第18話 奴隷の値段


「妹たちを買い戻すって……」


 フリーダって妹がいたんだ。

 でも買い戻すって、どういうこと?


「妹といっても私と血の繋がりはない。私も彼女らも、親を魔物に殺されていてな。同じ孤児院で育った。私は孤児になった時には既にエルフとして成熟しかけていたから、割と早い段階で養子に出されたけどな」


 暗い顔で、過去を思い出すようにフリーダが話し始めた。


「私はとある商人の養子になり、彼女からこの世界で生きていく術を学んだ。そして商人として独立し、仲の良かった双子を妹として引き取ることにしたんだ。孤児院には他にも子どもはいたが、当時の私の技量では妹ふたりを養うので精いっぱいだった」


「いや、それでも凄いよ。自分だって辛い思いをしてきたはずなのに……。フリーダは偉いと思う」


 他の孤児たちのことを想っているのだろう。フリーダが今にも泣きそうになっていたから、彼女を抱きしめて頭を優しく撫でてあげる。


 しばらくそうしていると、少し落ち着いたようだ。


「ありがとう。それで妹たちのことだが……。彼女らは今、人族の奴隷になっている」


「奴隷!? でも奴隷って、今はどこの国でも禁止されているはず」


「それは人族が定めた人族のための法だ。人族に亜人と称される我らエルフや獣人などは、モノとして売買されることがある。もっとも昔とは違い、今はそこまで大々的に競りなどは行われなくなった。力を持つ一部の者たちの間で取引されているんだ」


 知らなかった……。歴史書などにも、奴隷制度はおよそ百年前には完全に撤廃されたと書かれている。俺はルーカスたちと世界を旅してきたが、エルフや獣人がモノとして扱われている場面を見たことがない。しかしフリーダの言葉だから、俺はそれを信じることにした。


 少し疑問が残るので、それだけ確認させてもらう。


「でもフリーダの隠匿魔法なら、人族から逃げることなんて容易じゃないのか?」


 彼女は身を隠す魔法の使い手だった。かつてフリーダに『女ひとりで商売するのは危険じゃないのか?』と尋ねたことがある。その時に彼女は隠匿魔法のことを教えてくれたんだ。


 フリーダがその魔法を発動させれば、目の前にいても一瞬で姿を見失ってしまう。そんな彼女が妹たちをみすみす奴隷になんてさせるわけないと思っていた。


「私ひとりなら問題はない。でも私の魔法は身に着けたモノ以外や、他人を隠すことができない」


「じゃ、じゃあ、この場所を隠している魔具は?」


「あれは必要とする魔力量が多すぎて、この土地以外では使えないんだ」


「そうなんだ……。話しを止めてごめん。続きを聞かせてくれ」


「あぁ。私たち三人は、養母がくれたこの家で生活を始めた。私が商売に出かけている間、双子はここでお留守番。しかし彼女らが成長してくると、私の仕事を手伝いたいと言い出した。私はそれを、許してしまった」


 許してしまったと言った時、フリーダの顔には濃い後悔の色が浮かんだ。


 でも本物の家族でもないのに、自分たちのために働いてくれるフリーダの手助けをしたくなった双子の気持ちは俺も分かる気がする。


「私は危険な場所には近づかないようにしていたし、付き合う人間も選んできた。君のような無害そうな人間だけを相手に商売をしてきた。本当は腹黒い人間の方が金を持ているが、エルフの品は人族には貴重なものだ。君のような者でも高値で商品を買ってくれる」


 かなり値切ったつもりだったのだけど……。

 あれでもまだボラれていたのか。


「養母から厳しく教えられたから、私にはそれなりに人を見る目が養われていたみたいだ。だけど私はそれを、妹たちに伝えることができなかった」


「目を離した隙に、妹たちを攫われたとか?」


「そうだ」


「フリーダの隠匿魔法で、隠れて取り返しに行くとか」


「もちろんそれもやろうとした。しかし私が妹たちの居場所を掴んだとき、彼女らには『隷属の首輪』がつけられてしまっていた」


 隷属の首輪は、かつて奴隷制があった時代に利用されていた魔具らしい。装着させられた者は首輪に登録された主人に逆らえなくなる。逃げようとしても、主人から一定の距離が離れると自動で首輪が締まるようになっている。



「……そんな事情があったなら、なんで俺たちに助けを求めなかったんだ。俺たちを頼ってくれたら、あの正義感が強すぎるルーカスのことだ。きっとフリーダの妹たちを助けに行ったはず」


「君のことは割と信用していたけど、勇者とか他の人のことは信用できなかった。特に勇者の目は隠匿魔法を使用した私の姿をとらえているようだったから」


 俺たちと一緒に奴隷商のところに乗り込んだ時、もしその場で裏切られたら彼女も逃げられなくなると考えたようだ。


「お、俺の仲間たちはそんなことしない!」


「だろうな。今ならそう思えるよ。私が信頼してる君が、彼らを信頼していると痛いほど良くわかるから」


 当時の俺は、彼女に俺の仲間を信頼させるとこができなかった。フリーダの妹たちが今も奴隷でいるのは、俺のせいでもあるかもしれない。


「今からでも遅くない! ルークスたちに相談しよう。彼らなら、きっと何とかしてくれる」


「いや、もう良いんだ。あと少しで、妹たちを取り戻せるから」


 フリーダが今いる部屋に並べられた金貨の詰まった瓶を見る。


「これは、妹たちを奴隷商から買い戻すための金なのか」


「そう。金貨五万枚。それが妹たちを取り戻すのに必要なお金。あと少しで、それが貯まるの」


 金貨五万枚。とんでもない額だ。でもここには四、五百枚の金貨が入った瓶が百個近くあるから、彼女の言う通り妹たちの解放まではもうすぐのようだ。


「奴隷にさせられていて。えっと、その……。妹たちは奴隷商にひどいこととか、されてない?」


「彼女らには絶対に手出しをしないよう魔法の契約を結んでいる。汚い部屋で寝かせないこと。十分な食事を与えることも契約内容だ。その代償として私は毎月百枚の金貨を奴隷商に渡している」


 毎月金貨を百枚渡していて、ここまでの貯金をしたのか!?

 フリーダさん、たったひとりですごくね??

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