのは偶然なんだ」
「偶然だと? 適当に森を歩いていて、人族がここに来ることは絶対にない。家に設置した魔具が、この付近の存在を隠すからな」
エルフ族にはモノや場所を隠す『隠匿魔法』が使える者いる。また、隠匿魔法を自動で発動させる魔具を持っているということも聞いたことがあった。その魔法によって
ここは既に世界樹が見えているから、サンクトゥスの領土内なのだろう。フリーダの言葉から推測すると、彼女のサンクトゥスの中で更に隠匿魔法を発動させて家を隠していたようだ。
そんな場所に突如現れた俺。
自分で考えても、怪しすぎる。
収納魔法を応用した転移。それの出口をこんな場所に設定してしまった俺が悪い。常にフリーダを見ていたわけじゃなく、彼女がこの場に帰って来たタイミングで取り出し口を設定した。人族の俺からしたら常識外の巨木──世界樹が見えたから、この場所はサンクトゥスなんだって判断したんだ。フリーダの家だってことは気づかなかった。
「ケイト、貴様。どうやってここに入った!?」
「そ、それは──」
言い訳をしようにも、収納魔法のことを説明する必要が出てくる。別に隠しているわけじゃないし、バレても俺が弱くなることはない。ただ問題なのは……。
フリーダの動向をまめにチェックしていたことも言わないと、きっと理解してもらえないんだよな。彼女の着替えや入浴を覗き見ていたってことを打ち明けるようなもの。この場にいることは理解してもらえても、今度は覗きの罪で彼女の怒りを買うだろう。
「なにも答えないか……。まぁいい。私の家を知られたんだ。どのみち生きては返さない」
両手で短剣を構えたフリーダが俺に近づいてくる。
「ま、まて! 話せば分かりあえる」
「もう無理だ。家の敷地に侵入し、問いにも答えない人族は敵だ。私にとって排除すべき敵なんだ」
そう言う彼女が持つ短剣の先は震えていた。護身のための短剣は、ほとんど使われたことがないと思われる。
「落ち着け。危ないから、な? それ、しまえよ」
「わ、私が戦えないと思っているのか!? 舐めるな!! 勇者パーティーの一員とは言っても、貴様は所詮ただの荷物持ち。そんな奴に私が集めた金は絶対に渡さない!!」
フリーダが突撃してきた。
短剣が俺の胸に刺さり、血が──
流れなかった。
そもそも短剣は俺に刺さっていない。
「な、なんだこれは!?」
短剣を持った彼女の腕は、異空間に収納されていた。
「俺の魔法だよ」
「魔法、だと?」
胸に短剣が刺さる瞬間、俺は収納魔法を展開してフリーダの腕ごと短剣を収納した。そして取り出し口を絞ることで、彼女が腕を抜けないようにしている。
両手で持った短剣を突き出すように突進してきたフリーダ。その両手を拘束しているので、一切身動が取れなくなっている。彼女はそれを強引に引き抜こうとするが、空中に固定された収納魔法の取り出し口はビクともしない。
「落ち着いてくれ。俺は別に──」
「や、止めて! 触らないで!!」
君のお金が目当てでここに来たわけじゃない、そう言おうとした。落ち着いてほしくて、彼女の肩に手を伸ばそうとしたらフリーダが泣き出してしまった。
恐怖に引き攣った彼女の顔と、目から零れ落ちる涙を見て俺は少し冷静になれた。それはそうだ。敵だと思っている俺に拘束され、身体に触れられそうになれば恐怖してもおかしくはない。
「ご、ごめん」
慌てて収納魔法を解除する。
危ないから短剣だけは収納させてもらった。
「……ぇ?」
手の拘束が解かれたことに安堵したのか、敵である俺に武器を取り上げられて呆然としているのか。フリーダはその場にぺたんと座り込んだ。
「勝手に家の敷地に入ったことは謝る。この通りだ、申し訳ない」
深く頭を下げてフリーダに謝る。
「わ、私を、襲わないの?」
「襲わない。絶対に君に手を出さない。約束する」
一度収納した彼女の短剣を取り出した。
「ほら。これは返すよ」
ゆっくりしゃがんで、彼女の手の届くところに短剣を置く。一方的に武装解除させた状態では彼女が不安になるのではないかという配慮だ。
「……いい。こんなの持っていても、ケイトには勝てないし」
地面の短剣に手を伸ばさず、フリーダは俺を見てきた。
「俺の話しを聞いてくれるか? ここに来た経緯とかを説明させてほしい」
このまま収納魔法の転移で逃げることもできる。俺個人としてはそれでも良いのだが、彼女から購入できるレアなアイテムは勇者ルークスたちにとって有益なもの。勇者パーティーに所属していた俺のせいで、フリーダがルークスたちにアイテムを売ってくれなくなったら困るんだ。
今後も勇者に協力してもらうため、俺はフリーダに全てを打ち明けることにした。
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