第14話 覗きの代償


「エリクサーは持っていない。世界樹の葉も」


「そうか……。まぁ、そうだろうな」


 エルフ族全員がエリクサーを持っているとは思ていなかった。だが商人であるフリーダならワンチャンあるかも、って考えていたんだ。俺の期待は残念ながら外れた。


「私は持っていないが、ケイトがエリクサーを入手できるよう可能な限り協力してやる」


「ほ、本当か!?」


「あぁ。未来の仲間のためだ。そのくらいはするさ」


 あれ? フリーダさんの中では俺が仲間になるのって確定事項なのかな? 前提条件に魔王討伐って言う、クッソ高い障壁があるんですが……。


「エリクサーのことは後で話し合おう。少し脱線したが、君がを欺いて私の家の敷地に侵入した方法を教えてくれ」


 フリーダが机の上に手のひらサイズの水晶を置いた。その水晶には銀でできたツタのようなものが装飾されていた。


「これは……。隠匿魔法を発動させる魔具だな?」


「そうだ。この地から溢れる魔素を吸い上げ、魔力を登録した私以外の存在からこの家を隠す魔法を発動し続ける魔具だ」


 それって、めっちゃレアな奴じゃない?


 この魔具に関して色々聞きたいが、また話が脱線しそうだ。彼女に話を聞くより、今はまず俺がどうやってここに来たのかを答えるべきだろう。


「まず俺がどうやってここに来たがだけど、移動して来た」


 フリーダの目の前に収納魔法の取り出し口をふたつ設置する。そのふたつの取り出し口を接続し、片方に手を突っ込んだ。


「な、なんだこれは!? いったい、どうなっている?」


 彼女の目の前に現れたお皿サイズの取り出し口。ふたつの取り出し口は人の肩幅くらいの距離が離れている。片方の取り出し口に入れている俺の手は、何もない空間の先にあるもう一方の取り出し口から飛び出ていた。


「収納魔法って結構レアな魔法だろ? 俺はそんな中でも、なんだ」


「……収納先である異空間で、取り出し口を重ねるようにしているんだな」


 驚いてはいるが、フリーダは俺の魔法を冷静に分析していた。


「そう! これを利用して俺は任意の場所に一瞬で転移ができるんだ」


「なるほど。移動方法は理解した。なぜ君がそんなことができるようになったかも気になるところだが、その前に別の質問に答えてもらいたい」


 あ、これ、一番マズい質問がきそうだ。

 なんとなくそんな気がした。


「どうやってこの魔具を欺いた? どうやってこの場所を知ったんだ?」


「それは……」


 やっぱり気になりますよねー。


 おそらく、というかほぼ確実にフリーダに怒られるけど、全て隠さずに答えるって決めたじゃないか。説明して、彼女に謝らなければいけない。


「今見せた転移を更に応用するんだ。異空間に設定したふたつの取り出し口を限りなく近づけていくと、こうなる」


 フリーダの目の前に一方の取り出し口を移動させ、もう一方を彼女の背後に移動させた。異空間に設置した取り出し口の方はギリギリまで近づけている。


「私の、後ろ姿?」


 前方の取り出し口から中を覗いた彼女の目には、自身の後ろ姿が見えている。


 確認のためだろう。フリーダが振り返って後ろの取り出し口を見た。彼女には、これまた身体の前に設置した取り出し口から自分の後ろ姿が見えたはず。


「千里眼って俺は呼称している。どれだけ距離が離れようが、一度取り出し口を設定した人、モノ、場所の現状を、俺はいつでも見ることができる」


「えっ、そ、それって──」


「さっき俺は勇者一行の居場所を知らないと言った。すまん、あれは嘘だ」


 定期的にみんなの安全をチェックしている俺は、彼らがどこにいるのかを把握していた。


「……もしかして、私に取り出し口を設定したということか?」


「うん。俺はいつかエルフの国サンクトゥスに来たいと考えていた。だからフリーダ、エルフである君を利用させてもらった。君からアイテムを購入した時、こっそり取り出し口を設定させてもらったんだ。その後、君が世界樹の見えるこの場所に来た時、俺はここにも取り出し口を設定した。今日はそれを利用してここに来た」


 一気に全て話してしまった。

 フリーダの反応を見る。


「ということはケイト。君は私のことを随時監視していたわけだな?」


「ず、ずっとってわけじゃない! その……。た、たまに」


「ちなみにこの千里眼は、音は聞けるのか?」


「聞けない。見るだけだ」


「場所はどうやって把握している? 収納魔法を展開した時、目視しなくてもその方角や距離が分かるのか?」


「それも無理だ。千里眼は見ることしかできない」


 矢継ぎ早に質問される。

 考えることもせずに、正直に答えた。


「ふーん。ならば君は、定期的に私を覗いていたと」


 何か悪いことを思いついたような顔のフリーダ。

 俺は何故か嫌な予感がした。


「音も聞こえず、方角や距離も分からないということは、私がどんな状況にあるかもわからぬままに君は千里眼を使っていた。違うか?」


「ち、違わない、です」


「ってことはだよ。ケイトは私の着替えを見たことがあるね? 私が沐浴している時、あられもない姿でいる様子を千里眼で覗いたことがあるはずだ」


 全て言い当てられた。事前の質問は、俺に言い逃れさせないため布石だったようだ。


 ちょっと気になるのは、フリーダが勝ち誇った顔をしているということ。自分の着替えや入浴シーンを見られたと知ったら、赤面したり、怒りで俺を殴ってきたりするもんだと思っていた。


 でもなんか様子がおかしい。


「私の全裸を見たことがあるね? どうなんだ?」


「……あります」


「どうだった?」


「えっ」


「私の裸を見た感想を聞いているんだ。どう思った?」


 机に身を乗り出してフリーダが尋ねてくる。

 その圧が強くて、本心を打ち明ける。


「凄く綺麗だった。美しすぎて見惚れてた」


「そうか! それは良かった」


 フリーダが勢いよく立ち上がり、椅子に座ったままの俺の隣まで歩きてきた。そして俺の肩に手を置く。


「実はな。エルフ族の女には、異種族の男に裸を見られたらその者と婚礼を挙げねばならんと言うしきたりがある」


「それは嘘だろ。俺にはお前以外にもエルフ族の知り合いが何人もいるが、そんな話は聞いたことがない」


「……チッ」


 チッっていった!? 

 ねぇ今、フリーダさん舌打ちしたよね?


「じゃあ、私の一族には先ほど言ったしきたりがあるってことにする」


「じゃあ、ってなんだよ!? しきたりがあるってことにするってなんだよ!」


「うるさいなぁ。ケイト、君は文句を言える立場にあると思っているのか?」


「え」


「私の入浴を覗いていたんだろ? 私の裸を見たんだろ? それを悪いことだと認識していたんだろう?」


「えっ、あ……。は、はい」


「だったら文句を言うな」


 フリーダが俺の背後から身体の前に手を絡ませてくる。その手がスーっと下まで降りていく。彼女の顔が俺の顔の真横に来た。


 俺の耳元で、美しい女エルフが語り掛けてくる。



「ケイト、君は私のモノになるんだよ。私の裸を覗いた罪でね」

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