第7話 妖精(デバイス)のラズベリー


 素敵狛さんの話によると、デバイスとして覚醒した僕には敵の出現を予期する力が備わっているらしい。あの日、あの夜、禿げ散らかした鳥のバケモノと遭遇したのは所謂不運だったと。

 僕にしてみれば、幸運だったのかも知れないが。


 荷物を運び終えるとすんなり僕を解放した素敵狛さんと連絡先を交換する。妹以外の女の子の番号とメアドを登録することになるとは思ってもいなかった。いや、よくよく考えると、男友達も入ってないな。軽いわけだ、このスマホ。


 素敵狛さん家から僕の家まではそこそこの距離がある。陽もだいぶ落ちてきた。茶子もそろそろ帰って来るだろうし、少し急いで帰るか。と、競歩気味に歩くこと数分、僕の耳元で女の子が囁いた。


「なのよ」

「うわぁっ!?」


 なんだいきなり!? 何て言った? え、なのよ?

 慌てて辺りを見回すが、ヒトの気配は感じられない。それどころか周囲には誰もいない。

 町が一望出来る坂の上で一人挙動不審な動きをしていると、再び僕の鼓膜を女の子の声、——やけに甲高い幼女チックな声が揺らした。


「なのよったら、なのよ。ふーっ」

「アヒャーー!」


 耳に息を吹きかけるものだから、つい声が出てしまった。咄嗟に振り返り声の存在を視界に捉えた。

 サイズ感がおかしい。まさに手のひらサイズの人型の何かが僕の前でパタパタと飛んでいるのだが、これは所謂、妖精に近いと判断する。

 妖精、つまりは、デバイスということになる、のだろうか? やけに落ち着いて分析する自分に驚きながらも、妖精らしきものに声をかけてみる。


「お前、もしかしてデバイスか?」

「のよ!? のよのよ、のよー!!」

「痛っ!」


 蹴られた? いきなり蹴られたんすけど!?

 つま先で鼻先を蹴られたのだが!?

 普通に痛いのだが、何なのだコイツは?


「なのよ! お前如き人間が、否、人間のクズがラズをお前呼ばわりするなんて、千年早いのよ! このデバイス殺しのチンチクリン野郎が、なのよ」


 めちゃくちゃ口悪いよこの妖精さん。ファンタジックな妖精衣装に身を包んだエメラルドグリーンの髪をお団子にした見た目は可愛い妖精は、僕の視界で忙しなく飛び回りながら悪態をつき、近くのポールの上に降り立つ。


「ラズの名前はラズベリーなのよ。ラズはお前に忠告に来たのよ!」

「……忠告?」

「なのよ! お前がラズの仲間、ブルーベリーを食べたのは調査済みなのよ。それをいいことに魔法少女、素敵狛環に近付く輩を、ラズのマスターは許さないのよ!」

「何が言いたいんだよ、結局」

「なのなのよ! 元々三人の魔法少女で月の侵略者を食い止めるつもりだったけれど、お前がブルーベリーを食べたことで計画を変更したのよ! ラズ達は新たな魔法少女たる者を見つけ出したのよ。つまり、お前達は用済み、この件から降りてもらうのよ! そして最後に願いを叶えるのは、ラズのマスターなのよ! なのなのなのよ!」


 あー、五月蝿いやつだなぁ。

 というか、魔法少女が三人、いや、新たな魔法少女を含めて四人いることになるのか。そして僕と素敵狛さんにはこの件を降りろと忠告しているわけだな。それは無理な話だな。


「悪いが、僕は素敵狛さんの願いを叶えるために月の侵略者と戦うぞ。それに、人数は多い方がいいだろう? 最後の敵の前にジャンケンとかで決めればいいじゃないか。負けてやるつもりはないが」

「なのよ!!」

「痛っ、だから蹴るなって!」

「勿論協力はするつもりなのよ! でもお前たちとは協力しないのよ! ブルーベリーを食べたお前がふざけたことを吐かすななのよ!」


 なんて凶暴な妖精なんだ。どうやらこのラズベリーとかいう妖精の独断っぽいが、もういい加減、帰りたいな。茶子が帰って来てしまう。

 と、その時だった。


「あ、お兄ちゃん? どうしたの、こんなところで?」


 茶子? 何故こんなところに?


「私は部活早めに終わったから、友達と夢咲モールでスイーツ食べてたんだよ。こんなところにいるならお兄ちゃんも呼べば良かった。お財布にも優しいしね」


 また食ってたのか妹よ。そのマシュマロは間違いなくスイーツで出来ているな。きっと甘い味がするに違いない。と、妹の立派な双丘を凝視していると、僕の股間に強烈な衝撃がはしる。


「ジロジロ見ないで、このエロお兄ちゃんめが!」


 茶子のつま先が僕の大事な部分にめり込んだ。瞬間、意識を持っていかれそうになりながらもなんとか耐え抜いた僕(喰らい慣れている)は、妖精の存在を思い出し周囲を見回した。が、しかし、あのクソ生意気な妖精の姿はいつの間にか消えていた。


「どうしたの? お兄ちゃん?」

「あ、いや何でもない。帰るか、茶子」

「仕方ないな。ボッチでさびしいお兄ちゃんと帰ってあげる」


 茶子には視えてなかったのか。多分、僕はデバイスと一体化しているから視認出来るのだろうな。

 茶子の機嫌も悪くはない。素敵狛さんが謝っていたと伝えると、別に気にしてないけど、と軽くあしらわれてしまった。


「でも……でも今は私のお兄ちゃんだよね!」

「お、おい茶子? あまりくっつくなよ!?」

「いいじゃない兄妹なんだから仲良く歩こうよ〜、もしかして〜恥ずかしいの〜? 童貞だし仕方ないよね〜? うりうり」

「いやだから当たってるっていうか、包み込まれてるというかだな!?」

「きゃっ、ちょ、ちょちょ、おに、お、この、お兄ちゃんめ! エッチなこと考えてたんじゃないでしょうね!?」

「痛っ!!!!」


 普通の男なら考えるわ!


 今日はよく蹴られる日、だな……

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