第16話 嫁候補


「私は君の嫁にしてもらいたいが、そこまで君を束縛するつもりはない。ケイトが望むなら私以外に嫁を娶っても良い」


「……はい?」


「エルフ族は長寿だから性欲がそんなに強くない。結婚する者も少ないんだ。しかしサンクトゥス以外の里はその多くが魔王軍に襲撃され、近年は人口が減ってきている。そんな私たちが種を存続させるため、一夫多妻が一般的になった」


「そ、そうなんだ」


 じゃあ、ハーレムOKってことですか!?

 マジですか!?


 いやでも……。フリーダみたいな美女エルフが嫁にいて、他にも嫁が欲しいってなるかな?


「例えば勇者パーティーにいた少女。レイラだったか? 彼女とか君に気があると思うぞ。ケイトのハーレム要員候補だな」


「え」


「君のことだから気づいてはいないと思うが、私と君が長々と商談していた時、彼女はいつも氷のような冷たい目で私を睨んでいた。ちなみに私がケイトと話したかったから、商談をわざと長引かせていたせいでもあるけどな」


 知らなかった。昔からの癖でドアをノックせずにレイラの部屋に入ってしまい、彼女の魔法でボコボコにされてばかりだった。彼女は俺のことを好きどころか嫌っていると思っていた。


「ま、この場にいない少女のことはどうでもいい。続きを話すぞ」


 ちょっとレイラのことを考えていたら、フリーダが話しを進めてきた。


「エルフ族は一夫多妻になったが、男のエルフも性欲が強くないから結局は子供があまり産まれていない。次に推奨されたのが異種族と結ばれること」


「えっと、その子どもはエルフになるのか?」


「女エルフと他種族の男が儲けた子はエルフかハーフエルフになる。エルフになる場合も血は薄まるが、種の根絶よりはましだよ。反発する純血派の連中も少なからずいるけどね」


「なるほどな」


「それで、どうだろう?」


「どう、とは?」


「わ、私って、結構優良物件だと思うぞ? 君も私の裸に見惚れたというから、脈なしではないのだろう。世界を旅してきたから様々な国の言語を話すことができる。勇者をサポートしたいという君の力になれるはずだ。あと料理もそれなりにできる。ずっと一人暮らしだからな。お金は……。申し訳ないが、私が貯めた分は君と共有できない。これだけは許してほしい」


 自らの魅力を全力でアピールしてくるフリーダ。

 さすが商人だ。


 美女エルフの彼女からここまで言い寄られて、断れる男はいないだろう。俺だってそう。なんのしがらみもなければ、喜んで彼女と結ばれたい。だけど……。


「ごめん。やっぱり俺、フリーダと一緒にはなれない」


 俺のことを慕ってくれているからこそ、余計に彼女を危険に巻き込みたくはないって思ってしまう。もし仮にルークスたちが魔王を倒せたとしても、その頃俺は結構な年齢になっているだろう。


 年老いた俺はフリーダに釣り合わない。


「きっと俺なんかよりずっと、フリーダにふさわしい人が──」


「それはケイトの本心じゃない」


「えっ」


「私を危険に巻き込みたくないと思っているな?」


「い、いや、それは」


「その目の動き、手の仕草。魔力の流れを見るに、君は嘘を言っている」


 長生きしてるエルフ族の商人って、ヤバいですね。


「自分に正直になれ。こんな美女を好きにできる機会を手放すのか? 君は本当にそうしたいと思っているのか?」


 確かに仲間は欲しい。優れた商いの才能を持つフリーダが一緒に勇者ルークスたちの支援をしてくれるというのなら、これほど頼もしいことはない。

 

 でもそれが家族と言う形だと、ちょっと変わってくる。家族になっちゃったら……。俺がフリーダのことを本気で好きになったら、何に変えても彼女を護りたくなるはず。危険だからと言って、ルークスたちのサポートを辞めてしまうかもしれない。


「……やっぱり、俺は」


「何やらあれこれ考えているようだな。どうしても私と一緒になりたくないというのであれば、こちらにも考えがある」


 俺が折れないと悟ったのかもしれない。

 フリーダが商人の顔になった。


「本当ならこんなことしたくはないのだが……。ケイトが私の裸を覗き見ていた件を勇者一行に伝えようと思う。君が仲間たちの動向を把握しているということは、賢者の少女や聖女の着替えなども覗いているのだろう。それも彼らに教えてやらねばな」


「ごめんなさい。それだけはマジでやめて」


「君が私の行動を制限することの見返りは何だ? ケイトの秘密を私が黙っておくことで私が得られる報酬は何だ? 今の君には収納魔法以外、何もないだろう。まさか、私を脅すのか? ケイトの能力なら余裕で私を脅迫できるだろうが、君はそんなこと絶対にしない」


 フリーダが正面から俺に抱き着いた。

 俺の耳元で彼女が囁く。


「私と結ばれろ。私を嫁にするんだ。それが君に許された唯一の選択肢だ」


 完全に逃げ道が絶たれた俺は諦めた。

 彼女の交渉を受け入れることにしたんだ。


 でも全てを承諾するわけじゃない。自分が納得していない条件で契約を締結しなければならない時、可能な限り逃げ道を作っておくのは商売の基本。


「わ、分かった。では結婚を前提としたお付き合いからスタートするって感じで──」


「ありがとう! それで良い。ということは、今から私たちは恋人だな!! だからも、当然の行為だ」


 フリーダが俺の目を見つめてきた。

 彼女の顔が俺に接近してくる。


 唇に何か瑞々しいものが触れた。

 数秒後、それが離れていく。



「えへへ。ついにケイトと恋人になっちゃった」


 顔を真っ赤にしながらも笑顔のフリーダがいた。

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