第43話 救出のお礼と契約


「ケイト。今回は私を助けてくれてありがと」


 泣き続けている中位精霊を腰に抱き着かせたまま、大精霊シルフがケイトに礼をいう。


「いえ、お気になさらず。実は俺の妻がエルフなんです。あと、俺もこの国で暮らしています。だからシルフ様をお助けしたのは自分たちの利益のためでもあります」


「そうなんだね。でも私が消えちゃうと、しばらくは世界樹も活力がなくなる」


 シルフは世界樹の化身のような存在だが、彼女が消えても世界樹が枯れることはないという。数百年から数千年かけて次の大精霊が生まれるらしい。ただ、次の大精霊が生まれるまでの間は、世界樹の恩恵は一切なくなってしまう。


「そうなっていたら、この子たちも存在を維持できなくなっていたかもしれない」


 腰に抱き着く中位精霊と、周囲をふわふわと飛んでいる下位精霊たちを見ながらシルフが優しく微笑んだ。自身のことを慕ってくれる精霊たちに再び会うことができて、彼女は心から喜んでいた。


「だからお礼はさせてほしい。私にできることなら、なんでもする」


「い、良いんですか?」


 シルフの提案にケイトはすぐに飛びついた。彼の目的は世界樹の葉を手に入れることであり、それをするためにはシルフの力が必要だった。彼女が『なんでも』と言ってくれたので、もう世界樹の葉は手に入れたも同然。


「じゃあ、俺は──」

「私と召喚契約を結びたいの!? し、仕方ないなぁ」


「えっ」


 ケイトは『世界樹の葉を何枚かください』と言おうとしたのだが、それを遮るようにシルフが彼の望みを断定した。


「し、シルフ様?」

⦅ケイトと契約するんですか!?⦆


 中位精霊はシルフの言葉に唖然とし、下位精霊は嬉しそうに飛び回った。大精霊が人族と召喚契約を結んだのは遥か昔に一度だけ。精霊に愛された召喚士の少女が四大精霊を引き連れて、当時の勇者と共に魔王を倒したことは人間界でもお伽噺として語り継がれている。


 そんな偉業を成し遂げようとしているのだが、当事者であるケイトはそれが凄いことだとは気づいていなかった。


「いや、俺は葉をもらえれば」

「もちろん、無条件では召喚に応じてあげられません」


 ケイトの言葉など今のシルフの耳には届かない。彼女は自分の要求を伝えることに必死になっていた。中位精霊の手をほどいて、ケイトのもとまでシルフが小走りで近づいていく。


 手招きしてケイトに頭を下げさせると、その耳元でシルフが囁いた。


「私を召喚する条件はね、その……。さ、さっきみたいにまた、抱っこしてほしいな」


 少女の姿をした大精霊が頬を赤らめながら要求を伝える。


 今からおよそ千年前。召喚士の少女と旅をした頃のシルフはまだ全盛期ではなく、悪魔に力を奪われた今と同じような姿をしていた。そんな彼女を勇者がよくお姫様抱っこしていたのだ。シルフはいつも勇者に文句を言っていたが、本心ではその行為を喜んでいた。


 大精霊として力をつけ、大人の姿になった彼女を抱っこしてくれる存在など千年間現れていない。千年ぶりとなる人の腕に抱きあげられる感覚が、彼女の理性を崩壊させていた。


「そんなの、いつでもしてあげるよ」


 ケイトはケイトで、おねだりしてくるシルフが可愛らしくて、特に深く考えることもなく彼女を抱き上げた。いつも子どもたちにしているように。


「ちょ、ちょっと! みんなが見てる前では止めてよ!!」


「ダメなの? でもシルフは三十年も捕まってたんだから体力的に万全じゃないでしょ。俺が心配だから、こうしてあげたいの」


「そ、そう言うことなら。仕方ないわね」


 彼は種族も性格も多種多様な家族たちと過ごすうちに、ツンデレ属性の扱い方を習得していた。


「俺がピンチになったら、シルフを呼んでもいいんだよね?」


「もちろん! 力さえ戻れば上位悪魔だってやっつけてあげる」


「それは心強い。ちなみに力はどのくらいで戻りそう?」


 世界樹に帰って来たのだから、シルフの力が元に戻るのも早いだろうとケイトは軽く考えていた。彼は忘れていたのだ。ここは長寿の種族が棲むサンクトゥスエルフの国。精霊に寿命はなく、大精霊は数万年生きているということを。



「ざっと百年あれば大丈夫」

「……え」


 少なくともケイトが普通に生きているうちは、シルフの力を頼って召喚することができないことが確定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る