第8話 真夜中の夢咲(屋上遊園地)モール 前編


 深夜二十三時、僕はそっと家を抜け出し素敵狛さんとの待ち合わせ場所へ向かう。タイミング良く茶子も眠っていたので言い訳もせずに済んだ。

 商店街の入り口まで来た僕の視界に、あのパジャマ姿の、——クマさんパジャマ姿の素敵狛さんが映る。切れかけの街灯の下でこちらに振り向いた素敵狛さんは真顔で、それも虫の泣くような声で「待っていました」とだけ溢し背を向け、そのまま歩き始める。彼女との待ち合わせにしては味気ない演出だが、それも悪くない。きっと素敵狛さんは紅潮した頬を僕に見られるのが恥ずかしいだけだ。


 そう、僕のデバイスとしての機能の一つ、月からの侵略者の出現を示唆するアラームが鳴ったのである。実際には、僕の頭の中で鳴った、というのが正しいが。しかしこの報せ、僕以外の妖精デバイスも察知出来ているのだろうか?

 もしそうだとすれば、他の魔法少女と顔を合わせるとこもあり得るのでは? 気になったから素敵狛さんに問いかけてみる。


「タマキが魔法少女になり、一人で戦っていた期間は一年ほどですが、他の魔法少女に出会したことはありませんでした。というより、他にも魔法少女がいることすら初耳です。デバイスさんはあまり話さない大人しい妖精でしたし、タマキも必要以上に話すことはありませんでしたし」


 デバイスさんって、あのラズベリーとかいう妖精が言ってたブルーベリーのことだよな。僕が食べたっていう。もしかして一年も一緒にいて名前も知らなかったりするのかな、素敵狛さん。


「田中くん、場所はどの辺りですか?」

「確か、夢咲モールの屋上遊園地だったと思う」

「……困りましたね。屋上遊園地なんて、この時間にどうやって行けば……」

「魔法少女に変身して空とか飛べないの?」


 いや、そんなに睨まないでって素敵狛さん。他意はない、他意は無いのだ。一意見としてだな、


「……飛べないこともありませんが……」

「恥ずかしがってる場合じゃないよ、素敵狛さん」

「何故そんなに生き生きしてるのですか……」


 歯切れの悪い語尾で頬を染める素敵狛さんが非常に可愛いのは言うまでもないが、ここは敢えて可愛いと言っておこう。さておき、変身して屋上へ向かうのはいいとして、


「素敵狛さん、この前の戦いで思ったのだが、素敵狛さんのモチーフ武器とかってないわけ? 魔法のステッキとか、光の剣とか」

「勿論、ちゃんと持って来ました」


 あ、それ、あの時の包丁ですよね。


「タマキは包丁を使っての近接攻撃を得意としています」

「でも、あの日は包丁使ってなかったよね?」

「変身していないと包丁もあてになりませんから。ですから不得意な飛び道具、簡単な魔法で応戦していたのですが……」

「まんまとやられちゃったわけ、か」

「まさにその通りですが、田中くんに言われると少しばかり腹が立ちます」


 また照れちゃって。愛いやつよの。頬を膨らませる素敵狛さんを一晩中眺めていたいのは山々だが、残念ながら目的地に到着したようだ。

 夜の夢咲モールを見上げていると、素敵狛さんが大きく深呼吸をする。心の準備中、かな?


「すぅ、よし。い、行きましょう中田くん!」

「田中だよ」

「……失礼、田中くん……では、い、いきます。えっと……マジカルアーツ……はつ、どう!」


 キターー! 僕の身体が発光を始める!


「イン……ストール!!!!」


 またこの感覚だ。身体が溶けていく感覚。神々しく輝く素敵狛さんの肢体を取り巻くように僕である光の粒子が舞う。最高の距離感で素敵狛さんのボディラインを全方位から舐めるように拝めるなんて、僕は生まれ変わってもデバイスになりたい!


 さておき、シルエットの髪が伸び始めたのを頃合いに素敵狛さんの身体にダイブ! 一瞬ビクッと身震いしたように思えたが気のせいだろう。

 構わず下着を構築する。肉付きのよい太ももはそのままに、綺麗なお尻はしっかりガード、素材は吸水性の良いものを選択! 何故かは聞くな、言わせるな! そして小ぶりな双丘を申し訳程度に覆いその中心に僕の視界となる宝石をホールド、寄せて寄せて、しっかりホールドした!

 今日は暑いし、お腹周りは大胆に露出、しかしこのままではほぼ下着なので白く発光する半透明のフリフリスカートとリボンを追加だ。

 足元のクロックスは勿論脱ぎ捨て、リボンと化した僕が巻きついてヒールのある女の子らしい靴に変更、更にそのまま膝の少し上までグルグルと巻きつき、短いスカートとニーハイの間の絶対領域を展開! そうだ、これだよ!

 あの夜からずっと妄想していた魔法少女タマキちゃんの真の姿っ!


「田中くんっ!? ちちょ、ちょ、この前より酷くなってますよ!?」

「大丈夫、最高に可愛いぜ素敵狛さんっ!」

「……これじゃお尻見えちゃいますよ……もう、早く終わらせちゃいますから……」


 どうやら観念したようだ。

 と、次の瞬間身体が(正確には素敵狛さんの身体が)フワリと浮いたと思うと、その後、一気に上昇する。

 え、何コレちょっとこわいんですが!? あわわ、下は見ないようにしよう、うん。


 コンクリートの壁しか見えなかった視界に、たちまち月の綺麗な夜空が広がる。気付けば屋上遊園地を見下ろすまでに上昇していた。やっぱり、今更だが、素敵狛さんは魔法少女なんだな。


「……これは……どういうことでしょうか……?」

『遊園地が、稼働している?』


 無人のはずの屋上遊園地のアトラクションが稼働している? これも敵の仕業なのか?


「気配は感じます。ひとまず降りてみましょう」


 僕たちは、暗闇の中陳腐な電子音を鳴らす不気味この上ない屋上遊園地へと降り立ったのだが……


 ——気配


 咄嗟に振り返っ——

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