第5話 兄(田中)争奪パラダイス 後編
魔法少女vs妹(マシュマロ付)の大食い対決は熾烈を極めた。
メニューを端から端まで網羅する勢いで生クリームを頬につけた二人が次のメニューを店員に注文。
「カピりましたカピーー!?」
スタッフさん、かわいいなぁ。忙し過ぎて意味不明な言葉になってるよ。じゃなくて、このままだと僕の財布が空になってしまう。何とかしてこの戦いを止めないといかんのだが、それにしてもいい食べっぷりだな二人とも。
とはいえ当然の如く、メニューも折り返しに到達した頃には二人の表情も苦痛に歪み始める。熾烈極まりない激闘の中、茶子がチョコバナナカピパフェの特大バナナを一気に食らわんと口を開けたのだが、あろうことかフォークからバナナがするりと抜け落ち、
「きゃっ」
これには周りで見ていた男共が歓声を上げる。僕も一緒に叫びたいのは山々だが、素敵狛さんに睨みつけらているので心の中で絶叫するに留めた。
「はむはむっ、は、はしたない、ですねっ、はむ」
「な、によ、はむはむ、挟めないからって、はむ、嫌味、いわ、ないでっ」
どっちもそこそこはしたないよ。さておき、
戦況はバナナの落下及び谷間インにより、遅れていた素敵狛さんがややリードする展開に。
茶子のスイーツ好きも大概だが、負けじと劣らぬ素敵狛さんの食べっぷりもまた圧巻を極めている。生クリームが口周りを白く染め、まるで——
「おかわりです!」
「くっ……わ、私もっ!」
——その数分後、勝負は決した。
「……この勝負、タマキの勝ちです。田中くんはタマキがお持ち帰りさせていただきますから」
お持ち帰りだなんて、素敵狛さんったらエッチ。
「……そ、そんなぁ……スイーツ好きが私の売りだったのに……こんな訳の分からない女にその称号を踏み躙られるなんて……私からスイーツをとったら、なんの個性もないただの妹だよぉ……」
いやそこ? 悔しがるところそこか妹よ!
それに妹よ。お前には『ツンデレ』『爆乳』『妹』という最高の属性が揃っているではないか! だから、泣くな妹よーー!
しかし、何故なのか。素敵狛さんはどうしてこのような強行に出たのか。いきなり乱入して平手打ちをしなければいけないほどのことなのか?
僕にはわからない。僕は彼女の
確かに交わしたが、しかし、それを理由に茶子を泣かせるのは違う。僕は兄として、素敵狛さんに言わなければならない。
「……素敵狛さん、今日は帰ってくれないかな」
「えっ……でも田中く——」
「ごめん。また学校で」
「でもタマキはっ、し、勝負に勝ちまし……」
「妹が泣いてるんだ。話はまた学校でしよう。逃げも隠れもしないからさ」
わ、わかりました……そう歯切れのない言葉を残し席を立った素敵狛さんの表情は、いつも窓から外を見ている時に見せる、寂しげな表情だった。
僕だって、素敵狛さんにこんな言葉を投げつけたくはない。だが、妹が泣いている。だから今は兄でいたいのである。
と、その時、席から離れようとした素敵狛さんがふと振り返り思いついたかのように手を叩く。
「……あ、忘れていました」
そうだよ、忘れているよ、お代金。
「はむっ」
それではまた学校で、と、今度こそ、足早に、そそくさと残っていた苺を口に含み店を後にした素敵狛さんであった。
僕は彼女と付き合っているつもりだ。彼女がどう思っているかは知らないが、勘違いし続けてやろうと思っている。入学式、欠伸をするフリで素敵狛さんを見ていた。一目惚れだった。
今こうして彼女と、否——彼女に付き合える権利を得たわけだが、——幸か不幸か、彼女にとって必要なモノになれたわけだが、更に言えばとびきりのぶっ飛び設定だが、それでも構わないと思えるほどに、僕は彼女に、
——素敵狛環に惹かれている。
思考を巡らせていても拉致があかない。ひとまず泣いている茶子を慰めようと振り返ると、
「はむ……」グスン
まだ食べていた。グスンじゃねーぞゴラァ
◆◆◆
夜。
シャワーを浴びた茶子が部屋に帰って来た。
日中の激しい戦いを感じさせないくらいにクールに、落ち着いた表情で長い髪を乾かしている茶子。時折覗く白いうなじがとても綺麗だ。昔は小さかったのに、いつの間にか僕の身長まで追い抜いてしまいよってからに。シャンプーの香りがあたたかい風にのり僕の鼻腔をすり抜けると、色々と妄想が捗るのだが、その感情を押し殺し茶子に声をかける。
「なぁ茶子。昼のことなんだが」
「昼の。あ、あの子のこと、かな? ……つ、付き合ってるん、だよね……お兄ちゃん。なんかごめんね、知らなくて。か、勘違いされちゃったかもね、あはは……」
正直なところ、付き合っているわけではない。実際、素敵狛さんは僕をデバイスとしてしか見ていない。素敵狛さんは、少し、——
「……ただのクラスメイトだよ。それより、打たれた頬は大丈夫なのか?」
「……うん、大丈夫。大した威力じゃなかったよ。クラスメイトか。うーん、そうは見えなかったけど、少なくとも、あの人の方は」
僕は素敵狛さんが好きだ。彼女がどんな人間でも、僕が隣にいられるなら、そこに在りたい。
彼女のことを、もっと知りたい。
「おやすみ、お兄ちゃん」
「おやすみ、茶子」
電気は消さないで、とだけ溢し、茶子は静かに寝息を立て始めた。カーテンも閉めずに背中を向けて、僕の布団で。いや狭いんだが。
——ほんと、昔から変わらないな。甘えん坊で泣き虫で、それなのに素直じゃなくて、嫌なことがあった時は、僕の布団に潜り込んで何も言わずに寝る。
身体は大きく成長しても——成長……!!
もしかして、このシチュは妹の成長を確認するチャンスではないか? そういった神からのフリではないだろうか? つまりは天啓。
神々の、身体測定!!
今、僕の左腕はホールドされ枕にされているが、右腕はフリーな状態。そして目の前に茶子の背中、それを越えた先には
僕がひとたび右手を伸ばせば、——ほんの少しの勇気を振り絞れば、妹の成長を感じることが出来るのである。兄として、妹の成長を確かめるのは義務であり、使命。
茶子は寝入ると親指を噛む癖があるが、まさに今、可愛く親指を噛んでいる。なんだかちょっとエロい。さぁ
手を、伸ば——
「サワッタラコロス、お兄ちゃんめが、ふにゃむにゃ」
僕にはその、ほんの少しの勇気すらなかったようである。こうして怒涛の一日が終わりを告げた。
生殺しの夜は続く。
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