第9話 真夜中の夢咲(屋上遊園地)モール 後編


 ————————気配、


 僕が気配を感じたのと同時に、素敵狛さんも勘づいたのだろう、すかさず振り返る。急に身体を半回転させるものだから小ぶりな胸が一瞬遅れるみたいな、何とも言えない感覚を味わった。

 この感覚には慣れが必要だな。少し車酔いに似た症状が……しかしそれを引いてもお釣りが出るくらいに良い香りがするので結局は耐えられる。


〈——-u."—-#〉


 ……人形……というか、マスコット? 的なキャラクター(多分、うさぎ?)が、今にも飛び出しそうな丸い目玉で僕たちを見ている。よく聞き取れなかったが、何か言葉を発している。機械音的な声、ノイズが酷くて何を言っているか理解不能ではあるが。

 夜中に見ると不気味だな。素敵狛さんの心拍数も上昇している。あまりホラーは得意ではないのかも知れない。


〈'.!?'—-_ヨ〉


 うさぎは僕たちにフリーパスらしき腕輪を差し出してきた。素敵狛さんがそれを受け取ると、途端に僕たちの変身が解除され、素敵狛さんは元のパジャマ姿に戻ってしまった。僕はというと、少し身体が怠いがこの前ほどではない。自分で歩けそうだ。


 うさぎは困った素振りを見せ、思い付いたかのように手を叩き、軽快に、とは行かず、ドテドテと歩きプラカードを手に取り、ドヤ顔で振り返った。いやまぁ、さっきと同じ顔だが。


「……楽しんで、逝ってね?」


 いやいや、表記な。

 ツッコミたいがそこは我慢。それより、ふと腕を見るといつの間にかフリーパスが手首に巻きついていた。僕と素敵狛さんはお互いに顔を見合わせては首を傾げた。面白いくらいにシンクロして思わず笑ってしまったが、素敵狛さんは安定の真顔だ。


「と、とりあえず、アトラクションでも楽しむ? うさぎっぽいのも言ってるしさ」

「な、何を呑気なことを……変身まで解除されてしまって、これはいったい」

「僕の予想だと、ここは敵の思い通りに動いてみるべきだと思う。そのうち牙をむくさ」

「何処からその自信が……」


 素敵狛さんは乗り気ではないものの首を縦に振ってくれた。経緯はどうあれ、素敵狛さんと夜の遊園地デートに持ち込めたぜ。

 とはいえ、大型ショッピングモールの屋上遊園地なんて子供用の乗り物ばかりだが。


「……う……」プルプル

「どうしたんだい、素敵狛さん?」

「な、何でもありませんから! し、死んでくださいっ!」


 あー、あれか。お尻がキツくて困っていたのか。僕は知っているぞ、素敵狛さんが中々のお尻でっかちなことを。


「とりあえず、その包丁をおろしてくれないかな、素敵狛さん。あ、ほら、動き出したから」


 素敵狛さんは渋々包丁をしまってくれた。このアトラクションは幼児用の回転アトラクションだ。飛行機の形をした前後二人乗りの乗り物で、僕も幼少期に乗った記憶がないわけでもない。

 それよりも、前座席で圧迫感に堪え震える素敵狛さんが最高であることは当たり前だとして、いよいよ動き出したわけだが、


「なんかアレだな」

「奇遇ですね。タマキも同じこと考えてます」


「「ショボい」」


 かなりシュールな時間を過ごした後、薄汚れたパンダとクマの背中に乗り、到着した先はゴーカートのアトラクション。今度は横二人乗りなので素敵狛さんもゆったり座れてご満悦(と言ってもほぼ無表情で口元が緩む程度だが)である。


