第20話 奴隷商人の遊び


「親父、例のブツを処理してきたぜ」


「そうか。ご苦労だった」


 醜く太った男が、白髭を伸ばした初老の男と話していた。太った男が遠く離れた森で焼却してきたのは、もう使われなくなった奴隷調教用の道具など。


「しかし数年住んでいたこの街から去るってなると、さすがに思うところがあるな」


「儂らの商売は秘匿されておることが何より重要だ。しかし一か所に長居しすぎて、ここでもだいぶ有名になってしまった」


「上客ができるのは良いことだろ? この前だって貴族おっさんが別の貴族を連れて来てくれたじゃねーか」


「馬鹿者。それは儂らの知らない所で情報が洩れておるということだ。阿保な貴族がいくら捕まろうが構わんが、奴らがどこで奴隷を買ったか答えたら儂らもおしまいだ。今確約している分の納品と集金を終えたら、この街ともおさらばらだ」


 初老の男は世界中で奴隷を売買する商人だった。

 その息子も彼の商売を手伝っている。


「あーあ。この街でやったも、けっこう楽しかったのに。あれ、またやりてえなぁ」


「……奴隷の首輪の設定を弄ったアレのことか?」


「そう。それだよ、それ! 獣人奴隷の主をネズミに設定して下水に離したやつ。あの時の必死になって汚物にまみれながらもネズミを追いかける獣人の姿。今思い出しても笑いが止まんねぇ」


 奴隷商の親子が奴隷に着けさせる首輪には、主から距離が離れると首を絞める機能があった。それを利用して奴隷商人の息子は奴隷を弄んでいたのだ。


「確かに愉快ではあったが、運動神経の良い獣人を使ったせいであわや逃げられる可能性もあったではないか。あーゆーことをする際は、まず足の腱を斬ってから行うのだ」


「はいはい、俺だってちゃんと反省してるぜ。ただこの街みたいに地下が発達していて、こっそり遊べる場所があるってのは久しぶりだったからな。できればあと一年はここで遊んでいたかった」


「それはできん。もう潮時なのだ。再来月、あのバカな女エルフが金貨を持ってきたら計画を実行する。まだ時間に余裕はあるが、準備は進んでいるか?」


「もちろん。隠匿魔法を見破れる術士は手配した。魔具の発動を阻害する魔具も入手済みだ。冒険者崩れのやつらも二十人集まるから、あのエルフが何しようと逃げられない」


 このふたりはフリーダの妹たちを奴隷にしている奴隷商人。彼らは再来月、フリーダが妹たちの身請け金を持ってきた際に、彼女を捕えて奴隷にする計画を企てていた。


「あの女にはかなり稼がせてもらった。小娘ふたりを小部屋に監禁し飯を食わせるだけで毎月金貨百枚が舞い込んでくるのだからな。それに加えて最期に本人も我らの商品になってくれるというのだから……。本当にもう、感謝しすぎて涙が出るわ」


「クソみてーに良い顔してんぜ、親父」


「ふはははは。息子よ、お前も似たようなものだぞ」


 ゲラゲラと下品な大声で笑う親子はこの時、何者かが静かに室内へ侵入したことに気付かなかった。魔力を登録した者でしか開錠できない扉の奥にあるこの部屋に、自分たち以外の誰かが入って来られるなど考えてもいない。



「でもよぉ。俺は早く双子を滅茶苦茶にしてやりたい」


「たったふた月の辛抱だ。そうすれば金貨五万枚も、あの女エルフも双子も全て儂らのモノ」


「くぅぅ。やっとだ! 俺がガキの頃から毎日眺めていたアイツらをやっと犯せる!!」


 

