第35話 未来(暗転)


 祭りの夜の記憶が途切れている。素敵狛さんと共に花火を見ていたのまでは憶えているのだが。


 ◆◆◆


 気が付けば僕の手は真っ赤に染まっいて、その腕の中には心寝がいて、素敵狛さんは気を失っていた。

 腕の中の少女の惨たらしい姿が頭から離れない。いったい何があったのだろう。月からの侵略者が現れたのだろうか。


 心寝の息が荒い。血も出ている。腕が、ない。

 何を呆けているんだ僕、とにかく、助けを、そう周囲を見回すが、


「……時間が、止まっている?」


 そう一人呟いた時だった。モノクロの世界に大きなヒビが入り、砕ける。砕けた先から現れたのは、百合花と茶子だった。

 それを見た僕の意識は、そこで途絶える。



 ◆◆◆



 ここは。

 素敵狛さんの、部屋だ。身体が痛い、動かそうにもなかなか動かせない。視線を左に移すと、小さな小山が上下しているのだが、おい。


 素敵狛さんが、隣で眠っている?

 僕の唇は心なしかしっとりしている。チュウ、したのかな? 見たところ、素敵狛さんのダメージは大したことなさそうだ。


 心寝だ。そうだ、腕、腕が……腕がなかった。

 部屋の扉が開く。百合花だ。


「田中、目が覚めたみたいだな。なんだ、環に感謝しろよ? お前、死ぬところだったんだぜ」

「死ぬ……ところ……そ、そうだ! 心寝はっ! 心寝は無事なのか!?」

「……無事、と言えば無事だけど」

「ど、どういうことだ!? いったい何があった? 僕たちは何にやられた!?」


『なのよー! 落ち着くのよ! 田中のくせにやかましいのよ! 決まっているのよ、月からの侵略者に決まっているのよ!』


 ラズベリーか。相変わらずキンキンと頭に響く声だ。


「心寝はもう、変身出来ない。ストロベリーがやられたんだ。ラズが憤る気持ちも察してくれ田中」


 ストロベリーが、やられた。あの、なのじゃ妖精がか? やられたって、敵に殺されたのか?


「心寝は生きているんだな」

「あぁ、茶子ちゃんが三日間休まず回復したおかげでな。羨ましいにもほどがあったぜ。しかし、心寝の心の方は少々まずいことになってる。腕は何とかくっついたのだけど、どうやらショックが大き過ぎたみたいで。その夜のことは話してくれなくてよ」

「心寝に謝らないと」

「どうした田中?」

「祭りで置いてけぼりにされた挙句、敵に腕を落とされたなんて酷過ぎるだろ。少し会ってくる」

「やめときな」

「いや、僕は行くぞ」

「妹の裸を見たいのなら行けばいいけど」


「……これは事故だ、うん」


「時間作ってやるから待ってろ馬鹿……」

「致し方あるまい」


 ◆◆◆


 心寝のいる部屋の前で巨大なマシュマロ、妹の茶子とすれ違った。少し驚いた表情を見せた茶子は、「お、お兄ちゃんのくせに、寝過ぎ」と、溢しマシュマロを揺らしながら、——背後から見てもわかるくらい盛大に揺らしながら、僕の元から去ってしまった。魔法の使い過ぎか、疲れた表情が痛々しかったが、僕は何も言わず部屋へ。


 開けると、振り向くことなく壁を見つめる心寝の姿が映る。


「……心寝、だ、大丈夫、か?」


 問いかけるも、沈黙が走るだけだ。腕を掛け布団の中に隠すようにただ、壁を見つめ続ける心寝の前に腰掛けてみる。


「……死にたかった」


 心臓を抉られた気分だ。実際に抉られるとこんなものじゃないのだろうが、しかし、何を言えばいい。


「一人にして、ごめん。どうしても茶子が気になってしまったんだ。言い訳かも知れないが、茶子は僕のたった一人の家族なんだ。だから」

「……たった、ひとり?」

「そうだ。たった一人だ。腕は……」

「茶子ちゃんのおかげで回復したけれど、見る度に激痛がはしる。あの時の痛みが蘇ってくる」

「そうか。本当にごめん、助けてやれなくて」


 僕が立ち上がり、背を向けた時、


「助けてくれたのは、田中くんだよ」


 え?


「憶えてないの? 素敵狛さんと分離した田中くんが、あの三人を……」


 あの、三人?


「追い払ってくれたからだよ?」


 誰だろう、その、三人って。


「田中くん。わたしとデートしよ?」

「デート? そ、そんな、アイドルとデートなんか出来るわけな——」

「してくれないなら、死ぬもん」

「いやそれは駄目だ! わ、わかった! わかったから! か、簡単に死ぬとか言うな!」

「ふふっ、おかしな人。田中くんって、面白いね」


 笑った。悔しいが、可愛い。


 ◆◆◆


 暗転。


「はじまるね」

「あぁ、はじまるな」

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