第4話 兄(田中)争奪パラダイス 前編


 ——ペチンといった、かわいた音で店内が騒然としたのは言うまでもない。スーパースローでマシュマロを揺らしながら片頬を真っ赤に染める妹がすぐさま反撃に出るのは目に見えている。

 案の定、カウンター攻撃ビンタが炸裂し、再び店内にかわいた音がこだました。


「……っ……中田くんを、返してくださいっ……」


 ……田中だよ!


「……お兄ちゃんを誑かしやがったのが、こんなちんちくりんの子供キッズだったなんて……」


「……なっ……キッズ……」


 胸元を気にして言葉に詰まる襲撃者イニシャルS

 スイーツカピパラダイスのマスコット、カピパラ君がオドオドするのを横目に僕は二人に落ち着くようにと諭すが、当然一蹴された。文字通り、二人から同時に蹴りを入れられた。比喩ではなく。

 めり込むサンダルのヒールとク○ックスのゴムゴムした重厚なインパクトが僕の脳を揺らす。その際、妹のマシュマロが盛大に揺れたのは言うまでもないし、愛しのイニシャルSさんのマシュマロは残念ながら揺れてないとかそんな貧乳好きにはたまらん演出が起きたことも容易に想像出来るだろうから敢えて言わないが、——ともかくこうなった経緯を語るところから始めるべきだろう。

 時は遡り、昼前のこと。


 ◆◆◆


 町で唯一の大型ショッピングモール、夢咲モールへ足を運んだ僕と妹、——側から見ればお姉さんに見えなくもないがその実、ただの甘えたで寂しがりでツンデレな妹である茶子はエスカレーターで最上階のレストランフロアに到着した。腰まで伸びた明るめの茶髪をなびかせ僕の前を歩く茶子はくるりと振り返り手招きする。


「茶子、髪伸びたなぁ」

「え? あ、うん、そうだね」

「切らないのか? 昔みたいに僕が切ってあげようか?」

「駄目だよお兄ちゃん。お兄ちゃんが切った次の日には絶対学校で笑われて大変だったんだからね? それに、この髪は願掛けみたいなものなの。だから、その願いが叶うまでは切らないって決めたんだよ」

「そっか、ならいいけど。お、ラッキー、並んでない今がチャンスだ茶子! 走れー!」

「あー! お、お兄ちゃん待ってよズルい! 私が走るの苦手なの知ってるくせにー!」


 僕に追い抜かれ巨大なマシュマロをこれでもかと、惜しみなく、バインバインと揺らしながら走る茶子。やはり走るのには向いていないな、そのけしからん身体は。これが拝めるのも兄の特権か。


「いらっしゃいませカピ〜!」


 入店するとメイド服にカピ耳のスタッフがお出迎え。ここでは語尾にカピをつける決まりなのだろうが、いつ来てもちょっと笑える。しかしその甲斐あってかは知らないが、女性客は勿論、メイド喫茶的な感覚で男子の入店率も高い店だ。

 隠れスイーツ男子でボッチな僕でも、スイーツ好きな妹を連れて来てあげた風で入店しやすい。


「私、期間限定特大カピパフェとアイスラテ! お兄ちゃんは?」

「僕は白玉抹茶カピパフェとアイスコーヒー、あ、ブラックで」

「かしこまりましたカピ〜」


 カピ〜! と手を振り上機嫌な茶子を見ていると、連れて来てよかったなと思う。色々と面倒な妹だが、僕の唯一の理解者なのだ。だから僕は、この屈託のない笑顔を守ってやりたい。

 何も取り柄がない僕だけど、茶子だけは幸せになってほしい、——本心からそう願っている。


「お待たせしましたカピ〜! 期間限定特大カピパフェとアイスラテ、白玉抹茶カピパフェとアイスコーヒーブラックでございますカピ。ご注文は以上でカピ?」


 ここのスタッフ、皆んな勤勉だな。教育がよくできているというか、とにかく徹底したカピ語尾。

 さておき、大好きなスイーツが降臨したことでテンション爆上がりの茶子がキャッキャと騒ぐのだが、巨大なマシュマロが盛大に揺れる。周りの視線が気になる僕の気持ちも知らず、「白玉ひとつちょうだーい! はむっ!」とか言って二つしかない特大白玉を食べる茶子。仕方ない妹だよ。


