第35話 酒場のリリー


 ケイトが新たな拠点として城を手に入れた頃。


「この街に来るのは久しぶりだな」

「いつ来てもここは賑やかね」


 ルークスたち勇者一行は、とある人族の街を訪れていた。


「最後に来たのは、えっと。ケイトさんをパーティーから追放する前で」


 途中まで言いかけて、聖女セリシアがハッとする。彼女が後ろを振り返ると、暗い顔をしたアドルフがいた。


「り、リリーちゃん……」


 屈強な戦士であるアドルフが今にも泣きそうになっていた。彼はこの街にある酒場で働くリリーと言う女性に秘かに恋心を抱いていた。秘かにと言っても、ルークスたちパーティーの全員はそのことに気付いている。


「せっかく来たんだし、いつもの酒場に行ってみる?」


 レイラがパーティーの全員に向けて尋ねる。ルークスとセリシアは、それがアドルフに向けた意思確認と言うことを理解していた。


 戦士アドルフが好いていたリリーは、ケイトと男女の関係になったかもしれない。ケイトをパーティーから追い出そうとしたときに彼が口を滑らせたのだ。


 アドルフがリリーを好きだということはケイトも知っていた。それにアドルフと仲の良かったケイトが、リリーを寝取るようなことをするはずがない。全員がそう信じたかったのだが、ケイト自らが『リリーと寝た』と言い放ったのだ。


 しかも彼はそのことを、パーティーを追放宣言された時に話した。とても冗談で言っていたようには思えない。


 本当にそうなのか。

 本人リリーに確認すべきか。


 確認するとしても、なんて聞けば良いのだろう。


 あれこれ思考を巡らせるアドルフだったが、もともと深く考えることはあまりしない彼には悪い結果のみがどんどん予想されてしまう。


「お、俺は行か」


「よし。いつものとこ行こうぜ!」


「え」


 アドルフの言葉を遮るようにルークスが酒場に行くと言い出した。狼狽えるアドルフの肩に手を回してその耳元で語りかける。


「俺たちはいつ死ぬか分からない旅をしてるんだ。またこの街来れる保証なんてない。だからよ、本当に会っておかなくていいのか?」


「……そう、だな。うん、そうしよう」


 こうしてアドルフ含めた全員で、彼らが良く通っていた酒場に向かうことになった。



 ──***──


「アドルフさん!! お久しぶりです。また来てくれたんですね!」


 ルークスたちが酒場に入ると、金髪ポニーテールの女性が笑顔で駆け寄ってきた。酒場に入ったのはルークスが先頭で、周りにはレイラやセリシアもいる。それなのにリリーはアドルフだけに声をかけた。まるで彼しか見えていないかのように。


 ちなみにこれはいつものこと。

 どう考えてもリリーはアドルフに気がある。


 つまりふたりは両想いだ。このことをアドルフ以外のパーティー全員が気づいていた。もちろんこの場にはいないケイトも。



「リリーちゃん、久しぶりだね」


「最近全然来てくれないから、寂しかったんですよ?」


「う゛、ご、ゴメン」


「今回は何日くらいこの街に滞在するんですか? 一週間? それとも一か月? なんなら一年くらい滞在しませんか? もちろん、毎日うちで食事してくださいね! サービスしますから」


「えと……。滞在期間は」


 アドルフがルークスの顔を見る。


「今回は長くて三日だな。鍛冶屋のおっさんに修理を頼んでいた装備を回収したら出発だ」


「三日ですか……。あっ! ルークスさんたちも、お久しぶりです」


 ルークスが会話に参加して、ようやくリリーは彼を認識した。



「恋は盲目と言いますが……」

「私たちのこと完全に認識していなかったわね」


 アドルフたちから少し離れた所でレイラとセリシアが小声で会話する。


「どう考えてもリリーはアドルフのことが大好きじゃん」


「えぇ。間違いないでしょう。とするとケイトさんは」


「……あのバカ。ほんとに何してんのよ」


 幼馴染が仲間の想い人を寝取った疑惑に対してレイラが青筋を立てる。


「お、落ち着いてください。ケイトさんはたぶん、そんなことする人じゃない──と思います」


 魔王軍四天王のヴァラクザードを倒す前の頃だったら、セリシアは『ケイトさんはそんなことする人じゃないです』と言い切っただろう。しかし彼が聖水を勝手にルークスに飲ませていたと知り、セリシアはケイトを完全には信頼できなくなっていた。