「田中くん、競走しますよ」


 なんだかノリノリだな、素敵狛さん。


「望むところだ。勝った方がこのデートの主導権を握るってのはどうかな?」

「いやデートではありません」

「照れてくれるな素敵狛さん。不満があるならこの勝負に勝ってデートを終わらせればいいのさ」

「……なるほどです」


 ……シグナルが赤から青に変わった。瞬間、ゴーカートとは思えない爆音が鳴り響き、超加速でスタートダッシュを決めたのは素敵狛さんだ。


「先手必勝です!」

「あっ、素敵狛さん! 前、まえ!」

「ふん、もう負け惜しみですか? 田中くんも口ほどにもぶごばぁっ!!!!」


 第一コーナーで見事にクラッシュする素敵狛さんを横目に僕は安全運転で曲がりきり、そのまま難なく一周を終えあっさり勝負は決まった。

 まさか素敵狛さんの『ぶごばぁ』ボイスが聞けるなんて思ってもいなかった。


「よし、勝負は僕の勝ちだ。このままデートを続行する。手始めに手でも握ってみる?」

「……」


 めちゃくちゃ怒ってはいるが、それでもルールは守る素敵狛さんは僕の手をまるでボロ雑巾を持つかのように二本の指でつまんだ。

 僕はその手をギュッと握り返してやる。すると小さな肩が跳ね、頬は暗がりでもわかるくらいに紅潮した。とはいえ、このショボい屋上遊園地に残されたアトラクションは小さな観覧車くらいだ。


「あれに乗ってみる?」

「……そう、ですね」


 ゆっくりと回転する観覧車に揺られながら数分、——ちょうど僕たちの位置がてっぺんに差しかかろうって時、僕の脳内センサーが鳴った。


「素敵狛さん、敵が動きそうだ」

「……わかりました」


 時刻は午前零時をさした。そのタイミングで観覧車の動きが止まる。いや、それ以外のアトラクションも全て停止し辺りを照らしていた鈍い電球の光も消えた。見えるのは、赤い点のみ。

 地面から僕たちを見上げるドヤ顔、マスコットのうさぎの赤い眼球のみがゆらゆらと映るだけだ。やはりアレが今回の敵なのだろうか。僕たちを油断させ、観覧車で身動きを封じ、そのまま、


「来ます……田中くん、もう一度変身します!」

「わ、わかった!」


 うさぎが大口を開ける。そして何やらケタケタと笑い声を上げている。距離があるわりに脳内に響く不気味な声を振り払うように、素敵狛さんが声をあげた。「インストール」のかけ声で僕は再び光となり素敵狛さんと一体化した。

 細かく説明をしたいのは山々なのだが、どうやら敵さんは待ってくれそうにない。


 ドン! と口からビームが放たれ、一直線にこちらへ向かってくるのだから、悠長に変身シーンを語るわけにもいかないのだ、まことに不服ながら。

 ギリギリ変身を完了した素敵狛さんが手にした包丁に力を込めると、刀身が素敵狛さんの身の丈を超える大きさに変貌した。持ち手は少し伸びた程度だ。

 それを振り下ろすと観覧車の壁が紙を切ったかのように両断される。

 そこから脱出した素敵狛さんは迫るビームを避けようとはせず、真っ向から包丁で迎えうつ体勢だ。


「ええぇ〜い!」


 かけ声〜!!

 少し緩め、——いや思った以上のズッコケかけ声はそれとして、振り下ろされた包丁は真紅に光る敵のビームを真っ二つに破り粒子に変えた。


「行きます!」


 うおおおわぁぅぇーー!?

 急降下! さてはこのまま敵を両断する気だな、素敵狛さん。ならば、僕も微力ながら手助けをしよう。僕の一部を包丁の刀身に分けて、白い炎をイメージする。


「こ、これは!?」

『僕の一部を刀身に宿らせてみた!』

「そんなことが? ……すごい……でも、この一部って」

「パンティだ!」


「後で憶えててくださいよ……おんっどりゃぁぁぁーー!!!!」


 怒りで更に威力上昇! あまりの速さに反応が遅れたうさぎ野郎をそのまま一刀両断!