 これで茶子の機嫌もなおったわけだし、とりあえずは昨夜の出来事を隠すことが出来たと安心し、白玉にフォークを伸ばした僕は戦慄した。


「……妹よ、僕の白玉は何処いずこへ?」

「兄よ、白玉はここにあるのだよ」


 茶子のやつ、いつのまに僕の最後の白玉をフォークで捕縛していたのだ。油断も隙もない。

 悪戯に笑い、——いやほんと小悪魔的に笑いながら僕の白玉に口を近付けていく茶子。僕の反応を見て楽しんでいる様子だ。


「お兄ちゃん、半分っ子しよっか?」

「待て、半分ならさっき食べた一つ目で既に半分だろう。つまりその白玉は僕の玉だ」

「さっき食べたお兄ちゃんの玉は〜、あれはノーカンだよ? 今はこの玉の話をしているんだから」

「そんなめちゃくちゃな話があるか! 僕の玉をかえすんだ」

「ふっふっふ、お兄ちゃんの玉はもはや私の手のひらの中……食べるも舐めるも私の自由なんだから」

「玉の味わい方もろくに知らないくせに、玉を語るか妹よ!」

「玉の味くらい、私だって知ってるもん! えい!」


 はむっ、と僕の玉、——白玉を口に入れた茶子の頬が微かに紅潮している。いや、それはどうでもいいことであり、今は僕の白玉を茶子が食べてしまったことが問題であって。と、内心諦めかけた時、


「なんちゃって〜!」


 白玉はまだ無事でーす、と口に含んでいた白玉が解放される。


「お兄ちゃん、アーンして?」

「あぁん!?」

「アーンだよ、アーン。ほらほら、アーンしないとお兄ちゃんの大事な白玉、本当に食べちゃうよ〜?」


 ぐっ……茶子の悪いクセだ。何かと僕をからかうのだ。そしてこの上ない優越に浸った表情を見せる。色っぽくも、憎たらしくも見える表情を。

 白玉は食べたい。何より楽しみにしていた白玉をここでみすみす逃す手はないのだが、しかし、あの白玉は一度茶子の口に入ったもの。

 これを食べるとつまり、茶子と、か、関節的にだが、キ——


「どうしたのお兄ちゃん? 顔が赤いよ〜? もしかして〜、妹に変な妄想してるのかな?」

「だ、誰が……い、妹の口に入ったものを食べるくらい、昔からよくやっていたから何とも思わん。茶子はよくご飯を残していたからな」

「だったら食べなよ〜? ほら、妹味の白玉だよ〜? アーン……」

「あ、あー……」


 くそ、ならば食べてやる。妹味の白玉を! 口の中で執拗に味わっているところを見せつけて反撃してやる。茶子の真っ赤な顔が目に浮かぶぜ。

 ——しかしその時だった。


「そこまでよ! こ、この、泥棒猫!」


 え。


 ぶっ飛んだ台詞に店内が凍りついたのは言うまでもないが、しかしこの声を僕は知っている。自分の彼女の声を聞き間違えるはずがない。


 いやでも、泥棒猫はないよ、素敵狛さん……


 と、思考を巡らせていると、事件は起きた。

 突如現れた素敵狛さんが白玉片手に頬を赤らめた茶子の左頬に強烈な平手打ちを炸裂させた。——炸裂させてしまった。

 ——ペチンといった、かわいた音で店内が騒然としたのは言うまでもない。スーパースローでマシュマロを揺らしながら片頬を真っ赤に染める茶子がすぐさま反撃に出るのは目に見えている。

 案の定、カウンター攻撃ビンタが素敵狛さんの左頬に炸裂し、再び店内にかわいた音がこだました。素敵狛さんの小さな身体はその衝撃でよろめいたが、しかし踏ん張り転倒を免れた。


「……っ……中田くんを、返してくださいっ……」


 ……田中だよ!


「……お兄ちゃんを誑かしやがったのが、こんなちんちくりんの子供キッズだったなんて……」


「……なっ……キッズ……」


 胸元を気にして言葉に詰まる素敵狛さん。妹よ、それは言ってはならぬ。確かに素敵狛さんは背も低いし胸もアレだが、しかし今の時代、貧乳も立派なステータスであることを僕は主張する!

 この国は胸に対して平等なのだと!


「お、落ち着いて二人とも! 僕は巨乳も貧乳も分け隔てなく愛される日本が好きだ!」


 一蹴された。

 文字通り、二人から同時に蹴りを入れられた。比喩ではなく。

 めり込むサンダルのヒールとク○ックスのゴムゴムした重厚なインパクトが僕の脳を揺らす。その際、茶子のマシュマロが盛大に揺れたのは言うまでもないし、愛しの素敵狛さんのマシュマロは残念ながら揺れてないとかそんな貧乳好きにはたまらん演出が起きたのはこの際おいておくとして、


「田中くんはタマキのものです!」

「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだけど!」

「……な、ならば尋常に勝負です。大切な田中くんデバイスを奪われるわけにはいきませんから」

「面白いじゃない! だったらスイーツの大食いで勝負しようじゃない!」

「……望むところです……タマキもスイーツには目がありませんから!」


 素敵狛さんの表情が一瞬だけ緩んだのは見逃さないぞ。というか、何勝手に大食い対決始めちゃってるんですか二人とも!?

 僕のバイト代、消し飛ばずおつもりか!?


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