「ふぅ。まあいいわ。どうせだから今日、はっきりさせちゃいましょ」


 レイラ無性にイライラしていた。それはケイトが仲間の恋路を邪魔したことが気になっているだけではないのだが、彼女はなぜ自分の心がこんなにモヤモヤしているのか理解できなかった。



 リリーに案内され、勇者一行が席に着く。


「それでは、ご注文が決まったらお知らせください。アドルフさんはで良いですよね?」


「あぁ。いつも悪いな。頼むよ」

「はい!」


 スキップするような軽い足取りでリリーが厨房に向かう。ちなみに『いつもの』とは、リリーお手製の『アドルフスペシャル』のこと。勇者たちがこの酒場にはじめて来た時から、何故かリリーはアドルフだけに手料理を振舞っていた。


 彼女曰く『身体がおっきくてたくさん食べてくれそうだから、サービスです』とのこと。


 身体はでかいが心優しくおとなしいアドルフは、この酒場に何度か通ううちにリリーの料理と彼女の笑顔の虜になった。もともと厳つい見た目のせいで女性から優しくしてもらえる機会が乏しかった彼にとって、リリーの『胃袋掴んじゃえ作戦』は見事にはまったのだ。



「アドルフ」

「うん。わかってる」


 料理を運んでくるリリーが見えた。


「お待たせしましたー」


 大人の男三人でなんとか食べられそうな量の料理がアドルフの前に置かれる。これを彼はいつもひとりで平らげる。


「おかわりもご遠慮なく。いつもみたいに感想もお願いしまーす」


「あ、あの! リリーさん!!」


 緊張で声が大きくなってしまったアドルフ。

 彼の雰囲気がいつもと違うせいで、リリーにも緊張が走る。

 

「は、はい。なんでしょう?」


「こんなこと女性に聞くのはおかしいかもしれないんだけど……。ゴメン。どうしても気になって」


「私のスリーサイズですか? 最近測ってないので、どうしても知りたいならアドルフさん。測ってくれます?」


「えっ。い、いや、違う!」


「なーんだ。違うんですか」


 このやり取りを見て、リリーはアドルフとになるのもやぶさかではないのだとルークスたちは知る。もっともこうしたやり取りはココに来る度に行われているので、アドルフ以外はとっくにリリーの気持ちに気付いていた。



 意を決してアドルフがリリーに問いかける。


「き、君がケイトと、その……。ねね、寝たって聞いたんだが」


「えっ!? も、もしかしてケイトさん、あの事を──」


 顔を真っ赤にするリリーを見て、アドルフは絶望した。

 少ししてリリーが口を開く。


「あれは、アドルフさんだって悪いんですからね?」


「俺が?」


「そうですよ。皆さんがこの街を襲った魔物の群れを倒してくださったお礼の宴会の時、お酒が足りなくなったから私が地下に取りに行ったんです。ケイトさんが私を手伝ってくれたんですが──」


「そ、その時にケイトと!?」


「なにもしてませんってば! 私とケイトさんが酒蔵からお酒を回収して外に出ようとしたら、扉が開きませんでした。扉の前で、アドルフさんが寝ちゃってたんです」


「えっ」


「あー。そういやケイトとアドルフはあの時」

「途中からいなくなったわね」


「私は慣れないお酒の匂いで潰れちゃってましたのであまり覚えていませんが、翌朝地下室の前で眠るアドルフさんをケイトさんが何度も蹴っていたことは覚えています」


 当時のケイトは既に収納魔法で転移が使えたが、一般人であるリリーにそれを見せるのは良くない気がしてアドルフが扉の前から退くまで待った。しかし結局、アドルフは朝になるまで酒蔵の扉を背に眠った。


 だいぶ酒が回っていたこともあり、ケイトは早々に脱出を諦めて酒蔵の中でリリーとともに一晩を過ごしたのだ。


 ケイトとリリーは酒蔵の中で確かに寝た。

 深い意味はなく、本当に寝ただけ。


 

「あれ? そういえば、ケイトさんは?」


 彼がこのパーティーの一員でなくなったことを知らないリリー。


 彼女は『ふたりで一晩一緒にいたことは、絶対にアドルフさんに教えないでください』と約束したケイトにひとこと文句を言ってやろうと思っていた。

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