第57話 四天王襲来(2/3)


「セリシア、昨日帰ってこなかったね」


 一晩待っても、聖女セリシアが勇者たちに合流することはなかった。それを心配した賢者のレイラが不安そうな表情をしている。彼女は勇者ルークスや戦士アドルフと一緒に、高級宿の二階に造られた広いバルコニーで朝食を済ませたところ。


「彼女を連れて行ったのはあのフリーダだから、変なことはされていないと思う。それにセリシアだって俺たちと旅してきたんだ。戦闘向きの職じゃないって言っても、その辺の兵士に勝てるくらいの力はある」


「そうそう。彼女の聖杖の一撃はゴブリンを倒すくらいの威力になった。だから大丈夫だ」


 ルークスとアドルフはほとんど心配していなかった。


 セリシアは様々な状態異常に耐性を持ち、自らを継続回復させながら敵を攻撃することもできる。勇者パーティー内では攻撃力が低いので基本的に攻撃に参加することはないが、中位以上の魔物や魔人クラスでなければ単独で勝てるくらいの力を有していたのだ。


「そうかな? でも……」


 レイラはまだ安心できない。彼女が不安なのは、フリーダのことを信頼できていなかったから。ルークスとアドルフ、セリシアは商人としてフリーダを信用していた。貴重なアイテムを『勇者一行だから』という理由で格安で販売してくれるので、感謝の気持ちがいつの間にか信頼へと変わったのかもしれない。


 一方でレイラがフリーダを信頼できなかったのは、ケイトと親しそうにしていたからだ。秘かに恋心を抱いていた幼馴染をとられてしまうのではないかと危惧し、彼女はフリーダを敵対視していた。


「そんなに心配なら今から見に行こうぜ。まだ作業中だったとしても、心配だからって言えば少し顔を見せるくらいはしてくれるだろ」


「さすがに休憩くらいは取るだろうし、会わせてくれないってことはないだろ」


「う、うん。そうだね、様子を見に行こう!」


 レイラが勢いよく椅子から立ち上がり、部屋に荷物を取りに行こうとした。



「少々お待ちください」


「えっ?」

「……誰だ」

「あんた、いつからそこにいた?」


 給仕が朝食を運んできてくれた後、ここにはルークスたちしかいなかったはず。しかしいつの間にか、血のように赤い目をした黒髪の男がバルコニーの手すりにもたれかかっていた。


「私は魔王軍四天王がひとり、ガビルと申します」


 彼は吸血鬼であり、人よりも長く鋭利な犬歯が口から少し見える。


「ま、魔王軍四天王!?」

「それって、あの鋼の魔人と同じ」


「えぇ。貴方たちがヴァラクザード様を倒してしまったので、私が彼の席を引き継いだのです。そういう意味では、私は貴方たちに感謝しています」


 ガビルが紳士的なお辞儀をする。頭を下げたことにより彼の視線がルークスたちから外れるが、隙は一切ない。その頭がゆっくりと上がるまで、勇者たちは全く動けなかった。


「……お前は、何をしに来たんだ?」


「私が四天王に昇格するきっかけを作ってくださったお礼に来た──と言いたいところですが、少々事情が変わりましてね」


 もし四天王による『勇者討伐レース』が開催されていなければ、ガビルは本当に礼を言うためだけにルークスたちの前に現れるつもりだった。だが四天王にとどまらず、更に上を目指せる可能性が出てきてしまった。


「貴方たちを殺すだけで私は八大魔将になることができます。こんなチャンス、逃すわけにはいかない」


 ガビルが右手を胸の前に持ってくる。手刀を形作って力を込めると、血のようなものがその右手を覆っていった。


「申し訳ありませんが、死んでください」


 強烈な殺気が放たれる。


 恐怖への耐性が付与された装備がないせいで、レイラは身体が震えて動けなくなってしまった。彼女を護るようにアドルフがレイラの前に出てくる。しかし彼も満足に動ける感じではなさそうだった。


「くっ!」


 殺気に気圧されながらも、ルークスは所持していた収納袋に手を入れた。装備のほとんどは部屋に置いてある。ここは高級宿で防犯などもしっかりしていたため、彼らは安心して一切の装備を身に着けず朝食を食べに来てしまった。


 アドルフの巨盾や剣、レイラの杖もここには無い。唯一手元に出せるのは、大きすぎて普段から収納袋にしまっていたルークスの大剣だけ。


「あぁっ。さすがに一切の装備を纏っていない勇者を倒してしまうのは、気高き吸血鬼の一族として恥ずべき事。その出そうとしている武器、使っていいですよ」


 ガビルは両手を広げ、攻撃を受ける意志を示した。


「本来であれば全ての装備を纏うまで待って差し上げたいのですが、いつ他の四天王がやってくるかわかりませんからね。代わりに一撃だけ、無抵抗で受けますよ。それで許してください」


 ガビルは自身や他人の血を操る『血操術』を使う。液体状態の血を自在に操るだけでなく、それを固めて防御や攻撃にも使用する。集中力を要するのでその場から動けなくなるのが欠点だが、最大まで守りに力を注げば、彼の防御力は鋼の魔人ヴァラクザードを超えるのだ。


「……魔人とはいえ、無抵抗の者を攻撃できない」


「え? ほ、本気で言っているのですか?」


「俺はいつだって本気だ」


 圧倒的に不利な立場であるにも関わらず、己の信念を曲げようとしないルークスをガビルは面白いと感じた。


「ふはははは! 良い。良いですよ、勇者。私はそんなに長く生きてはいないので、勇者という存在をあまり知りません。しかし、貴方のように愚直な者がいると分かって良かった」


 血で固めた右手を掲げ、頭を防御する体勢をとったガビル。


「私は全力でガードします。ガードしている間は一切動けないという問題がありますが、これをやっている私の防御力は貴方が倒した鋼の魔人以上です」


 ガビルは勇者の一撃を受け止め、絶望した顔を堪能した後に殺すつもりでいた。


「さぁ、全力でかかって来なさい。私を一撃で仕留められなければ、次の瞬間には貴方の首が飛びますよ」


「わかった。では俺も、全身全霊を込めた一撃でお前を倒す!」


 ルークスが収納袋から手を抜いた。

 大人の身の丈ほどある大剣が姿を現す。


「…………え?」


 白く巨大な剣。それからありえないほどの力を感じ、ガビルの思考が停止する。かつて十六天魔神に謁見した時のように、心が畏怖で満ちていく。


「レイラの支援魔法が無いから、本当の全力というわけではないが……」


 勇者ルークスが大剣を天高く掲げる。


「これが! 俺の!!」

「えっ、ちょっ!?」


 ルークスの力が膨れ上がるのを感じ、ヤバいと思ったガビルが左手も上げて全力以上での防御を試みる。既に防御のために身体を固めてしまっていたので、この場から逃げることはできなかった。


「待っ──」


「全力だぁぁぁぁあ!!」


 聖剣に認められず、ルークスはそれをただの重い鈍器として使用していた。そんな筋肉馬鹿勇者が振り下ろした大剣は剣先の速度が音速を超えた。


 加えて彼が持つ大剣は十六天魔神ドラムの牙からできたもの。たかが四天王の肉体で、そんなものを受け止めきれるわけがない。



「ば、ばか…な……」


 頭上で手をクロスするように構えていたガビルは、ガードしていた両手ごと身体を左右真っ二つにされた。核も完全に破壊され、存在を保てなくなった魔人の身体が黒い塵になって消えていった。

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