「どうせこんなことだろうって思ったよ」


「っ!?」

「だ、誰だ!!」


 部屋の暗がりから声が聞こえて、奴隷商人とその息子がそちらを見る。


「最低だな、お前ら」


 武器も持たず軽装な黒髪の男が立っていた。


「お前、何者だ? どうやってここに入った?」


「お、親父。俺、こいつを知ってる! 勇者パーティーのひとりだ!!」


「なんだと!?」


 慌てた奴隷商人が机の上に置かれていた短剣を手に取る。

 しかし息子の方は落ち着いていた。


「大丈夫だ。勇者の仲間って言っても、こいつはただの荷物持ち。しかも先日、勇者パーティーを追い出されたらしい。荷物持ちとしても使えない存在。つまりこいつは弱い。雑魚なんだよ!」


 入れないはずの部屋に収納魔法の応用で侵入してきたのはケイトだった。


 彼はフリーダから奴隷商人の特徴や拠点としている街の名前を聞き、この街にやって来て奴隷商人を探していた。街に何百と言う千里眼を設置して探した結果、数時間で奴隷商人の姿を捉えた。


 姿さえ見てしまえば、あとは収納魔法で転移するための取り出し口を設定するだけ。奴隷商人がどこに行こうと、ケイトは一瞬でその場に移動ができるようになる。


 そうして勇者パーティーの荷物持ちだった男が、この場所にやって来た。



「なるほど。ここに入った方法が気になるが……。それは自分で話してもらうとしよう!」


 隠し持っていた隷属の首輪を手にした奴隷商人がケイトに襲い掛かった。どんな魔法や装備を持っていようが、一度この魔具を付けてしまえば主人である奴隷商人の命令には逆らえなくなるのだ。


 隷属の首輪は対象の首の付近に押し付けるだけで瞬時に装着されてしまう。当てることさえできれば、どんな強者が相手でも勝ちが決定する。


 その魔具が──



「な、なに!? 儂の、儂の腕がっ!!!」


 奴隷商人の腕と共に消滅した。

 ケイトが収納魔法で異空間にしまったのだ。


「切断もできる。でもそれだと大した反省もせずに出血死しちゃうだろ? 俺はお前らと違って弱者をいたぶる趣味はないけど、過去の行いを最大限に後悔しながら死んでほしいんだ」


 収納された奴隷商人の腕の付け根からは血が出ていなかった。腕を切り取って異空間に入れたのではなく、状態。


「なんなんだ!? 親父!! くっ、くそがっ!!」


 親が攻撃されたことだけは理解した息子は、奴隷商人が隷属の首輪を取り出す際に落とした短剣を拾ってそれをケイトに投げつけた。


 短剣がケイトの顔に向かって飛んでいく。

 彼に当たる直前で短剣が異空間に飲み込まれた。


 そして奴隷商人の息子の背後に現れた収納魔法の取り出し口から、短剣が高速で放り出される。


「い゛っ!? いでぇぇええ!!」


 短剣が息子の足の腱を切り裂いた。


 痛みはないが突如腕を失ったことに狼狽する奴隷商人と、腱を斬られて痛みで蹲る息子。そんなふたりの首に彼らが馴染みの魔具が当てられる。



「はい、こちらをご注目ください」


 部屋の外を走っていたネズミを収納魔法で捕まえ、それを掲げるケイト。


「たった今から、です」


 ハッとして首に無事な方の手を当てる奴隷商人。

 彼と息子の首には隷属の首輪がつけられていた。


「ま、まさか、お前」

「やめろ。よせ、それはダメだ!」


「お前が言ったんじゃないか。『またやりてえなぁ』って」


 ケイトが部屋の扉を開け、ネズミを放した。

 外に向かってネズミが逃げていく。


「待て! まつのだ!!」

「や、やべぇ、足が。は、走れねぇ」


 急に片腕がなくなったことでうまくバランスが取れず、ふらつきながらも逃げたネズミを追う奴隷商人。その息子も腱の斬られた足を引きずりながら必死の形相で部屋を出ていった。



「……なぁ。これのどこが愉快なんだ?」


 ひとり部屋に残ったケイト。


 彼はしばらく奴隷商人たちの姿を冷たい目で見ていたが、地下下水道へネズミが入り込んだのを確認して部屋を後にした。

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