第48話 収納魔法と遠心分離


 ケイトや子どもたちとは別室で、フリーダとシルフが素材の加工を進めていた。


「ふぅ……。水竜の牙の加工はこんなもんか」


「こっちも聖水の蒸留が終わった!」


 フリーダは特殊な魔具を使い、非常に硬い水竜の牙を苦労しながら粉砕しきった。一方シルフは火属性と水属性、風属性という三つの属性魔法を器用に使いこなし聖水の純度を高める作業を行っていた。聖水の効果のある成分は水が蒸発する温度より沸点が低いため、蒸留によって濃度を高めることができる。


 聖水の蒸留は本来、この世界ではかなり貴重な器具を使う必要がある作業。蒸留自体は鉄鍋などを利用しても行えるが、聖水を扱う場合それではダメだった。純度が高くなった聖水は何か物質に触れるとすぐに変質してしまう。その性質を利用して様々な薬品づくりができるのだが、万能薬エリクサーをつくる際は変質していない聖水が必要となる。


 高度な風魔法が付与された『不触の容器』という魔具がある。これは内部にいれた液体などが容器に触れないという魔具だ。エリクサーの作成にはこの魔具が必要だった。世界に名の通った商人であるフリーダであれば何とか手に入れられなくはないが、今すぐにというのは不可能だ。そこでシルフが活躍した。


 一切の器具や魔具を使うことなく、聖水の蒸留をやってのけたのだ。彼女の前には風の球体に包まれた液体がぷかぷかと浮かんでいる。これが純度を高められた聖水。


 ちなみに人族やエルフがどれだけ高価な魔具を使おうとも必ず不純物が混じってしまう。そしてその不純物が影響して、完全なエリクサーが作られることはまずありえない。この蒸留作業は難易度が高い上に、エルクサー作成において重要な役割があった。


「これが蒸留された聖水……。す、すごく綺麗だ」


 大精霊という魔法の扱いに長けた存在は、かつてないほど高純度な聖水を精製してみせた。


「かなり集中して頑張ったもん。これでまた、ケイトに褒めてもらえるかな?」


「うん。きっと彼なら褒めてくれる。これは私の分ね」


 フリーダがシルフの頭を撫でる。

 彼女にとって今のシルフは娘のような存在。


「えへっ。ありがと」


「ちなみに私も頑張ったよ」


「フリーダも偉い!」


 そう言ってシルフが背伸びをしてフリーダの頭を撫でた。


「ありがと、シルフ。それじゃ、ケイトに褒めてもらいに行こうか」


「はーい!」



 ──***──


 フリーダとシルフがケイトたちが作業している部屋に向かう途中。


「残る問題は千寿草の成分分離だね」

「そう、それだ」


 彼女たちは千寿草の加工について話していた。


 すじに沿っていた千寿草を煮詰めた液体を遠心分離により成分を分離させる必要があった。超遠心機レベルの加速度は必要ないが、それなりの加速度で試料を回せる装置がいる。


「魔術研究の盛んな人族の国にあるような魔導遠心分離装置は当然うちには無い。借りようにも、一般人である私たちに貸してくれる国はないだろう」


「私って大精霊なんだけど、私が頼んでも無理かな?」


「いける可能性はある。でも大精霊が来たとなると、それはそれで騒ぎになってしまうだろう」


 魔導遠心分離装置を所有するような国にとって、大精霊という存在は非常に重要な研究対象となる。装置の利用と引き換えに、シルフを数か月貸せなどと言われかねない。フリーダはそれを懸念していた。


「時間はかかるが、私やシルフの魔法でやってみるべきか」


 ここエルフの国サンクトゥスでは、エルフの魔導士が数人がかりで作業を行い、千寿草の遠心分離を行っている。この国でもエリクサーが貴重だというのは世界樹の葉が手に入らないという理由と、作成にありえないほどの手間がかかるからという理由があった。


「超高速で回すのを大量にやらなきゃいけないから、すっごく大変そうだね」


「あぁ……。でもケイトがエリクサーを欲しがるなら、私はどんな協力でもする」


「うん! 私も!!」


 ふたりともケイトが望むのであれば、出来るだけそれを叶えてあげたいと思っていた。


「この加工済みの素材を渡して褒めて貰ったら、もっと褒めてもらえるようもう少し頑張ろう」


「りょーかいです! がんばろ──って、この音なんだろう?」


 キーンと甲高い音が聞こえてきた。


「なんだろう? あっちの方から聞こえる」


 その音はケイトと子どもたちが作業しているはずの部屋から聞こえてくる。その独特な音に、フリーダは聞き覚えがあった。


「ありえないが……。これは、昔人族の国で見た魔導遠心分離装置と同じ音だ」


「えっ!? ま、まさかケイトが収納魔法で、どこかの国から魔導遠心分離装置を借りちゃったとか?」


「ケイトは盗みなんて……。いや、しないこともないか」


 フリーダはケイトが勇者に黙って聖剣を売り払うような男であることを思い出した。


「と、とりあえず中に入ろう」

「うん」


 嫌な予想を拭い去ってくれることを期待しながら、フリーダが扉を開けた。



「な、なんだ…これは……」

「なにこれ! どうなってんの!?」


 彼女たちが見たのは、天井付近にいくつもの薄い板が環状に配置されている光景。その薄い板を貫通するように何かが超高速で移動していた。


 何かが超高速で円を描くように天井付近を飛び回っていて、それで魔導遠心分離装置のような高音が鳴っていたのだ。


「あっ。フリーダ、シルフ。ちょうどいいとこに来たね。これ、どうかな?」


 笑顔のケイトが近寄ってきた。


「どう、とは……。ま、まさかこれって」


「収納魔法を応用したケイト式魔導遠心分離装置だよ」


「いやお前、万能か!?」

「あははは。さすがケイトだ」

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