第33話 盗賊団の獲物


 ファンメルという街から少し離れた所にある小さな町。かつてここは立派な居城を持つ伯爵が治めていた町のひとつだった。


 その町は現在、盗賊団に占拠されていた。町の周囲には防壁が築かれ、要塞と化している。ここ以外にも元伯爵領にはいくつかの村や町があったが、それらのほとんどがここと同じように盗賊団の要塞になっている。


 国の騎士たちが盗賊団を討伐に来ても、ひとつの砦を攻めているうちに別の砦から盗賊団が出てきて背後から襲われる。国が想定していたより盗賊団は規模が大きく、また各個人も強かったのだ。何度か敗戦を繰り返すうちに、国が盗賊団の討伐を諦めてしまった。


 元は山中にアジトを構えていた盗賊団だったが、町や村を要塞化することで着実にその勢力を伸ばしていた。安定した住処を得られるという噂を聞きつけたゴロツキたちが国内外から集まって来てしまうのだ。


 そうして戦力を高めている盗賊団の統領の元に吉報が届いた。


「お頭ぁ! ついにあの城、売れたみたいですぜ!!」


「……ほう。売れたのか」


 左目に傷がある大男が部下からの報告を聞きニタリと笑った。


「それで、例の城を買ったっていう馬鹿は、どこのどいつだ? 騎士団を持って己の戦力を過信した公爵か? それともAランク冒険者が率いるクランか?」


 ここクノールという国は、侯爵以上であれば騎士団を所持できる。伯爵や子爵が持つことを許されている私兵団とは規模も戦力も大きく変わる。しかし国の騎士団を何度も退けてきた盗賊団にとって、それは大した問題ではなかった。騎士団に守られた公爵が城で住むようになっても、防衛魔法さえ消えれば攻め落とすことはできると考えていたのだ。騎士団に守られていれば、費用がかさむ防衛魔法などかけ続けるわけがないと予測もできる。


 Aランク冒険者がいくつかのパーティーを率いたクランという集団でも、クランハウスとして城を購入することは可能だろう。Aランク冒険者は個人で竜を倒せる超人だ。竜と一口に言っても下位のレッサードラゴンから上位の属性竜まで千差万別だが、個人でレッサードラゴンを倒せるだけでも十分人外の強さを持つと言える。


「まぁ、Aランク冒険者のクランが来ても俺たちは負けねーけどな」


「お頭を含め、うちには十人の元Aランク冒険者がいますからね」


 盗賊団の頭領と、この付近に点在するそれぞれの砦を仕切っているのは全員が元Aランク冒険者だった。


 かつて高ランク冒険者として名をはせた者たちが何人も盗賊になっていたのだ。彼らは魔物の素材を闇取引したり、法で禁止されている薬品を秘密裏に売買していたことが冒険者ギルドにバレてギルドを永久追放された者たちだった。中には投獄されたが自力で脱獄し、ここにやって来た者もいる。



 隠密行動に長けた頭領の側近が、隠れて偵察してきた結果を報告する。


「あの城を買ったのは人族の若い男と女エルフです」


「貴族じゃねーのか?」


「えぇ。男の方は良く知らないが、貴族っぽい恰好じゃなかった。そんで女エルフはフリーダって奴だった。巷じゃ名の通った商人です」


「金を稼いだ商人のお嬢さんが、男と暮らすために城をプレゼントした感じか」


「泣けますねぇ。健気で。そんな城を──」


「俺たちがもらうんだがな」


 ガハハと汚く笑う頭領。

 彼の周囲にいた盗賊たちもゲラゲラと笑い出す。


「ただの商人ごときが防衛魔法をかけ続けられるわけがねぇ。いつかは消えるはず」


「あれさえなければ城への侵入は容易ですからね。中に入れちまえばこっちのもんだ」


「ちなみに今もまだ防衛魔法はあるのか?」


「そうですね。まだ魔法の解除はされてないっぽいっす。俺が見たのは、王都の商人ギルドの奴らと例の男、それからフリーダが城の中に入って行くところでした。内部の最終確認ってところかと。ただ、城が売れたのは確かです。商人ギルドに潜入させてる俺の部下からの情報なんで」


 各地にスパイを送り込み、騎士団による襲撃があることなどの情報を事前に得ていたからこそ、この盗賊団は討伐されることなく、ここまで勢力を伸ばし続けてきたのだ。


 戦闘能力が高く、更に情報戦にも長けた盗賊団が次の獲物として狙ったのは、ケイトとフリーダが金貨三万枚で購入した城だった。


「引き続き偵察を任せる。防衛魔法が消えたらすぐに攻め込むぞ」


「りょーかいっす!」


 盗賊の頭領が立ち上がり、窓から外を眺める。

 夕日に照らされた荘厳な城が遠方に確認できた。



 ──***──


 それから三日後。


「お、お頭ぁぁぁあ!」


「なんだ朝から。何があった?」


 早朝、偵察役の部下が慌ただしく頭領の私室に飛び込んできた。


「たっ、大変なんです!! なな、なくなっちまった!」


「なくなったって……。何がだよ」


「あの城が」


「は?」


「城が! なくなっちまったんです!!」


「お前、気は確かか? 城が消えるわけないだろう」


 馬鹿なことを言い出した部下の目を覚ますために、カーテンを開けて外が見えるようにする。


 力を持つ者の象徴である城と言う建造物。盗賊団として力を付けてきた頭領には、いつか城を拠点にしたいという願望があった。もう間もなくそれが叶うはずだった。


 近々、自らのモノになるはずだった城。

 窓の外を見れば、いつもそこに見えていた城が──



「……あ、あれ? 俺の城は?」


 跡形もなく消え去っていた。

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