第58話 四天王襲来(3/3)
「ガビルがやられたようだ」
「……そうみたいだな」
魔界の魔王軍司令所で、吸血鬼の始祖と鬼人族の男が割れた玉石を見ながら話していた。この手のひらサイズの玉石は魔王軍四天王となった者の命が尽きると、その死に方を表すような形で壊れるようになっている。
ガビルの玉石は、ヴァラクザードの時と同じように真っ二つになって割れた。それを見たブラド卿とオーガは、勇者の実力が本物であることを知ったのだ。
「まさか今の勇者に我ら四天王を倒すだけの力があるとは」
「ブラド卿の提案通り、新人を様子見で送り込んで正解だったな」
「確かにガビルを先に送り込もうと提案したのは我だ。しかし捨て駒にするつもりはなかった。強くなることに貪欲な彼奴なら、良い八大魔将になると思っていた」
かつての配下が己より上の地位になってしまうのも是としていたブラド卿は、ガビルを先に行かせようとオーガに提案した。ちなみに九尾狐の女は遊び好きなので、すぐに勇者の所へ行くことはないだろうと彼らは予想していた。その読み通り、九尾狐は手始めに聖女を堕とそうとしたようだ。
「まぁ、俺は今の地位で結構満足してるからブラド卿が昇格してくれれば良い。でもあの女が俺より格上になるってのはムカつくから、それだけは止めたい」
「それは勇者を殺すのに力を貸してくれると捉えて良いか? 我は勇者に元配下を倒された仕返しをしなければならん。負けることはないとは思うが、横槍が入らぬようにだけ頼みたい」
「おう、任せろ。その代わりブラド卿が八大魔将になった暁には、色々と良くしてくれよ」
「我にできる限りのことはすると約束する」
ブラド卿はガビルが実力を発揮できれば勇者に負けることはないと信じていていた。その彼が負けたのは、おそらく勇者の仲間によって能力を引き下げられたか、勇者の力を引き上げる能力を持った仲間がいるからだと考えていたのだ。
事実、ガビルが防御するだけで動かないという条件でなければ、ルークスはガビルに勝てなかった。吸血鬼の移動速度は人間界に生息する最速の魔物である竜以上であり、スピード特化型の勇者でもなければ攻撃を当てることなど不可能。
ルークスはパワー特化型の勇者で、その手に持つのはケイトが準備した最強の大剣。そんな彼が動かない敵に最高の一撃を入れられたら勝つことができた。
「よっしゃ! 勇者を殺りに行くか」
「あぁ」
ブラド卿が転移門を開こうとした時──
「四天王ふたり同時とか止めてほしいな」
ケイトが現れた。
「貴様は誰だ? どうやってここに来た」
「そ、そんなことよりお前、なんで」
ブラド卿とオーガが尋ねる。オーガの視線はケイトの後ろに立つ女性に固定されていた。
「私がこの場所まで
「ありがとな、カエデ」
カエデというのは九尾狐の女の名。
彼女は元魔王軍四天王の女魔人だ。
洗脳や魅了魔法を得意とするが、普通に戦っても強い九尾狐。カエデは甘えるように、ケイトの身体に寄り添っていた。そんな女の表情をするカエデなど、オーガは見たことがない。
ケイトの収納魔法を応用した
「カエデ、貴様。魔王様を裏切るつもりか」
「うーん、そうなるのかしら。でも私はケイト様に逆らえないから、仕方ないのよ」
「……そうか」
ブラド卿が手を前方に掲げると、無数の赤い槍が出現した。
「八大魔将への昇格者を含めると三人の補充が必要になるのは面倒だか仕方ない。その責、裏切者には死をもって償ってもらおう」
この時、ブラド卿は三人の補充で済むと思っていた。
ケイトとカエデを殺し、その後勇者を殺して自分は八大魔将になる。それから残ったオーガを四天王筆頭に据えて、三人補充することで魔王の指示に応えようとしていたのだ。
しかしこの場にケイトが来てしまった。
ブラド卿が現四天王筆頭としての役目を果たすためには、ケイトを見た瞬間に殺す必要があった。彼に時間を与えてはいけなかった。オーガの攻撃速度と瞬発力を持ってすればそれも可能だったが、彼らはケイトを知らなかった。
勇者パーティーの荷物持ちであった男のことなど、なんの情報も持っていなかったのだ。
「さらばだカエデ。そしてケイトとやら」
ブラド卿が数十本の赤槍を打ち出した。
それらが高速でケイトとカエデに飛来する。
しかし赤槍がケイトたちに到達することはなかった。全ての赤槍がケイトの収納魔法で異空間にしまわれたからだ。
「──なっ!?」
避けたり防いだりするのではなく、攻撃が完全に消滅させられたことにブラド卿が驚愕する。一方でケイトはさも当然のように対応した。
「これはいらないんで、お返ししますね」
オーガの背後に収納魔法の取り出し口が開き、そこから赤い槍が飛び出す。
魔王軍四天王では最速を誇るオーガ。彼は背後からの攻撃に気付き、それを躱そうとする。いつもなら躱せる速度だったのだが──
「い゛ぎゃっ!!」
足が思うように動かず逃げられなかった。赤槍に身体を何か所も貫かれ、その生命力を急速に失っていく。ブラド卿の攻撃による特殊効果『吸命』が発動していた。
「な、なん…で……」
逃げられなかった理由を確かめようと、オーガが自らの足元を見る。彼の右足首から下がなくなっていて、それは赤槍を避けようとした時の場所に残されていた。
ケイトがオーガの足元に収納魔法の取り出し口を配置していて、オーガが移動しようとしたら取り出し口を閉じるように設定したのだ。
塵となって消えていくオーガ。
それを見て憤慨する者はいなかった。
ブラド卿はオーガの消滅に脇目もふらず、ケイトに突撃していた。しかし彼も、ケイトの身体に触れることも叶わず異空間に収納されている。一声も上げることなくブラド卿は高速でケイトの収納魔法に飛び込んでいった。
「なんか白髪のおじいちゃんが突っ込んできたから収納しちゃったけど……。大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ、ケイト様。あれは四天王筆頭のブラド卿です。彼は魔王への忠誠心が強いので、どんな拷問をしても仲間になることはないでしょう」
「そっか。会話の感じから四天王っぽかったけど、あのおじいちゃんが四天王で一番偉い魔人だったんだ」
操血のガビルは勇者にやられ、九尾狐のカエデはケイトに堕とされた。残っていたふたりの魔人が消滅したことで、魔王軍四天王が壊滅してしまった。
「終わったし、帰ろうか」
「あの……。本当に私はケイト様と一緒にいても良いのですか?」
「えっ。ダメ?」
「私は魔人ですし、離脱したとは言え元魔王軍四天王です。数多の人を、殺したことも」
「今後は悪いことしないよね?」
「ケイト様が望まれること以外はいたしません」
「ならいいよ。俺だって結構人を殺しちゃった。それに俺の目的を達成するには魔人の協力者が必要になる。だから俺のそばにいて、俺を手伝ってほしい」
ケイトがカエデに手を差し出すと、彼女はおずおずとその手を握った。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしく。それじゃ、うちに帰ろ!」
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