第13話 女商人の望み


「聖剣を売ってパーティーを追放されたという事情は理解した。いや、あまりにも馬鹿げていて、理解したくはなかったが……。では次は、君がどうやってここに入ったのかを聞かせてもらおうか」


 フリーダの目つきが少し険しくなる。

 彼女にとってこの家は絶対に守りたい場所だった。


 フリーダとルークスたちが今後も良好な関係を維持できるよう、ケイトは全てを隠さずに話すことにした。


「まず、俺が収納魔法を使えるってことは知ってるよな?」


「あぁ。非常に便利な魔法だ。商人としては喉から手が出るほど欲しい。だから私は君に『仲間にならないか』としつこく勧誘し続けた」


 どんなサイズのモノでも収納でき、入れたモノの重さは感じなくなる。そんな高性能な収納魔法は、世界を旅してきたフリーダでも見たことがなかった。また収納袋は盗賊などに奪われる可能性があるが、魔法であれば奪われることがない。盗賊に襲われても身に着けていたものを奪われるだけで、大事な商品は守ることができるのだ。


 ケイトの存在を知れば、世界中の商人が彼を欲するような存在だった。ちなみにケイトが収納魔法が使えると知っているのはルークスたち勇者一行とフリーダ、それから旅の途中でケイトが救った獣人の国の姫だけだった。


「ないとは思うが、一応聞いておくぞ。もしかして私の仲間になる気になったからここに来たのか? そ、そうであれば、その、私としては非常に嬉しいのだが」


 何度誘ってもケイトに断られ続けたフリーダ。どうしても彼の力が欲しくて『仲間になってくれるなら、この身体を好きにして良い』という提案までしたほどだ。


 彼女はいろんな国を巡って商売をしてきたが、その国々で王族や貴族から求婚されたことがあった。街を歩いていてナンパされたことも数えきれない。フリーダは自身が人族の基準でもモテると知っていた。


 また商品の値引き交渉の際、たまにケイトの視線が胸に落ちるのをフリーダは把握していた。彼女は自分の身体に、ケイトが興味ないわけではないと知っていたのだ。


 自らの身体すらも交渉材料にしてケイトを手に入れようとしたフリーダだったが、彼が首を縦に振ることはなかった。


 そんなケイトが自分の家に来た。ありえないとは分かっているものの、心のどこかで『そうであったら良いな』と思ってしまう。


「申し訳ないけど俺は、フリーダの仲間にはなれないよ」


 本当のことを言うと、ケイトもひとりでいるのは寂しかった。できれば勇者パーティーを陰から支える仲間が欲しいと思っていた。しかし彼が歩むのは非常に険しい道だ。これから何度も魔王軍の幹部たちと戦わなければいけない。そんな危険な旅に、かつて世話になったフリーダを巻き込みたくなかったのだ。


「そ、そうか……。でも私は諦めないからな。いつでもいい。君の気持が変わったら、私の仲間になってくれ。いつまででも私は待っているから」


 その言葉を聞き、ケイトの心がほんの少し揺れ動いた。


 何年、何十年かかるか分からないが、もし魔王を討伐することができたら。世界を平和にすることができたら、フリーダと共に世界を旅しながら商売をするというのも悪くはないと思ってしまった。


 エルフの寿命は長い。きっとケイトの寿命が尽きる頃になっても、フリーダの容姿は今と変わらないほどだろう。ケイトは若く美しい姿の彼女の隣で、馬車の御者台に座る老いた自身の姿を妄想した。


「あー。なんかそう言うのも悪くないな」


「えっ?」


「もしルークスたちが魔王を倒して世界が平和になったら、フリーダと一緒に世界を股にかけて商売するのもありかなって思ったんだよ」


「ほ、本当か!? よし! それじゃ今すぐ魔王を倒しに行こう!!」


「馬鹿か! 無理に決まってんだろ。俺たち、魔王軍の四天王相手でもかなり苦戦したんだから」


「そう、なのか? ……だったら、勇者たちを強くするしかないな」


「うん。そのつもりで俺はこの国に来た」


 ケイトの言葉を聞いて、フリーダが思考を巡らせる。そして一瞬でその答えを導き出した。


「なるほど。エリクサーだな。もしくは世界樹の葉か」


「正解! 話が早くて助かるよ」


「私がアイテムを売っていた時には既に、勇者たちの装備はそれなりのモノだった。この国では特殊機能の付いた魔具なら手に入れられるが、神託を受けた勇者が必要とするようなものはあまりない。そもそもこの国で購入できるアイテムは私が全て売った。今後、彼らが必要とするのは回復の力。万能薬エリクサーだろう?」


「そう言うこと。というわけでフリーダ。エリクサーって、持ってない?」

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