第39話 世界樹の精霊
収納魔法の取り出し口を通ってケイトが世界樹の上に移動してきた。
「お! ちゃんと足場がある。ラッキー」
遠くから見た先に収納魔法で転移する時、足場が無かったり不安定だったりすることがある。だから彼は余裕のある時、事前に千里眼を使って転移先の状況を確認してから転移するようにしていた。
しかし今回はのんびりやっていたらフリーダたちが『私もついて行く!』などと言い出す可能性があったので、ケイトは事前の確認なしに転移した。まずはひとりで現地を調べて、危険がなさそうだったら来たいと希望する家族たち連れてこようと考えていた。
ケイトは今、世界樹上部の幹から伸びた枝の上に立っている。
「凄い。一番上の方の枝なのに、こんなに太くて頑丈だ」
大人がその上の立っても枝は全くたわまない。ケイトが枝に対して横向きで寝ても問題ないくらいの幅がある。枝から伸びた枝でも余裕で人が歩けそうだった。
ケイトがふと、枝から下を覗いてみた。
「……た、高いな」
世界樹には幹から何百という太い枝が伸びているが、ケイトがいる場所からは地面を見ることができた。その地面は彼がかつて体験したことないほど遠くにあった。
子どもたちを連れて来なくて良かったと考えるケイト。さすがにここは危険すぎる。
⦅あなたは、だれ?⦆
「えっ」
枝から下を覗き込んでいたケイトの脳内に女の子の声が響いた。
⦅あなたは、だれ?⦆
「お、俺はケイトです」
声からは敵意を感じなかったが、なんだか大きな力を感じてケイトは素直に名を名乗った。
「貴女は、世界樹の精霊さんですか?」
どこから声が聞こえるのか分からず、あたりを見渡しながら問いかける。世界樹のてっぺんには精霊が棲んでいるという話だったから、この声の主がそうなのだと彼は判断した。
⦅私はここにすむ精霊だけど……。たぶん私は、ケイトが求めている精霊じゃない⦆
「えっと、それはどういう」
ケイトが尋ねようとすると、世界樹の枝から青白い光の玉が現れた。優しく光るそれはケイトの目線の高さでふわふわと浮遊している。
⦅あなたは世界樹の葉がほしくて、ここまできたんでしょ⦆
「その通りです」
⦅人に世界樹の葉をあげられるのは大精霊のシルフ様だけ。下位精霊の私に、そんな力はない⦆
青白く光る精霊は下位の精霊だという。
⦅ゴメンね、ケイト。私はシルフ様のお手伝いをする下位精霊⦆
「では、そのシルフ様は今どこにいますか?」
⦅……いないの。連れていかれちゃった⦆
「連れていかれたって、いったい誰に」
青白い光が微かに揺れ始めた。それがケイトには、精霊が泣いているように思えた。
⦅あ、悪魔に。いきなり現れた悪魔が、シルフ様を連れて行っちゃった⦆
「悪魔が精霊を!? でも精霊って悪魔より強いはずじゃ……。それにつれていかれたのは大精霊なんですよね?」
並みの兵士が何人いても勝てない存在。それが悪魔だ。そんな悪魔に対抗する手段のひとつが精霊召喚である。精霊は悪魔より強いとされていて、下位の精霊でも中位以上の悪魔を退けることが可能だ。
この世界でこのことは広く知られており、ケイトも勇者パーティーに所属していた頃は対悪魔用として精霊召喚用のスクロールを所持していた。
だからこそ、最上位の精霊である大精霊が悪魔に連れ去られたということをケイトは信じられなかった。
⦅シルフ様を襲った凄く悪魔は強かった。シルフ様をお守りしようとした中位の精霊はみんな消滅させられた。力が弱くて自分の身体を形成することも出来ない私たち下位精霊は、その悪魔が怖くて何もできなかった⦆
精霊の声には悲しみと、自身の非力を呪う感情が含まれていた。
「中位精霊を消滅させて、大精霊を誘拐する力を持った悪魔か……。ヤバそうだな」
⦅うん。そいつが戻ってくるかもしれないから、逃げられるならケイトは今すぐここから逃げた方が良いよ⦆
ケイトがどうやってここにやって来たのか下位精霊は見ていなかった。ただ枝の上に人の気配を感じて忠告にやって来ただけ。彼に大精霊の救出を頼むつもりなどなかった。
大精霊が勝てない悪魔に人が適うなど思えない。
もし可能であれば、ケイトに大精霊の不在を広めてほしいと考えていた。そして今この世界を旅している勇者の耳にその情報が伝われば、勇者が助けに来てくれるかもしれない。
下位精霊はそんな淡い希望を抱いていた。
下位精霊はケイトを知らないのだ。
目の前にいる男が魔王軍四天王を瞬殺する力を持った魔術師であるなど知るはずがない。十六天魔神ドラムの牙から剣をつくるような存在だと分かるはずがない。
一方でケイトは世界樹の葉が入手できない原因に見当がつき、どうすればそれが解決できて、更に世界樹の葉を手に入れられるかが分かったことに喜んでいた。
やるべきことが決まったケイトが下位精霊に交渉を持ちかける。
「俺が大精霊様を助けてきたら、世界樹の葉を何枚かくれませんか?」
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