第3話 妹(マシュマロ)と兄
君たちに妹はいるだろうか?
僕には一つ下の妹がいる。兄よりも背の高い(僕はあまり背の高い方ではない)マシュマロを絵に描いたような妹がいるのだ。誤解を招く前に、——マシュマロなのはある一部分に限るわけで、とにかく、けしからん身体付きの妹ということ。そしてその妹がまた、世話焼きというかお節介というか、さみしがりというか、とにかく面倒くさい性格をしている。
帰宅すれば高確率で妹に
◆◆◆
さておき、素敵狛さんはよく眠っている。小さな小山が上下する。トントンしたい衝動に駆られる前に、ここを退散するべきだろうか。
——今ここで素敵狛さんに僕の治癒魔法を施すのも一つの手ではあるが、しかしスマホを確認した僕は白目を剥いた。無数の不在着信にメール、それらが画面を埋め尽くす勢いで主張していたのだ。
……
「……とりあえず友達の家に泊まっていたことにするか」
メールを返信。即座に既読がついたのは見なかったことにしてスマホをポケットにしまう。瞬間、ブーッと二、三回揺れたが気にしない。
素敵狛さんが心配だが、しかし一度帰宅した方が良さそうである。額に手をあて熱がないか確かめてみたが、その辺りは大丈夫そうだ。やはり魔力の使い過ぎが原因と推測される。
僕は近くのコンビニでゼリーと清涼飲料水を購入し、失礼だとは思いつつも冷蔵庫に入れておいた。冷蔵庫の中身がほとんど空っぽだったのが気になったが、他人の家のことをあまり詮索するものじゃない。親は、いや、今は考えても仕方ないか。
僕は部屋に戻り素敵狛さんの息が落ち着いているのを確認し、デスクに置き手紙をおいて部屋を後にした。
◆◆◆
素敵狛さんの家は外から見ても大きかった。夢咲町唯一の大型ショッピングモールから少し離れた高台に建つ平家、一際異彩を放つ洋館だ。気にはなっていたが、まさか素敵狛さん家だとは。僕の家とは真反対の位置関係だ。
ショッピングモールを抜け坂を越えると学校が見えてくる。僕らの通う夢咲高等学園である。男子と女子の制服偏差値の差が著しい共学校。秋冬は白いブレザー、春から夏にかけては半袖の薄ピンクのブラウスと赤いチェックのプリーツスカートが可愛いと人気だそうだ。男子はごく普通の紺のブレザーだが。それはさておき、学校を更にスルーして商店街を抜けた町の端が僕の住む地区である。
と、思考を巡らせているうちに我が家へ到着。
築十五年、一軒家の庭付き、その庭の隅に建つプレハブ小屋が僕と妹の部屋だ。
そしてそのプレハブ小屋の前で腕を組んで立ちはだかるのが妹の茶子なのだが、腕を組んだことで押しつぶされ、行き場をなくしたマシュマロが上から下から盛大にはみ出していて目のやり場に困る。
「お兄ちゃんのくせに、どこ行ってたのかな?」
「だから友達の家——」
「お兄ちゃん、友達いないよね? ボッチ拗らせて遂に幻覚を見るようになったのかな?」
これが兄に対する妹の態度かよ。しかも上から目線(実際に僕より高い位置から見下している)で。
「茶子、寂しかったなら素直にさ——」
「話はお兄ちゃんの部屋で聞くから、はやく入りなさいよ! ……クソ親父が出てくる前に……」
確かにそうだな。アイツの顔は極力見たくない。母さんが亡くなってからすぐに別の女とくっついた挙句、僕たちを厄介者扱いするアイツの顔は。
ご丁寧にこんなプレハブ小屋まで作ってくれて、さぞご立派なことだ。僕は決めている、高校を出たら茶子を連れて家を出るのだと。
◆◆◆
「童貞お兄ちゃん、昨晩は何処に行ってやがったのかな?」
「べ、別に何処でもいいだろ?」
「よくないよ! 私がどんな思いで一晩過ごしたかわかる!?」
目の下を赤くしてからに、素直に寂しかったって言えないのかね、全く。だが僕も悪かったかな。あの親父のいる敷地内で一人にされたのがよっぽど嫌だったのだろう。
しかし必死に訴えかけるのはいいが、まぁ揺れる揺れるで何も言葉が入ってこないのだが。いったい何を食べたらこんな立派に育つのだろう。
「聞いてやがるの!? このお兄ちゃんが!」
あー、これでも幼少期は魔法少女になるとか言ってたんだよなぁ。さておき、言葉が色々とおかしいが、ひとまず機嫌をなおしてもらうしかない。
昨夜の出来事を、——本物の魔法少女のことを話すわけにもいかないし、ここはいつものパターンで黙っていただくとしよう。
「よし、今日は日曜日だし夢咲モールのスイーツカピパラダイスにでも行くか。勿論、僕の奢りだ」
「え! スイカピ!? 行く行く、もうこの話はおしまいっ! はい許した! 支度するからちょっと待っててお兄ちゃん!」
——着替えるから覗かないでよね? と、部屋の真ん中のカーテンを閉めた茶子。
そう、プレハブ小屋は一部屋であり、僕と茶子の部屋はカーテンで仕切られているだけなのだ。つまりお兄ちゃんの部屋も何もないのだよ。
「お待たせ、お兄ちゃんっ!」
先程まで烈火の如くブチ切れていたとは思えないほどの清々しい笑顔で再び登場した茶子。
「露出多くないか、その服」
「いいの。お兄ちゃんは童貞だからそう感じるだけなんだから」
「茶子だって処女だろーが」
「わ、わからないよ? 私はこう見えてリア充だし、友達も両手で数えきれないし、彼氏の一人や二人いてもおかしくないよ?」
「なっ!? 処女じゃない、のか!?」
「え!? あ、いや馬鹿このお兄ちゃんが! 変な想像しないで! い、いないに決まってるじゃない!」
……決まっている、のか?
何はともあれ、今日は茶子に付き合ってやるか。
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