第6話 願い(理由)


 四時限目終了のチャイムが鳴る。

 そして僕は今、素敵狛さんと見つめ合っている。大きな猫目が僕を捉えてはなさない。


「じぃー……」


 訂正、睨まれています。


「素敵狛さん、もしかして怒ってます?」

「……っ!? 怒ってません! ぷん」


 ぷんとか、絶対怒ってますよね素敵狛さん。めちゃくちゃ可愛いんだがどうしたものか。抱きしめてやろーか?


「シスコンの田中くんがタマキに何か用ですか?」


 小さな身体を丸めて変態を見るような目で僕を見上げる素敵狛さん。


「確かに僕はシスコンだが、いや、極度のシスコンだが、それと同時に素敵狛さんの彼氏でもあるのだから彼女の機嫌を気にするのは当然じゃないか」

「そのことについてですが、田中くんはデバイスであっても彼氏ではありません。勘違いです」

「またまた、照れなくてもいいのに」

「照れてません……からかわないでください」


 あー、やっぱ気まずい空気、だよな。と、内心頭をもたげていると、素敵狛さんが僕に向き直り頬を真っ赤に染め上げる。やっぱり照れてません?


「……妹さんを叩いて、ごめんなさい……」


 あれあれ? 思ったよりすんなり謝ってくれたよ。気まずい空気になるのは覚悟していたが、これならどうにか持ち直せそうである。しかもスイーツカピパラダイスのクーポン券まで差し出してきた。お詫びの気持ち、だろうか。

 それを受け取り、ここぞとばかりに素敵狛さんを昼食に誘ってみると、真顔で、いいですよ、と頷いてくれた。やはり頬は紅潮したままで。わからぬ、素敵狛さんの本心が。これも一種のツンデレ、なのか否か。

 それより何より、ボッチの僕が女子と昼食をとるなんて、人生、何が起こるかわかったものではない。


 しかしお互いにボッチな僕たちが二人で昼食となると周りの目が気になってしまう。あまり目立ちたくはないと意見が合い、二人して屋上前の階段の踊り場まで向かう。僕の一人飯スポットである。

 屋上はしっかりと鍵がかかっていて現在は利用不可となっている。ボッチが隠れるにはもってこいの場所なのだ。


「いつもこんなところで食べているのですか?」

「仕方ないだろ、ボッチなんだから」

「……なるほど納得です」


 僕は知りたい。素敵狛環のことを、もっと——


「一つだけ聞かせてほしいんだが、素敵狛さん、何故、あんなことをしたの?」


 理由が知りたい。戦う理由が。


「それは……」


 素敵狛さんは少しの間押し黙り、こちらに顔を向けないまま、遠くを見るような目で言った。


「……タマキの願いを叶えるために、田中くんが必要、だから……」


 前にも言っていた。素敵狛さんの願い。彼女の願いって、いったい何なのだろう。と、思考を巡らせる僕の気持ちを察してかどうかは知らないが、素敵狛さんは更に言葉を繋げる。


「……お父さんと、お母さんに、もう一度会いたいんです。それが、タマキの願い。そのためなら、どんなことでもします」


 治癒魔法だって、と付け加えた素敵狛さんの唇が小さく震えている。願いのためなら、僕とキスも出来る、——言い換えれば、僕とキスするのは願いのため、ということになる。わかってはいたが、中々の精神的ダメージである。

 お父さんとお母さんにもう一度会いたい。それはつまり、素敵狛さんのご両親はもう、この世にいないということ、なのだろうか? いや、それは早計か。今は訳あって離れて過ごしている、とか。

