第50話 収納魔法の放出速度


「マジか……。これ、意味なかったのか」


 天井付近に設置していた収納魔法を解除する。


「カーブして放出できれば良かったんだけどね」


 シルフの言う通りかもしれない。カーブした軌跡で放出できるなら、高速で収納と放出を繰り返せば遠心分離もできたはず。でも残念ながら、俺の収納魔法はまっすぐにしか放出ができない。


「そんなに気を落とすな、ケイト。千寿草の成分分離は私とシルフが魔法で何とかしてやるから」


「うん! 私たちに任せて!!」


「フリーダ、シルフ……。ありがと」


 ふたりがいてくれてよかった。俺は収納魔法しか使えないから、収納魔法で分離ができないとなると打つ手がなくなってしまう。ちなみに千寿草の成分を分離させるには、手作業では絶対に不可能らしい。千寿草を煮詰めた液体を瓶に入れて、その瓶に紐を結んでぶん回したとしても分離はできないんだ。人の腕力で出せる速度ではかけられる加速度が全然足りないらしい。


 俺は役立たずだったから、あとはフリーダたちにお願いすることした。


「取り合えずこれ、さっきまで回してたやつ」


 異空間から瓶を取り出し、フリーダに渡す。


「よし、それじゃ後は任せろ──って、え?」

「フリーダ。これって、もしかして……」


 俺が彼女らに渡した瓶には緑色の液体が入っている。ふたりがその瓶を凝視していたので俺も良く見てみると、底の方には少量の青色の綺麗な液体が見えた。


「あれ? もしかして分離できてる?」


 緑色をした千寿草という筋が多い植物。これをただ適当に切ったり蒸したりしても、青色の液体なんて出てこない。筋に沿って千本に割き、煮詰めて遠心分離した時にはじめて青色の液体が手に入るんだ。


 人を蘇生するのに必要なエリクサーの量が小瓶一本分だ。その小瓶一本分のエリクサーをつくるためには千寿草千枚分の青い液体が要る。


「なんで? ケイトの魔法って、まっすぐ飛ばしてただけなんじゃないの? なんで分離できてるの?」


「お、俺に聞かれても」


 俺だって意味が分からないよ。だって俺、さっきまではこれでできるだろうって思ってたくらいだもん。


 石とかを紐で結んでぶん回すと、遠心力って力が働いて普通に投げるより早く遠くに飛ばしたりすることができるってのは知ってる。千寿草の分離は、その遠心力って力を使ってるんだってことはなんとなく理解していた。その程度の知識でやってたんだ。


 遠心力がかかってなかった俺の収納魔法で、なんで分離が出来ちゃってるのかなんて俺が分かるわけない。


「……おそらく、ケイトの収納魔法の放出速度が速すぎるのが原因だ」


「どういうこと?」


「それほど大きな力を使わずとも、強い加速度をかけ続けられることが遠心分離の利点だ。直線的にモノを投げて加速度を発生させるより、円運動の方が必要になる速度は遅くなる」


 いまいち分からないけど、フリーダがそうだって言うのならそういうもんなのだろう。


「簡単に言うと、ケイトの収納魔法はありえないほど高速で直線的に瓶を飛ばし続けることで、遠心分離と同じ効果をもたらしたってことだよ」


「なるほど! つまりケイトの魔法が凄いってことだね!!」


「「「パパすごーい!」」」

「さすがミィのご主人様にゃ」

「凄いですね、ケイトさん」


 そばにいた子どもたちも千寿草を割く手を止めて俺を褒めてくれる。ちょっと嬉しい。分離の作業では役立たずになっちゃうかと思って凹んだが、何とかなりそうで良かった。


「分離は俺の魔法が使えるって分かったから──」


 俺たちの頭上に収納魔法の取り出し口をいくつか設定した。円形にする意味が無いって分かったから、放出側と収納側を向かい合わせて少し距離をあけている。こうすることで無限に加速度をかけ続けられる。


 テルーとミィが煮詰めてくれた千寿草が入っている瓶は既に十個できていた。それらを頭上に設置した取り出し口に放り投げる。十個の瓶はそれぞれの場所で、高速移動を開始した。


「すぐに対応しちゃう君はさすがだよ」


「ふふっ、ありがと」


「というかあれだな。城を収納したのを見たときから薄々感づいてはいたが、ケイトの魔力量って尋常じゃないよな」


「そう?」


「収納魔法も凄いが、これほど万能な魔法を無尽蔵に使いこなしてしまう君の魔力量が私は信じられない」


 確かに俺は昔から魔力切れを起こしたことがない。使える魔法が収納魔法だけだから、膨大な魔力量を持っていたとしても広範囲殲滅魔法とか使えない。それを悔いた経験なら数えきれないほどある。でも今は収納魔法が使えて良かったって思っている。



「なんにせよ分離作業は何とかなった。次の工程も進めていこうか」


「そうだな」

「次は聖水を使う作業だね!」


 自慢げなシルフの横に、綺麗な液体がぷかぷかと浮かんでいた。

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