 案の定、グログロな血飛沫が上がり奇怪な断末魔を残して敵は地面を舐めた。今回も案外楽勝だった。


「お見事デス! 下級偵察木偶とはいえ、ここまで簡単に屠ってしまわれるとは! 実に興味深い。人間という生き物の可能性というものは。しかし残念なことに、人間は己の欲に正直な生き物だ。それが故、このように」


 なっ!? 痛っ、な、何が起きた?

 視界が回転する!? 金属音と共に僕の視界に広がったのは月の綺麗な夜空と、ノーパンの素敵狛さん、しかも下からアングルだ。

 え、下から? どうしよう、胸から外されてしまったようだ。多分僕は今、地面に落ちている状態なのだが、


「ゔっ……」


 素敵狛さん? す、素敵狛さん!!

 大変だ。素敵狛さんの胸に何かが突き刺さって、


「あぁっ、ぅ……っ……」


 指?


「残念デス。このように、無惨に終わりを迎えなくてはいけないのデスから。これは我々に出来る唯一の救い、そう、慈悲デス!」


 声のする方に意識をやる。見える、長身の男が立っている。顔はよく見えない、しかし、その男の指が素敵狛さんの胸の中心を貫いているのはわかる。


 指はゆっくりと抜ける。

 痙攣を起こす素敵狛さんの胸から、噴き出したのは、真っ赤な、血。


 僕の身体が、魔法少女の衣装が発光を始める。このままだと変身が解除されてしまう。そうなったら、素敵狛さんはどうなる?


 アイツの言う通り、死んでしまうじゃないか!


 何者かは知らないが、そうはさせない! 考えろ、考えろ、僕はデバイスだ、意識を集中しろ、包丁に纏わせた白き炎を僕の本体に移動、そしてその形を帯状に変える。よし、出来た。

 次は変身時のイメージで素敵狛さんに張り付く! 太ももを這うようにのぼり出血する胸に巻き付く。それでも血は止まらないが、ないよりはマシだ。今は変身解除だけは免れないといけない。本能がそう叫んでいる! しかし、


「悪あがきデスか。この、悪魔め。諸共、死ぬがいいのデス!」


 駄目だ。またあの指がくる。

 素敵狛さんの焦点は定まらない。駄目だ、完全に萎縮している。このままだと、殺される。


 再び伸びる指が血を撒きながら迫る。僕が死を意識したその時だった。


 指が、落ちる。


「そこのデバイス! 死ぬ気で彼女を守れ! このデスデス野郎はアタシが狩る!」

『なのよ!』


 お団子頭の妖精と、茶色い短髪の、女?

 そうか、魔法少女、か。


 他にもいる。指が切り落とされ顔を歪めるデス野郎の背後に一人。背丈は素敵狛さんくらいの女の子だ。……あれ、この子、何処かで見た?


「やっと幹部クラスのおでましね? ボコボコのケチョンケチョンにしてやるんだから!」

『なのじゃ!』


 こちらの妖精はなのじゃ妖精か? 何ベリーなんだろうか。暗くてよく見えないが、紫っぽい髪をツインテールにしている、感じかな?

 相棒の女の子とお揃いだな。


「やっちゃうよー! ストロベリーちゃん!」

『うむなのじゃ!』


 なるほど、ストロベリーときたか。

 敵か味方かは知らないが、今は共闘に持ち込むしかないだろうな。なのよ妖精ラズベリーは乗り気ではないのだろうが。これで素敵狛さんを含め三人の魔法少女が揃ったわけか。素敵狛さんは動けそうにないが、生命維持に専念出来るのはありがたい。


「お子ちゃま魔法少女まで来たっての? 足、引っ張るなよ? 行くぜ、ラズ!」

『なのよ! おいお前! 田中! その子を死なせたらぶっ殺す! なのよ! 死ぬ気で守れ、ラズのマスターのために!』


 合点承知、守り切ってやる……僕の生命力を素敵狛さんに流し込んででも!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る