 これ以上は踏み込むべきではないのだろう。

 理由としては充分すぎる理由だ。彼女がご両親にもう一度会うために、僕の力、——デバイスとしての僕の力が必要ならば、よろこんで手を貸そう。


「僕が……会わせてやる……」


 自然と言葉が出た。

 目を見開いた素敵狛さんと、目が合った。


「い、いいのですか? し、死んでしまう可能性だってあるんですよ? タマキなんかのために、そんな危険を——」

「素敵狛さんのためだから、やりたいんだ。いや、やらせてくれヤらせてくれ! 素敵狛さん!」

「あ……あの……」

やらせてヤらせてほしいんだ! 素敵狛さんと、共に! 行かせてくれイかせてくれ!」

「ひ、ひとまず、あの世へ逝ってください」


 素敵狛さんが黙ってしまった。彼女はこちらを見ないまま手に持ったパンを一口食べ、紙パックのイチゴミルクを流し込む。ゴクリと、素敵狛さんの喉元がうねる。


「……タマキは……汚れてます。とてもとても、ものすごーく、ばっちい存在です」

「素敵狛さんは汚れてなんかいない。とても綺麗だ。その目も、肌も、髪も、——」

「そうじゃないんです。ばっちいのは、心の方です。心が汚れているのです……そんなタマキのために、命をかけて戦えますか? 田中くんがそこまでする必要がありますか?」

「言ったじゃないか。僕は素敵狛さんのためなら月に撃ち込まれても本望と」


 暫しの沈黙。そして、素敵狛さんは言った。





「タマキを……助けて……くれます、か?」





 田中くんを殺そうとしたタマキを、——そう溢した素敵狛さんの頬に、無色の流れ星が光る。

 僕を殺してでもと本気で思っていたのなら(まぁあの夜は結構本気だったみたいだが)、入学式から三ヶ月も悩むことはないはず。心が汚れているなんて思わない。だから、僕は素敵狛さんを助ける。


「当然だよ。妹と喧嘩しないって約束出来るなら、君のデバイスとして戦う。願いが叶う、その日まで」


 何よりも、また変身したい。そんな下衆な考えがないわけではない。寧ろ大ありだがしかし、そこは許容していただこう。アレを経験してクセにならない男はこの世にいないと断言する。


 さておき、暫しの沈黙のあと「ありがとう」と微かに微笑んだ素敵狛さんの天使的激レアショットを脳内フォルダに保存したと同時に予鈴が鳴った。


 僕たちは急いで昼食を済ませ教室へ戻ることにした。放課後、校門で待ち合わせをとりつけて。


 彼女が戦う理由を知れたことは僕にとっては大きい。これで素敵狛さんを手伝うことに迷いはなくなった。彼女の願いを叶えてあげたい。

 素敵狛環魔法少女の彼氏として。


 ◆◆◆


 放課後。校門で素敵狛さんと合流した。並んで歩くと、素敵狛さんの小ささがより一層際立つ。茶子が子供扱いするのも頷けるな。高校生、には見えないかも。しかし何処に向かっているのだろう。


「素敵狛さん、家、反対方向だよね?」

「少し寄り道をします」

「寄り道?」

「はい、食材の買い出しをしようかと」

「それなら夢咲モールの方が近くていいんじゃないの? 地下に飲食フロアもあるし」

「タマキは商店街派なので。それに、夢咲モールは値段が高いので。そんなわけですので、田中くんには荷物持ちとして付き合ってもらいます」


 なるほど。いやでもこの流れ、またお待ち帰りされちゃうパターンでは?


「安心してください、帰してあげますから。少し部屋で話がしたいだけですから。これからのことを色々と」


 茶子は部活があるし、帰宅まで時間もある。この前聞けなかった詳しい話をつめるには都合がいいか。

 まだまだわからないことばかりだ。月からの侵略者、デバイス妖精、魔法少女は他にもいるのか、それと、

 ——願いに対する、対価のことも。


 素敵狛さんは対価を背負っている。直感というか、魔法少女あるあるというか、とにかく、彼女にはまだ、何かがあるに違いない。

 何があったとしても、僕は素敵狛さんを守るだけだが。衣服デバイスとして。


 そんな僕の隣で、素敵狛さんはネギを購入していた。あのネギ、僕が背負うんだよな。

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